色字共感覚の持ち主が発達性読み書き障害を「触覚」を通して改善する【言語聴覚士 宮崎 圭佑】

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限局性学習症(いわゆる学習障害)の一つに分類される、発達性読み書き障害。知的能力は保たれているにも関わらず、文字習得に困難を示すため、努力不足と周囲から誤解を受けることもあると言います。宮崎さんは、ご自身の色字共感覚がきっかけで始めた研究から着想し、脳機能の観点から、発達性読み書き障害の改善をはかる新たな学習方法を開発されました。今回は、開発の経緯や、読み書き障害の改善効果について伺いました。

エンジニアと研究者の経験を商品開発へ

ーこれまでのキャリアを教えてください

宮崎:言語聴覚士(以下ST)の養成大学を卒業後、STとして一般病院や、小児から高齢者までみる医療機関で働いていました。そうしている時に、知り合いが起業することになったので、STをしながらも手伝いを始めました。ソフトウェアの開発や機械のデザインを3Dで設計したりするエンジニアのような仕事までいろいろとやっていて、そのままその会社に就職することになりました。でも、やはり勉強もしたいということで、京都大学の大学院に入り直しました。そのまま京都大学医学部附属病院の精神科診療部で言語聴覚士として2年間勤めました。


ー大学院時代は、何を研究されていたのですか?

宮崎:私自身、字に色が見える「共感覚」を持っていることもあり、感覚のことや違う感覚が統合することに、凄く興味がありました。当時、視覚と触覚を合わせると記憶が増強するという論文を見つけたことがきっかけで、文字や絵を立体化すると、視覚認知プロセス障害の改善に使えるのではないかと思い、触覚―視覚間の記憶統合について研究をしていました。


ー大学院卒業後、現在はどのような活動をされていますか?

宮崎:現在は企業で働きながら触読学習シートである「触るグリフ」の販売をしています。本当は、大学院の博士課程に進む予定でしたが、勤めていた会社がコロナの影響で物凄く忙しくなったので、進学が難しくなりました。この状況をなんとかしようと思い、自分で3Dデータを作って触るグリフを開発し、特許を取りました。1人で製品化できたのは、集客方法や、製品開発、特許取得の方法まで、今の会社で働いた経験から得られたと思いますね。

 

発達性読み書き障害を触覚で改善

ー「触るグリフ」はどんな製品ですか?

宮崎:触るグリフは「視ながら触れて」触読学習を行う触読版シートです。文字の形状、文字列の綴り、漢字など文字構造の視覚性記憶の定着と精緻化を目的に開発しました。触るグリフの利用対象の1つに発達性読み書き障害(以下ディスレクシア)があります。

 

ディスレクシアは、読字の音韻処理障害を中心とした学習障害ですが、語彙認知の弱さが起因して、文字のまとまり(綴り)や複雑な形状の視覚認知プロセスの弱さも報告されています。このようなディスレクシアの視覚認知の弱さに対して、立体化した文字に見ながら触れて、文字のカタチや綴りパターンを学ぶ多感覚学習が考えられます。

 

従来は、粘土造形や文字ブロックに触れて学ぶ多感覚学習が行われていましたが、大きな1文字ずつの形状を把握する従来の触覚学習では、文字形状の学習は可能でも、単語をまとまった「綴り」として視覚記憶形成が出来ません。そこで、触読版として連続した文字の綴りを学習する方法として、触るグリフの開発に至りました。この文字綴り学習の手法は、2022年に読み書き障害に対する「発明」として正式に特許庁に認められました。特許は原理的に妥当な仕組みで、世界で初めての技術に対して認められます。

 

ーどうして触覚学習に注目したのですか?

宮崎:視覚は光学情報、聴覚は空気の振動なので、情報モダリティーとして違いますが、触覚に関しては3D三次元情報なので視覚情報と近しいモダリティーだからです。脳内でも最終的に視覚と触覚が統合される部位があります。人間も霊長類なので、猿を思い浮かべると分かりやすいのですが、猿は複雑な物を見たときに、見ただけでは分からない物は触れますよね。これは、人間も同じだと思います。

そこで、視覚認知プロセスの弱い人は、触覚ルートからの情報により、視覚認知プロセスが補強されるところに目をつけました。つまり、文字の形を把握する迂回路を通ってくれるということですね。

 

 ー「触るグリフ」を使用した患者さまに、どのような効果が見られましたか?

宮崎:触るグリフでは、触読版になっている立体文字を見て触れながら、音読します。約8週間ディスレクシアの方に使用してもらうと、読字の際に文字を1つ1つ拾って読む逐次読みが改善したり、漢字などを思い出せない人が思い出せる様になったりと、症状が改善する姿を見てきました。

ー鉛筆などで文字形をなぞることと、指で直接触れる学習では効果が違うのですか?

宮崎:ディスレクシアの方の場合、漢字が思い出せない、いくら書いても覚えられないということがよくあります。結局、漢字の形が思い浮かばないということなのだと思います。

 

鉛筆で書くというのは、その形を組み立てることなので、形そのものの情報じゃないですよね。形の情報がないのに、経時直列的な書字運動イメージで補強しても、穴の空いたバケツに水を入れるようなものです。でも、直接指で文字に触れて触覚から強化学習すると、形そのものを同時並列的に学習するので、ディスレクシアの視覚認知プロセスの弱さにはまりやすいと考えられます。

 

ー文字形が思い浮かぶようになれば、書字もスムーズになりますか?

宮崎:そうですね。ディスレクシアの方が(読みだけでなく)書字が難しい原因は、そもそも文字の形が頭に入ってないことだと思うので、改善は見られると思います。ただし、運動の協調性の問題で、字形が崩れる方に関しては、形は情報が入っていても運動プロセスに繋げることができないといった、運動イメージの形成が問題なので、また別のアプローチが必要ですね。

 

ーその他にも、触るグリフが適応ではない場合はありますか?

宮崎:漢字を覚えるのが苦手である背景に、実行機能が弱くて複雑な漢字を組み立てて覚えられない場合ですね。触覚学習を通して、形を把握して記憶する力は改善するのですが、物事を展開的に組み立てるということには作用しません。また、英語の綴りを勉強するには良いのですが、同時に文法が改善したりはしないです。要は、計画的に組み立てることに関しては促進的に作用しないですね。

 

ーディスレクシアの中でも、視覚認知プロセスよりも音韻認知の弱さが目立つ人にも効果はあるのですか?

宮崎:そうですね。ディスレクシアの方で、音韻認知が弱い、デコーディングの能力が弱い方は、詳しく調べると視覚認知プロセスも弱い方が多いと思います。それを上手く説明している論文はないので僕の仮説にはなりますが、普通の人だと字と音は自然と結びつくので、字を見たら頭の中で音が鳴ります。そうじゃない場合は、自然と字に触れなくなるので、結果的に文字のような複雑な視覚パターンに触れる機会も少なくなるのだと考えます。だから、視覚認知のネットワークが形成されにくいのではないかと思っています。

 

実験で、星や三角のような記号としてすでに意味が分かる図形は、はやく覚えることができても、訳の分からない図形や馴染みのない象形文字だと、覚えにくく認知も難しいというものがあります。文字と音が結びつかないと、文字と意味も、形と意味も結びつかない。だから、ディスレクシアの方は、形に関して定型発達の人よりもあまり意味を帯びてないのだと思います。定型の人でいう、アメーバみたいな、なんの秩序もなく意味もない情報をみていることが、ディスレクシアの方の視覚認知プロセスなんじゃないかなと。

 

だから、音韻の弱さが土台にあることが原因で、文字の形や綴りなどの視覚的なパターンを捉えにくい人に関しても、触覚ルートから補強すると良いと思います。それで、元の音韻の部分の弱さが改善するわけではないですが、視覚的な形が頭にパターンが入り視覚辞書が鍛えられると、それに照合していくと読むことが出来るので、非常に楽になるという感じですね。

 

ー触るグリフを用いると、読字の際の疲れやすさは改善するのですか?

宮崎:読めるようになるのは確かなのですが、やはりディスレクシアの人の読字の際の易疲労性に関しては、ある程度は低減できても、完全には無くならないと思いますね。ましにはなりますが、やはり疲れるのだと思います。だから、普通に読めるという状況になるわけではないという点は、誤解を招かないようにしたいと思いますね。

 

普通の人が原付バイクで走っている状態だとしたら、ディスレクシアの重度の方は、歩いたり走ったりして追いかける状態で、それが自転車や電動自転車で追いかけられるようになった、ということなのです。さすがに、バイクと競争したら負けてしまいますよね。

 

ー年齢による改善の差はありますか?

宮崎:48歳でディスレクシアの方ですが、だいたい8週間ぐらいで、ほぼ逐次読みが無くなりました。年をとっても自転車に乗れたりするのと一緒で、年齢はほんと関係ないですね。教材としては、小学一年生の内容をまとめた教材もあるので、だいたい幼稚園の年長から小1くらいで、他の子と比べて読み書きが著しく苦手だなという場合は、使って学んで頂けたらと思います。

 

今後の展望

ー触るグリフの今後の展望はありますか?

宮崎:製品として、デザインを整えることやマーケティングも重要なのですが、1番重きを置いているのはエビデンスを出すことです。大学院で行っていた、見ながら触れた方が記憶力や認知が向上するという基礎研究の部分でも、二分比較試験で有意差が出たということは、触れた方が記憶力は高まるということだと思います。今後は、視覚認知プロセスの弱い患者で比較して、しっかりと有意差が出たらいいなと思いますね。言語療法は有意差がある簡易なプロセスが少ないので、1つ非常に強力なものが出たら、それは革命なんじゃないかなと思います。ですから、研究を続けていきたいですね。

 

ー触るグリフが言語療法以外の分野に応用できることはありますか?

宮崎:ディスレクシアとは関係なく、一般の人が取り組んでもおもしろいですよ。最初は何を触っているかわからないけど、1週間くらいしたら文字の形が頭に浮かんでくるようになります。数週間やっていると、目を閉じてもだいたい読めるようになりますね。

 

欧米人は、基本的に、日本語がペラペラな人でも、漢字は書けないという人が多いです。なぜかというと、複雑な幾何学模様の文字は、世界を見渡してもなかなかないからです。それに関して、触覚学習は効果的だと思います。また、実際日本人が英語を学ぶときにも役立つと思いますね。英語は様々な単語がありますが、綴りはある程度パターンがありますよね。その綴りの組み合わせを覚えることに役立つので、効率的に学習ができるようになると思います。

 

STキャリアについて

ーSTとして新たな道を切り開いている宮崎さんから、読者の後輩STにキャリアについて伝えたいことがあれば教えて下さい。

宮崎:今、目先の給料が高いということで高齢者分野に行く人もいると思いますが、小児分野はお給料が安くても、社会の中で重要な経験を積めたり、スキルを学べたりする分野だと思います。就職先を選択する時に、いかに社会の中で付加価値を身につけられるかに重きを置いて、20代を過ごした方が、後々何かするときに生かせるように感じますね。

 

また、高齢者もどんどん増えてきているので、今後言語療法自体の保険診療での締め付けが厳しくなる可能性もあると思います。ですから、保険診療の世界だけじゃなくて、自由診療も含めそれ以外の分野に挑戦するのもありだと思いますね。

 

医学の知識、音声学、構音などの運動学を身につけているというのは、教育の分野では重要なスキル設定だと思います。教育業界にどんどん行くのもありだし、外国語が出来たら、外国語教育もありだと思います。リハビリという保険診療のなかだけで考える必要はないのかなと感じますね。

 

プロフィール

宮崎 圭佑 1984年,兵庫県生まれ

【専門】学習障害(ディスレクシア,算数障害) への触覚‐視覚間の記憶統合効果の臨床応用

【資格・学位】 言語聴覚士  (国家資格)  修士号 (京都大学)

【経歴】京都大学大学院 人間健康科学系専攻 脳機能リハビリテーション科学分野卒業,

一般医療機関,京都大学 医学部付属病院 精神科診療部勤務を経てサワルグリフ開業

【所属学会】 日本認知神経科学会,日本ワーキングメモリー学会,

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触読学習シート触るグリフ
https://sawaruglyph.com/

論文:色字共感覚における視覚情報処理に関する脳波分析について(英字)

https://sawaruglyph.com/wp-content/uploads/2020/12/Electroencephalogram-Analysis-Regarding-Visual-Information-Processing-in-a-Grapheme-color-Synesthete.pdf

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インタビュアー:言語聴覚士 三輪桃子

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