そんな状況を“物の開発“という新たな発想で改善を試みる、高田さん。商品は「今まであるようでなかった」「こんな商品あったらいいな」の視点で設計されており、私は思わずひざを打ちました。本日は、高田さんの柔軟な課題解決思考や、開発→流通までほぼ1人で手掛けられる“STの新たなキャリア“についてインタビューをさせて頂きました。
お小遣い起業
ー 高田さんはSTとしてどんなキャリアを歩んで来られたのですか?
高田 大筋でいうと、急性期病院で8年勤務して、その後からは訪問看護ステーションで働いています。特に訪問をするようになってから、「STという職種自体が他職種や地域になかなか分かってもらいにくいなぁ」と感じるようになりました。
それで、いろんなテーマで地域向けの講座を始めることになったんです。利用者さんやケアマネさん等の地域で一緒に仕事をする方々を呼んで隔月くらいで開催していますね。
そんな活動をしているうちに、別の地域の活動に逆に誘われることが増えて、京都のまち作り会議に出てたりとか、京滋摂食・嚥下を考える会に参加させてもらったりとか、いろいろ活動の幅が広がっていきましたね。
ー 本業の傍ら様々な活動にお忙しかったと思いますが、その中でどうして起業しようと思ったんですか?
高田 訪問リハや地域活動を続けていくうちに、「もっと足りないところがあるな」と思ったんですよね。例えば、職員間の相互理解とか、リハ側が(利用者や施設側に)お願いしても時間がなくて取り組んでもらえないこととかね。
「それらを埋められる物ってなんだろう?」と考えた時に、今の“はなすたべるくらす舎”の活動が見えてきたんです。
活動の中では、エッセイを気が狂ったかのようにひたすら書き続けました。「ST在宅やってるってよ」というテーマで、在宅STを目指したい人にも読んでもらえるように、自分が在宅STとして感じることや在宅STのリアルやキャリアついて書いています。
あと「たべやすそうざい、のみやすい」というテーマでは、市販されている食品は嚥下的にどうか?ということを自分なりに記事にしています。あとはやっぱり、物づくり(商品開発)ですね。まだないものや便利なものを作ることで、変えられる事はないかな、と思ったんですよ。
ー でも、どうして個人で商品開発をしようと思ったんですか?商品開発って、企業と共同で行うとか、研究の領域の中で行われるイメージでした。
高田 団体でやると話を進めるのに時間がかかると思うんですよ。今回のカメルカも、きっと近いうちにこのアイディアは誰か形にするだろうと思っていたんです。だから早く形にしたかった。
あと、ほとんどのセラピストは30代から定年まで年収100万円もあがらないんですよね。その中で頑張って時間費やして開発した物を、企業の慈善事業的に扱われるのも違うと思うんですよね。「そうじゃない形もあるよ」ってことを、自分としては示したかったんです。
実は元々僕はお小遣い起業なんです。副業したいと妻に言った時、「あんたのお金の中でやりなさい」って言われまして。だから、コストができるだけかからず、シンプルでみんなが簡単に使える物、という形でアイディアを絞っていったんですよね。
今でこそだんだん広がってきたんですけど、最初は自分のできる範囲から考えていくのも大事だと思います。
あとは、実はもともとサラリーマンでCDチェーン店の運営管理をしていていたんです。その仕事を辞めて医療介護業界という別の業界で働くようになってから「物流は面白いな」と思うようになったんですよね。その経験は活きているかもしれません。
ー その中で、どうして「嚥下関連商品」に力を入れようと思ったんですか?
高田 患者さんが病院から退院されて「こんな食形態で食べて下さいね」と指定されている時に、指定された物を本人が「食べたくない」っていうと、介護者が途端にテンパるんですよね。なぜか急にメロンパンをミキサーにかけたものや、スッポンスープを提供されていたり。
そんな様子を訪問リハの現場で見ていく中で、何か利用者の食事に役立つ物の開発ができないかなと思ったのがきっかけです。
その結果誕生したのが、食品のかたさを簡易に客観的に計測できる「カメルカ」と、総入れ歯の状態で食べやすいやわから食の硬さを簡易に測定する「カメルカIB」です。舌で潰せる、歯茎で潰せるかたさを、ペットボトルのふたに取り付ける簡易な形状の物1つで、食べ物の硬さ測定ができます。
写真:カメルカを使用して食物の硬さを測定中
ー 食材の硬さに着目したのはなぜですか?(すごくピンポイントな気がしますが)
高田 最近、食材をかなり柔らかく調理できる機材が出てきたんですけど、利用者さんの中には「その機材を使えばどんな物もゼリーのような安全な物になる」と思ってる方が時々いるんですよ。もちろん、それは誤解なんですけどね。
あとは、同じ機材を使って同じ食品を作っても、食材によっては硬さが均一にならない事もあるんです。例えば、鳥の唐揚げでも、一方は歯茎で潰れるほど柔らかくなって、一方は同じ機材でも硬く仕上がるって事もあるんです。含まれる調味料とか、素材の質とかで変わるんですよ。
機材うんぬんの話を置いておいても、硬さの表現自体が世間的に結構誤解があると思っています。箸でほぐせる=舌で潰せると思っちゃう人もいるんですよね。箸でほぐせるって柔らかい角煮をイメージする人もいるんですが、実は角煮は総入れ歯でぎりぎり処理できる硬さなんです。だから、舌で潰せることはほぼないんですよ。世間的に思われている事と実際に違う事って結構あるんですよね。
だからこそ、摂食・嚥下障害があって、食事にリスクのある方に関しては、安全面確認する意味で、本当に歯茎や舌で潰せるのか、客観的に確認した方がいいと思うんです。そして、共通言語として「硬さ」があるっていうことが一般化して、連絡票等の申し送り的な項目になったらいいなって思います。
舌がバテる
ー 硬さを計測するという武器を持って、STだからこそ提案できる在宅リハってありますか?
高田 食事の中で最大舌圧に近い物だけを提供すると、3、4口で舌がバテちゃうんですね。それより柔らかい食材を組み合わせてトンカツを食べるパワーも残す、という戦略的な食べ方を提案できるのがSTの強みではないでしょうか。
私も訪問リハビリの中で、普通食を柔らかく調理できる機材とカメルカを併用して、“硬さ”を確認しながら食べてもらっています。
ー 硬さの概念は、医療以外のフィールドではどんなところで役に立つと思われますか?
高田 最終的に違うジャンルで言えば、外食産業に「食材の硬さ」の概念が浸透すればもっとインクルーシブな世の中になりますよね。フグの白子とか「これは歯茎で食べれます」と提供されておじいちゃんが食べれるとか。
あとは、災害時の避難所でも活用できると思います。災害時のレトルトの嚥下食は存在するんですがまだそこまで普及してない。口腔嚥下弱者と言われている方々も、差し入れや炊き出しがあった時に、「どういった物だったら食べれる?」という視点で、柔らかい物から食べていってもらう事もできると思います。
ー 物作りに携わりたいSTや、高田さんのキャリアを参考にしたいSTに一言お願いします
高田 自分のできる範囲で、今いる職場でトライできることは、とくに若いうちは全部経験したらいいと思います。絶対あとで活きるので。その時は「回復期が1番いい」って思ってても、急性期もICUも外来も経験できるのなら全部やってみる。
体験しないと1つ1つの物事はつながって見えないと思うし、自分の興味関心も変わっていくと思うので。
あとは実現癖をつけていくってことですかね。小さいこともまず自分でやってみる・形にしてみる、はたまた誰かと協力してやってみるとか、いろんな形で思い描いたことが形になっていくことで、自然と実現癖がつくと思います。
インタビュー後記
インタビュー前は「商品開発=企業とタイアップされているに違いない!」と思い込んでいたので、高田さんが1人で商品開発・流通を手掛けられている事実が何より衝撃的でした。
個人で行う仕事は、何かと制限がついたりできることが限られるという側面はあるのかもしれません。でも「できる中で考える」「小さな1歩から始める」というのは、無理かもしれないと思い込んでいる事に対して、行動のためのハードルをスッと下げてくれるヒントだと思えました。
また、STの専門性は、臨床現場ではもちろんのこと、外食産業や災害支援の分野においても力を発揮できる可能性があるという発想も興味深かったです。医療や介護の枠に囚われず本当に必要としている人にサービスを届けることができる形として私も参考にしたい視点だと感じました。
貴重なお話しを聞かせて頂き、ありがとうございました。
(インタビュアー:言語聴覚士 三輪桃子)
関連リンク
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