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VR空間で筋肉質アバターを使用すると人の痛み知覚が軽減する

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人が仮想現実(VR)空間で筋肉質体型のアバターに没入していると、その間の痛み知覚が軽減することが分かりました。ユーザーの性別とアバターの性別の組み合わせにより、その軽減効果に違いが出ることも分かりました。性別と痛みに関するステレオタイプやアバター没入度との関わりも示唆されました。

人は仮想現実(VR)空間でアバターを使用すると、時としてそのアバターの容姿に影響を受けて、振る舞いや知覚などが変化することが知られています(プロテウス効果)。例えば、ユーザーの異性に対する振る舞いが変わったり、重さに対する知覚が変わったりすることなどが報告されています。本研究では、こうしたプロテウス効果がユーザーの痛み知覚に与える影響を明らかにしました。

筋肉質体型および通常体型のアバターが男女それぞれ(合計 4 種類)に用意され、44 人の大学生・大学院生を対象とした実験を行いました。実験参加者はヘッドマウントディスプレイを装着し、VR 空間で条件毎に指定されたアバターを使用しながら特定のタスクを実行しました。その際、現実空間において実験参加者の腕に痛みを模した熱刺激を与え、痛みの知覚度合を比較しました。

実験の結果、筋肉質アバターを使用時には、通常体型アバターの使用時と比較して、痛み評価スケール(PAS)上で約 16%低い痛み値が実験参加者から報告されました。また、実験参加者の性別と使用アバターの性別が同じ場合は、同じでなかった場合より有意に低い痛み値が報告されていたことも分かりました。さらに、プロテウス効果における性差の存在も明らかになりました。

本研究成果は、麻酔や薬品などを用いずに痛みをコントロールする手段としての VR 技術活用に具体的な知見をもたらすものです。

研究代表者

筑波大学システム情報系

田中 文英 教授

研究の背景

VR 空間で人がアバターを使用すると、時としてそのアバターの容姿に影響を受けて自らの振る舞いや知覚などが変化することが知られています。この現象を「プロテウス効果」と名付けた Yee らによる論文1)では、魅力的なアバターを使用した際にユーザーは異性に対する自己開示量が増したり、対人距離が短くなったりすることが報告されています。本研究と関わりの深い知覚の変化についても、筋肉質アバターを使用したユーザーは物体の重さを実際よりも軽く感じることが報告されています2)。近年、麻酔や薬品などを用いない痛みコントロールの手段として VR 技術が注目されていますが、こうしたプロテウス効果が人の痛み軽減に与える影響の詳細は明らかになっていませんでした。

研究内容と成果

本研究では、VR 空間内のアバターと熱刺激装置を用いた痛み実験プロトコルにより、プロテウス効果が人の痛み軽減に与える影響を明らかにしました。

実験では、筋肉質体型および通常体型のアバターが男女それぞれ(合計 4 種類:参考図 1)用意されました。44 人の実験参加者(大学生・大学院生)はヘッドマウントディスプレイを装着し、VR 空間で条件毎に指定されたアバターを使用しながら、特定のタスクを実行しました。その間、現実空間において実験参加者の腕部に痛みを模した熱刺激が与えられ、その痛み知覚度合を比較しました(参考図 2)。この痛み実験プロトコルは pain research 分野で確立された Pain60 注1)測定のプロトコルに基づくものです。

実験の結果、筋肉質アバターの使用時には、通常体型アバターの使用時と比較して、Pain Assessment Scale (PAS)注2)上で 15.982%低い痛み値が実験参加者から報告されました。さらに、実験参加者の性別と使用アバターの性別が同一である場合には、同一でなかった場合より有意に低い痛み値が報告されました。同時に、プロテウス効果における性差の存在も明らかになりました。例えば、筋肉質アバターの使用による痛み知覚の軽減効果は男性参加者において特に顕著でしたが、女性参加者ではアバター体型によらず痛み軽減効果が確認されました。

本実験では、プロテウス効果についてさらに理解を深めるための追加調査も行いました。性別と痛みに関するステレオタイプ注 3)を調べる Gender Role Expectations of Pain (GREP) questionnaire を用いた調査結果からは、各人が持つステレオタイプがプロテウス効果に影響を及ぼしている可能性が示唆されました。また、アバターへの没入度合(sense of embodiment)を測定する調査も行った結果、アバターへの没入度の深さと痛み軽減効果の関連性も示唆されました。

今後の展開

本研究成果は、麻酔や薬品などを用いない痛みコントロールの手段の一つとしての VR 技術活用に具体的な知見をもたらすものです。ただし、本研究で扱った痛みは、熱(摂氏 46 度もしくは 45 度)による数十秒~1 分程度の刺激によって知覚される、非常に限られたものです。今後は VR コンテンツの拡充や他の手法との組み合わせなどにより、慢性疼痛など別の種類の痛みにも適用可能な手法の研究が進められていくものと思われます。

参考図

図 1 本研究で用いた 4 種類のアバター

a) e) 男性の筋肉質アバター、b) f) 男性の通常体型アバター、c) g) 女性の筋肉質アバター、d) h) 女性の通常体型アバター

図 2 実験の様子

a) 実験参加者は利き手と反対側の腕を熱刺激装置の上に置きながら、b) ヘッドマウントディスプレイを着用して VR 空間でアバターを操作する。

参考文献

1)Nick Yee and Jeremy Bailenson (2007). The Proteus Effect: The Effect of Transformed SelfRepresentation on Behavior. Human Communication Research, Vol.33(3), pp.271-290. 

2)角田賢太朗,小川奈美,鳴海拓志,廣瀬通孝(2020).筋肉質アバタを用いたプロテウス効果が重さ知覚に与える影響.第 25 回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集,2A2-2.

用語解説

注1) Pain60

無痛を 0、想像し得る最悪の痛みを 100 とした時の 60 に相当する痛み。リファレンスとなる説明文では「集中を妨げる程度の痛み」とされている。痛み研究の分野ではこの Pain60 に相当する刺激が実験で用いられることが多い。本研究では摂氏 46 度もしくは 45 度の熱刺激が Pain60 に相当する。

注2) Pain Assessment Scale (PAS)

注1のように無痛を 0、想像し得る最悪の痛みを 100 として、10 刻みでリファレンスとなる説明文が提供されている痛み評価のスケール。本実験では、実験参加者に、この PAS を見ながらリアルタイムで感じている痛み値を口頭で報告してもらい、記録した。

注3) 性別と痛みに関するステレオタイプ

GREP 質問紙は「典型的な女性の痛みへの敏感度」「典型的な男性の痛みへの耐性」など 15 項目の質問から構成されており、その回答から回答者の性別と痛みにまつわるステレオタイプを測定する。

研究資金

本研究は、科研費による研究プロジェクト(20K21800、22K19784)および JST SPRING JPMJSP2124の一環として実施されました。

掲載論文

【題名】

The proteus effect on human pain perception through avatar muscularity and gender factors(人の痛み知覚におけるプロテウス効果:アバター体型と性別要因の調査)

【著者名】

Youchan Yim, Zongheng Xia, Yuki Kubota, and Fumihide Tanaka

【掲載誌】

Scientific Reports

【掲載日】

2024 年 5 月 23 日

【DOI】

10.1038/s41598-024-61409-4

詳細︎▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/technology-materials/20240523180000.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。

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