Woman2

第一回:ケガ予防・腰痛予防活動を始めた理由【Soleil スタジオユウ(理学療法士)|福田裕子先生】

1465 views
無料会員登録をする

キッカケは”マンガ”と”叔母”

 

ー 理学療法士を目指された理由はなんですか?

 

福田先生:まず1つ目の理由としては、ポリオ(小児麻痺)を患った叔母の存在です。

 

彼女は両下肢に麻痺があり、私にとって、小さいときから障害のある人が身近な存在だったんです。彼女は社会福祉系の大学を出て、障害児療育をしている保育園に勤めていたので、子どもの私を園に連れて行ってくれたこともありました。

 

2つ目の理由はマンガです。

 

小学生か中学生くらいのときに読んでいた少女マンガに「由似へ」「由似、きみの青春」(大谷博子 作/集英社)というマンガがあり、かっこいい理学療法士が出てくるのです。かなり昔です(笑)。

 

主人公が由似という看護師さんで、由似のパパが理学療法士でした。

 

パパの仕事先で松葉杖をついた子どもが転んだシーンがあり、由似がその子を助けに行こうとしたところ、パパが「あの子はひとりで立てる」と止めたんです。

 

「ボクそこまで行くよ」と歩いてくる子を、パパが穏やかないい横顔で見守っているシーンがすごく印象に残っていて、マンガで理学療法士という仕事があることを知りました。

 

高校3年生で進路を考えているときに親が「女の子なんだから手に職つけときなさい」と言うので、学校の先生は嫌だし、看護師さんも薬剤師も私にはできないと思って、理学療法士になることを決めました。

 

企画に携わった学生時代

 

ー 学生時代はどんな学生だったのですか?

 

福田先生:同級生に聞くととても真面目だったと言われます。ただ、自分ではそんなつもりはなく、勉強を頑張っていたわけでもありませんでした。つまらないやつだったと思いますよ(笑)

 

当時は三好春樹先生に影響されて、おむつはずし学会の人が集まる喫茶店に出入りして、社会活動に興味がありました。

 

京都大学のイベントサークルでウェディングドレスのファッションショーをプロデュースしたり、大学生協の機関紙の編集部に所属したりしていました。

 

そう考えると、何かを企画するということは学生のときからやっていましたね。いま、イベントや講座をいつも企画しているのは、学生時代にルーツがありそうです。

 

理学療法士を辞めようかと考えた

 

ー 学校を卒業して最初はどちらの病院に勤められたんですか?

 

福田先生:京都南病院という地域医療を熱心にやっている病院に勤めました。地域の住民が立ち上げた病院です。しかし、その京都南病院は2年間勤めた後、退職することになります。

 

当初の予定では、ずっと京都で働く予定だったのですが、全身アトピー性皮膚炎になってしまって、全身かきむしって服も血だらけになるほど一度に悪化して、働けない状態になってしまったのです。

 

親が心配して「帰ってこい」と言うので、福井に帰り、それから数か月は仕事を休んでいました。たった2年で仕事をやめなければいけない状況になって、私は理学療法士として適性がなかったのかもしれないとも思い、辞めることも考えました。

 

じつはその後も、何度も辞めようと思うような時期があり、理学療法士協会の休会届も書きました。結局出さずじまいでしたが。

 

辞めずにいたのは、結局のところ、理学療法士としての福田を必要としてくれる人がいたからです。こんなにも理学療法士を必要としてくれる人が世の中にまだいるのだから、ああ、やめられないな、これは仕方のないことだなと思いました。

 

それに、高校生のまだ純粋だった頃の自分が選んだ道を、ないがしろにしようとしていたんだと気づいて、昔の自分にゴメンねと思って。簡単に辞めちゃダメだと思ったのです。

予防分野にかかわろうと思ったキッカケ

 

ー 福井に帰られてからは、どのような病院・施設に勤めましたか?

 

福田先生:訪問看護や患者会があるような、地域住民が診療所から立ち上げた病院でした。そのあと結婚をきっかけに老健に移りました。

 

私が新人の頃は、老人保健施設が立ち上がり始めたばかりの頃だったので、「新人では働けない、経験年数を重ねてから働く場所」という認識があり、いつか老健に行きたいという憧れがありました。

 

ー 現在のような(ケガ予防・腰痛予防)活動を始めるまでのお話を聞かせてください。

 

福田先生:予防に関わり始めたのは老健で、研修を担当したのが最初です。もう20年ほど前ですね。新人教育や、地域の介護士向けの講師として招かれることもありました。

 

そのような活動をしていると次第に、一緒に働いている看護師さんや介護士さんから「腰が痛い」「肩がこる」「お腹のお肉はどうしたらとれるか」と、体の不調について相談を受けることが多くなりました。ただ、その頃は個人的な相談窓口としてでした。

 

2006年の介護予防事業のスタートと同時に、介護予防事業と通所介護施設で勤務することになったのが一つの転機でした。

 

新たに介護予防や機能訓練を導入しはじめたころは、ほんとうに大変だったんです。みんな運動なんてやりたがらない。いままで、デイサービスに通って遊んでワイワイ楽しんでいればよかったのに、「どうやら福田がくると運動をさせられるようだ」と、あきらかに陰口を言って煙たがる利用者までいました。そのうえ、どれほどの効果を出せるのか、私自身まったく自信がありませんでした。

 

それで「ちょっと待てよ、80歳、90歳代のおばあちゃんに予防?」と思ったのです。

 

目の前で一緒に働いている看護師さんが腰を痛め、薬を飲みながら、痛みを我慢して仕事しているのを見ていましたから、本当に予防をしたいならもっと早くから始めないといけない、私たちの働く世代から始めておかなければいけないと思いました。

 

それに、私がアトピーで休職してからは、自分のことで精一杯でしたから、腰や膝が痛いと訴える母の相談にすら乗ってあげていなかったのです。

 

もし、あのとき自分が健康で、ちゃんと勉強もしていたなら、母の身体もここまでひどくならなかったはずだと、情けない気持ちが湧き起ってきました。

 

【目次】

第一回:ケガ予防・腰痛予防活動を始めた理由

第二回:産業医と地域医療は視点が似ている

最終回:理学療法士という生き方を選ぶ

 

福田先生オススメ書籍

 

環境に拡がる心―生態学的哲学の展望 (双書エニグマ)
Posted with Amakuri
河野 哲也
勁草書房
売上げランキング: 888910

 

福田先生のコメント:心と体と世界とのあわいつながりについてかかれていて、私はこの本で、デカルトの二元論からはじまり、アフォーダンス理論や現象学的身体論、認知科学研究の全体像を、ようやくなんとなく理解することができました。

 

元気と笑顔のかんたん運動レシピ10秒ポーズ!

 

福田先生のコメント:働く女性や高齢の人たちが、一生幸せに豊かに生きられることをめざし、これまで私が数々の予防体操教室を運営しながらまとめてきた10秒ポーズという方法です。運動療法の基礎を抽出し、日常生活動作につなげられるよう意識転換していきますので、運動習慣がなかった人でも取りくみやすい予防や健康づくりに使える内容になっています。

 

福田裕子先生プロフィール

1991年 京都大学医療技術短期大学部理学療法学科卒業

1991年 京都南病院 理学療法士

1993年 光陽生協病院 理学療法士 

1995年 鯖江ケアセンタ―みどり荘 理学療法士

2002年 今立町社会福祉協議会 理学療法士・介護兼務

2003年 今立町社会福祉協議会 理学療法士・ケアマネジャー兼務

2006年 越前市社会福祉協議会(市町村合併にともない)

2007年 放送大学教養学部発達と教育専攻卒業

2007年 独立開業

2014年 Soleilスタジオユウ開設 

介護認定審査会委員5期。鯖江市健康づくり推進協議会委員2期。

医療・介護分野でリハビリテーション・運動機能向上関連事業・健康教室等、立ち上げ通算8回

Facebookページ:【1回10秒ポーズ】理学療法士とはじめる未来のカラダづくり研究会

 

無料会員登録をする
     post       pc
Le
B

PR記事

インタビュー記事

Bnr 01