目次
- はじめに:再生医療ブームの中で、臨床家が立つべき場所
- 1. 臨床的結論を先に
- 2. ガイドラインは何を言っているか
- 3. エビデンスの全体像 — 何が分かっていて、何が分かっていないか
- 4. 適応の判断:誰に勧めるべきか
- 5. 運動療法の選択 — 何をどう組み合わせるか
- 6. 実践プロトコル:フェーズ別アプローチ
- 7. 評価とモニタリング:何を見て「効いた」と判断するか
- 8. 患者説明のポイント:期待値コントロールの重要性
- 9. 臨床家が知っておくべき「影」の部分
- 10. まとめ:セラピストが果たすべき役割
- 参考文献
はじめに:再生医療ブームの中で、臨床家が立つべき場所
日本国内において、変形性膝関節症(Knee OA)に対するPRP(多血小板血漿)療法は急速に普及しています。「注射で痛みが取れる」「軟骨が再生する」といった期待を抱いて来院する患者は少なくありません。
しかし、国際的なゴールドスタンダードであるOARSI(国際変形性関節症学会)の2019年ガイドラインでは、PRPは「強く推奨しない」と分類されていることをご存知でしょうか。
この「国際的な低評価」と「国内の臨床実感(効く症例は確かにいる)」のギャップはどこにあるのでしょうか。近年の研究は、その鍵が「併用する運動療法の質」にあることを示唆しています。
本記事では、OARSIガイドラインが定める「コア治療」を土台に、最新のPRP併用研究(2024-2025年)を統合した実践的プロトコルを提案します。結論を先に述べ、その根拠を後から示す構成としていますので、忙しい臨床家の方はまず第1章をお読みください。
1. 臨床的結論を先に
本記事の結論を先に述べます。
運動療法は変形性膝関節症の治療において確立されたコア治療であり、PRPの有無にかかわらず実施すべきです。 PRPは「組織を治す魔法の薬」ではなく、「運動療法を遂行可能にするための『鎮痛の窓(Window of Opportunity)』を作るツール」と再定義すべきです。
現時点での推奨を整理すると以下のようになります。
確実性の高い推奨: 構造化された運動療法(有酸素運動、筋力トレーニング、神経筋トレーニングの組み合わせ)は、軽度から中等度の膝OAに対する第一選択として実施すべきです。これはOARSI、JOA(日本整形外科学会)いずれのガイドラインでも支持されています。
条件付き推奨: PRPは、十分な運動療法を実施しても症状が残存する軽度から中等度OA(Kellgren-Lawrenceグレード1〜3)において、運動療法との併用を前提に検討しうる選択肢です。ただし、自由診療であること、効果の個人差が大きいこと、長期的な構造保護効果は証明されていないことを患者に説明する必要があります。
推奨困難: PRP単独療法(「注射+放置」)は、プラセボ対照試験で有意な優越性が示されておらず、積極的には推奨できません。
2. ガイドラインは何を言っているか
国際ガイドライン間の対立構造
PRPに対する評価は、主要な国際ガイドライン間で明確に分かれています。この対立を理解することが、患者への説明と治療選択の前提となります。
OARSI(国際変形性関節症学会)の2019年ガイドラインは、407本のランダム化比較試験(RCT)レポートを統合した大規模な分析に基づき、関節内PRPを「強く推奨しない(strongly recommended against)」と結論づけています(Bannuru RR, et al. Osteoarthritis Cartilage. 2019;27:1578-1589)。その理由として、エビデンスの質が極めて低いこと、PRP調製法が標準化されていないことが本文中に明記されています。同ガイドラインは、コア治療として構造化された陸上運動プログラム(筋力トレーニング、有酸素運動、バランス/神経筋トレーニング、太極拳・ヨガ等)、関節症教育、体重管理を位置づけています。なお、OARSIガイドライン自体は産業界からの資金を受け取っていないことが明記されており、利益相反の観点からも信頼性が高いとされています。
一方、ESSKA(欧州スポーツ外傷・膝関節外科・関節鏡学会)のORBITコンセンサス(2022年)は、軽度から中等度OA(KL≤3)に対するPRPを「グレードA」で推奨しています。ヒアルロン酸やステロイドと比較して症状改善が長く続くこと、軟骨毒性がなく安全性が良好であることがその根拠とされています。
この対立の背景には、両者の方法論の違いがあると考えられます。OARSIはGRADE手法に基づきRCTを統合した上でエビデンスの質を厳格に評価している一方、ORBITはDelphiコンセンサス法を採用しています。ただし、「OARSIはプラセボ対照を重視し、ESSKAは実薬対照を重視している」という解釈は、両ガイドライン本文に明示されているわけではなく、記事筆者の推測であることに留意が必要です。
表1:ガイドライン間のPRPに対する評価の比較
⇆ 横にスワイプして比較できます
項目比較軸
推奨
対象疾患
根拠となるエビデンス
主な理由
運動療法の位置づけ
利益相反
OARSI 2019ガイドライン
強く推奨しない
膝・股・多関節OA
407本のRCTレポートを統合
エビデンスの質が極めて低い、調製法が標準化されていない
コア治療として強く推奨
産業界からの資金なしと明記
ESSKA ORBIT 2022コンセンサス
グレードAで推奨
膝OA(軽度〜中等度、KL≤3)
Delphiコンセンサス法
HA・ステロイドより症状改善が長く続く、軟骨毒性がなく安全
言及あり(併用を否定せず)
明記なし
日本の状況
日本整形外科学会(JOA)の変形性膝関節症診療ガイドライン2023は、Mindsガイドラインライブラリの目次構成から確認できる通り、教育(CQ1)および運動療法(CQ2)を主要項目として位置づけています。PRPについては、日本では再生医療等安全性確保法の枠組みで実施される自由診療が中心であり、保険適用外です。費用は数万円から数十万円と高額であり、「高かったから効くはずだ」というプラセボ効果も無視できません。逆に効果が出なかった時の患者の失望も大きくなるため、事前の期待値コントロールが重要です。






