股関節周囲のスポーツ外傷・障害のうち、サッカー等で多発する疾患として「鼠径部痛症候群」が挙げられます。その定義は、“明らかな器質的疾患の有無を問わず、何らかの理由で生じた全身的機能不全が鼠径周辺部の器質的疾患発生に関与し、運動時に鼠径周辺部に様々な痛みを起こす症候群”(仁賀, 2016)とされています。上記にもあるように、鼠径部痛症候群は股関節周囲の問題と、寛骨アライメントの問題をはじめ、全身が関係するといえます。今回は、特に股関節と骨盤のリアライン®を紹介いたします。
“総合的に手術療法と保存療法を比較するならば、初診時から復帰に要する時間で少なくとも保存療法が手術療法に劣るとは考えられず、保存療法を積極的に行う方がより良い治療法であると考えている。”(仁賀定雄他、鼠径部痛症候群の診断と治療:鼠径部痛症候群に対する保存療法;臨床スポーツ医学23:763-777, 2006)
実際に保存療法で復帰に至るスポーツ選手の治療を行ってきました。しかし、エクササイズのみでは、症状を引き起こす原因となる、鼠径部周囲、大腿前後面、尾骨周辺の癒着、滑走不全を解決できません。まずは股関節運動と骨盤アライメントの関係性を考えたいと思います。
この歩行中の股関節伸展制限が同側の大殿筋機能低下を招くことになります。
また非対称寛骨は以下の機序でも起こりうるといえます。
寛骨非対称アライメント、仙骨マルアライメントは①脚長差、②非対称的な歩行、③非対称的な下肢筋・軟部組織緊張、④非対称的な体幹機能を引き起こします。そのため、股関節障害を発症しやすくなります。鼠径靭帯滑走不全への対策としては、① 鼠径靱帯とその表層の皮膚との滑走性の改善、② 股関節伸展位における鼠径部の皮膚の緊張緩和のための大腿後面から大腿外側、大腿前面への皮膚の滑走性の改善、③ 鼠径靱帯を上方に保つための腹横筋下部の持続的緊張の学習、④ 鼠径靱帯滑走不全に併発しやすい大腿筋膜張筋など股関節屈筋の緊張緩和が重要になります。
症例紹介
症例
30歳代、男性、電機メーカー勤務
スポーツ:テニス
病歴:
-2010年夏 鼠径部痛出現。
-テニスを休止し、複数の医療機関でリハビリテーションを行ったが、症状は寛解せず。
-2011年6月より、月1回の治療を開始。
◆評価
アライメント
-右恥骨下制、尾骨右(仙骨左傾斜)
結果因子
炎症
-鼠径部、骨盤底、下腹部、恥骨結合、仙腸関節、腰部
筋スパズム
-内転筋群、腹筋群、骨盤底筋、大腿直筋、縫工筋
運動障害
-筋力低下、股関節可動域制限(屈曲・伸展)
原因因子
不安定性
-恥骨結合、仙腸関節
筋機能不全
-下部腹横筋、骨盤底筋、大殿筋、多裂筋
滑走不全・拘縮
-鼠径靭帯、鼠径部、大転子周囲、腸脛靭帯
◆問題点
骨盤アライメント不良、股関節可動域制限
目標・治療プログラム
◆目標
鼠径部含む、股関節周囲の滑走不全の改善により、股関節可動性、骨盤アライメント非対称性を改善する。
◆治療プログラム
1.骨盤(恥骨結合、仙骨)リアライメント
- 鼠径部、腸脛靭帯、大殿筋などの皮下組織リリース
- 大殿筋エクササイズ、ヒールプッシュエクササイズ
⇒結果:疼痛は程度軽減、内転筋(恥骨筋、長内転筋)の過緊張(しこり)が残存
2.鼠径部に対する治療(原因、結果因子を含む)
鼠径部、内転筋起始部の過緊張(しこり)が限局的に存在
- 鼠径部、腸脛靭帯、大殿筋、内転筋間などの皮下組織・筋間リリース
- 大殿筋エクササイズ、ヒールプッシュエクササイズ
⇒限局したしこり、腰痛(軽度)が残存、テニスを軽く再開
3.鼠径部に対する治療(原因、結果因子を含む)
軽度の腰痛、鼠径部・内転筋起始部の過緊張(しこり)が限局的に存在
- 鼠径部、腸脛靭帯、大殿筋、内転筋間の皮下組織・筋間リリース
⇒での痛みはほぼ消失、テニス再開(テニス実施後に限局したしこり残存)
4.鼠径部に対する治療(原因、結果因子を含む)
テニスはほぼフルで実施。内転筋の過緊張(しこり)が限局的に存在
- 鼠径部、腸脛靭帯、大殿筋、内転筋間の皮下組織・筋間リリース
⇒テニスへ完全復帰
経過・考察
◆経過
4回にわたる治療にて、ADL、スポーツ復帰(テニス)が可能になった。
◆考察
本症例は、鼠径部痛症候群に見られるほぼすべての症状が存在した。骨盤アライメントの改善により、拡散していた症状がほぼ消失し、限局した筋の過緊張のみに改善が得られた。そのことから、骨盤アライメントの悪化により腰痛や内転筋の緊張が増悪していたと考えられる。結果因子(内転筋・鼠径部のしこり)が治療後半まで残存した。
以上から、鼠径部痛症候群では様々な問題が絡み合って、症状を引き起こすため、正確な評価が必要であります。そして、保存療法で完全復帰を果たすには、内転筋群、鼠径部、腹筋群に残存しやすい滑走不全を正確にリリースする技術が必要と言えます。
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