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病院の安全性を測る物差しの開発~医療事故防止に関するインシデント報告の新しい価値~

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名古屋大学医学部附属病院(以下、名大病院)は、日本の国立大学病院の中で唯一、国際的な医療施設評価認証機関である JCI(Joint Commission International)*1の認証を受けており、全国でも患者の安全確保に対する取り組みを積極的に行ってきた施設のうちのひとつです。このたび、名大病院 患者安全推進部の長尾能雅 教授らの研究グループは、同病院で医療事故防止のために集められたヒヤリ・ハット*2や医療事故に関する報告(通称:インシデントレポート)のデータを利用して、病院の安全性を測定するモデルを開発しました。

これまで、病院の安全性を直接的に測定する統一した物差しが存在しなかったため、全国の医療施設は自施設の安全性について、職員へのアンケート調査や、安全確保のための業務プロセスがどの程度実行されているかを測定するなど、幾つかの間接的な方法を組み合わせて評価せざるを得ませんでした。一方、インシデントレポートは全国の医療機関に幅広く導入されており、現場で働く医療従事者から日々多くのレポートが提出されていますが、全てのデータが十分に活用されていないことなどが課題となっていました。

今回、本研究グループは、その膨大なインシデントレポートのテキストデータを機械学習の技術を用いて分析し、ある医療者集団が、医療行為そのものや、不十分な確認行動などによって患者に生じさせた疾病の「重症度」を数値化することに成功しました。その結果は、これまで名大病院で患者安全の専門家たちによって分析されてきたデータと比較しても高い相関が示されたことが評価され、その研究成果は 2022 年 12 月 12 日付「Journal of Medical Systems」に掲載されました。

今回の手法は名大病院で長期にわたって蓄積されてきたインシデントレポートのデータと、近年注目されている artificial intelligence(AI; 人工知能)技術を融合させて開発されたもので、全く新しい物差しとして注目されます。その物差しは、医療事故防止など、患者の安全確保への貢献が期待されます。

本研究グループは、今回行った「重症度」の数値化にとどまらず、引き続きさまざまな視点でインシデントレポートに潜むリスクを分析し、物差しの精度を上げていくことを計画しています。これらが確立すれば、病院の安全性をリアルタイムに測定できるだけでなく、病院間の安全性の比較や、事故の予知なども可能になることが期待されます。

※本技術に関して、日本及び米国において特許出願中です。

ポイント

○ヒヤリ・ハットや医療事故に関する報告(通称:インシデントレポート)のデータを利用して、病院の安全性の測定に繋がる新しいモデルを開発しました。

○今回発表した研究では、名大病院の膨大なインシデントレポートのテキストデータから「重症度」を測定することに成功し、その結果が従来の患者安全の専門家たちによる人的判断に基づくデータと比較しても高い相関が示されました。

○今後、病院の安全性に関わるその他の要因も加味して物差しの精度を高めていくことで、病院の安全性をリアルタイムに測定したり、他の医療機関との安全性を比較したりすることが可能になることが期待されています。

背景

患者安全における客観的な効果測定には、未だ標準化された手法が確立されていません。その中で、インシデントレポートシステムは、患者安全を改善させるため世界的に最も利用されている手法のひとつです。これは、病院で発生したインシデントを現場の職員からの自発的な報告によって捉え、組織に潜むリスクを拾い上げようとするツールですが、安全の程度を直接測定する物差しではありません。また、提出されるインシデントレポートは主観的であり、記載の質にもバラつきが大きくなっています。しかし、インシデントの内容を詳述する自由記載欄には様々な情報が反映されており、大きな価値が存在しています。本研究グループは、この自由記載欄の中に登場する言葉に着目し、AI 技術で言葉の重み付けを行いながら数値化し、病院における安全を測定する物差しの開発を試みました。また、本指標が、従来の患者安全の専門家による人的な判断とどの程度相関しているかについても検討されました。

研究成果

本研究グループは、AI 技術により、専門家が「重症」あるいは「非重症」と判断したインシデントレポートのテキストデータから、それぞれの単語が出現するか頻度を基に重症スコアを算出しました。図1のように、まずは個々の単語単位で数値化され、その後レポート単位、レポートを提出する医療者の集団(部署)の単位にまとめられました。本研究では、教師データとして用いられた 48,041 のインシデントレポートから 39,701 の単語が抽出され、その中で 1,802 の単語を数値化することができました。これらのスコアは、スコアの算出に用いられていない別のインシデントレポート群を用いて検証が行われました。その結果、レポート単位で算出された重症スコアは、専門家の重症・非重症の判断と比較して有意差を認めました。また、集団におけるスコアも、従来の専門家による分析と高い相関が示されました。(図2)

図1.重症スコアの算出プロセス

図2.患者安全の専門家による重症度の人的判断と、部署単位での重症スコアの比較

今後の展開

今回の研究では、コンピュータ処理技術を用いて、インシデントレポート内の自由記載欄の言語的特徴の解析によって重症度を評価するという意志決定支援ツールの開発を行いました。本研究グループは本ツールの開発による「重症」を定量化したことだけでは、直接的に安全を測定できたと考えていません。しかし、今後も患者安全に関わる複数の要因を同様の手法で解析を続け、それらの要因がどのようなバランスで相互に影響し合うかを検討することで、最終的に組織に内在する危険の量(リスク量)が測定できるようになるのではないかと考えています。

用語説明

*1 JCI(Joint Commission International): 米国の病院評価機構(JC:The JointCommission)から発展して設立された、医療の質と患者安全を国際的に審査する機関。

*2 ヒヤリ・ハット:危ないことが起こったが、幸い事故には至らなかった出来事のこと。

発表雑誌

掲雑誌名:Journal of Medical Systems

論文タイトル:Development of a Novel Scoring System to Quantify the Severity ofIncident Reports: An Exploratory Research Study

著者:Haruhiro Uematsu 1, Masakazu Uemura 2, Masaru Kurihara 2, Tomomi Umemura2, Mariko Hiramatsu 2, Fumimasa Kitano 2, Tatsuya Fukami 3, Yoshimasa Nagao2

所属:

1. Department of Patient Safety, Nagoya University Hospital, 65 Tsurumai-cho,Showa-ku, 466-8560, Nagoya, Japan. hiro_uematsu@hotmail.com.

2. Department of Patient Safety, Nagoya University Hospital, 65 Tsurumai-cho,Showa-ku, 466-8560, Nagoya, Japan.

3. Department of Patient Safety, Shimane University Hospital, Izumo, Japan.

DOI: 10.1007/s10916-022-01893-1

English ver.

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Jou_230328en.pdf

 

詳細▶︎https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/03/post-478.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。

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