ドジャースのクラブハウス。そこは、世界中から集まった「野球の天才」たちが、想像を絶する努力を重ねる場所だった。特別講演レポート第3弾は、伊藤憲生PTが1年間、間近で目撃した「大谷翔平とクレイトン・カーショウ」という二人のレジェンドの姿に焦点を当てる。
今年限りで現役を引退した伝説の左腕と、二刀流のスーパースター。彼らの常識外れのルーティンは、我々の「準備」の定義を覆すものだった。
衝撃の光景。「あと1時間で投げるのに?」
数あるスター選手の中でも、大谷翔平のルーティンは伊藤氏の常識を覆した。 「先発投手は通常、3〜4時間前からピッチングの準備に入ります。でも大谷選手は、登板の1時間前にバッティングゲージで打撃練習をしていたんです」
上から見ていて「あと1時間で投げるのに、まだ打ってるの?」と目を疑ったという伊藤氏。しかし、それは決して準備不足ではない。大谷選手の中には、二刀流として完全に構築されたルーティンがあり、そこには一切の焦りも迷いもなかった。
どんな時も「一定」であることの凄み
伊藤氏が最も感銘を受けたのが、大谷選手の「精神状態の維持」だ。「調子が良い時も悪い時も、ノーヒットの日も、寝不足で来た日も、チームが連敗していても。彼は常に『一定』の精神状態を維持しています」
感情の起伏を見せず、決められたルーティンを淡々と、しかし一切妥協せずに継続する。「サボっているところを見たことがない」。不調をメンタルのせいにせず、圧倒的な準備と身体管理でメンタルを安定させる姿は、まさに伊藤氏がVol.1で語った「心技体の順序」を体現していた。
引退したレジェンド・カーショウが遺した言葉

そしてもう一人、伊藤氏が「努力で能力を勝ち取った選手」と敬意を表するのが、今年、18年間の現役生活に幕を下ろしたクレイトン・カーショウだ。通算223勝、サイ・ヤング賞3回。輝かしい実績を持つ彼だが、伊藤氏が驚いたのは、37歳にして誰よりも早く球場に来て、ハードなトレーニングを行う姿だった。
ある時、伊藤氏はカーショウに一つの疑問をぶつけた。 「1試合投げるのと、日々のウエイトトレーニング。どちらの方が体への負荷が高いのか?」100球近くを全力で投げる試合の方が消耗するように思えるが、カーショウの答えは即答だった。 「日々のウエイトトレーニングの方が強度が高い。投げるのは(強度の)イージーだ」
カーショウはこう続けたという。 「投げても身体はあまり(筋肉が)張らない。身体が張るのは、ウエイトトレーニングで負荷をかけた時だ」
一般的に投手は「試合で投げると体が張る(疲労する)」と考え、登板間は休養や軽めの調整に充てることが多い。しかし、カーショウの感覚は逆だった。トレーニングで高い負荷をかけて身体を「固める(安定させる)」からこそ、マウンドで出力が出せる。投げることは、その作り上げた身体の維持確認作業に過ぎないのだ。
あえて高強度のトレーニングを課すことで身体を安定させ、18年間メジャーのマウンドを守り抜いた。「これを18年間続けてきたんだ」。その言葉を聞いた時、伊藤氏はレジェンドの凄みに震えたという。世界一のチームを支えているのは、魔法のような才能だけではない。伊藤氏が語ったこのエピソードは、超一流ほど「当たり前の基準」が異常なほど高いことを如実に物語っている。
【目次】
・ドジャース・伊藤憲生氏が母校で講演「身体機能がメンタルを支える」─佐々木朗希との1カ月半
・「かつては私もメンタルのせいにしていた」ドジャース伊藤憲生PTが“原点回帰”で突き止めた、佐々木朗希「回外型スライダー」の代償
・「登板1時間前の打撃練習」 ドジャース伊藤憲生PTが見た、大谷翔平とレジェンド・カーショウの“異常”な準備
・恩師の教え、ロッテへの執念、そして「一緒にドジャースへ」 ドジャース伊藤PTの運命を変えた「3つのターニングポイント」
・深夜1時半の着信。WSの舞台裏と、伊藤憲生PTが迫られた「究極の決断」
理学療法士としての現場経験を経て、医療・リハビリ分野の報道・編集に携わり、医療メディアを創業。これまでに数百人の医療従事者へのインタビューや記事執筆を行う。厚生労働省の検討会や政策資料を継続的に分析し、医療制度の変化を現場目線でわかりやすく伝える記事を多数制作。
近年は療法士専門の人材紹介・キャリア支援事業を立ち上げ、臨床現場で働く療法士の悩みや課題にも直接向き合いながら、政策・報道・現場支援の三方向から医療・リハビリ業界の発展に取り組んでいる。







