野球の送球イップス者の特徴について、心理的要因と社会的環境要因からの検討 ―認知行動療法の変数に着目して―

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立命館大学大学院人間科学研究科の井上和哉助教らが、野球の送球イップス※1 の症状が高い者の特徴を心理的要因や社会的環境要因から検討を行いました。本研究成果は、学術論文として「Journal ofClinical Sport Psychology」に掲載されました。

本件のポイント

○イップスについて、認知行動療法の一つである Acceptance and Commitment Therapy: ACT の観点から捉え調査を行った。

○送球イップスの症状が強い者は、3 つの特徴を有していることが明らかとなった。

○送球が上手くいった時に失敗しなくて良かったと思う程度が高い。

○自らの思考に囚われる傾向が強い。

○ミスに対してチームメイト、コーチ、監督から叱責されることが多い。

○イップスに対する支援や、スポーツの指導方針の在り方について新しい提案が可能となった。

研究成果の概要

中学生から社会人までの野球経験者 292 名を対象に質問紙調査を行いました。その結果、野球の送球イップスの症状が強い者は、①送球が上手くいった時に失敗しなくて良かったと思う程度が高い、②自らの思考に囚われる傾向が高い、③ミスに対してチームメイト、コーチ、監督から叱責されることが多い環境にいるという結果が明らかとなりました。本研究結果から、失敗しないようにプレーを行うといった姿勢(文脈)を見直してみることや、自らの思考から距離を置くこと、コーチや監督といった周囲からのイップスへの配慮の重要性が明らかとなりました。

研究の背景

中学野球選手の 42%、大学野球選手の 47%がイップス症状を経験していることが報告されています。イップスは、競技パフォーマンスの著しい悪化や競技からの引退を招く原因にもなっており、イップスを抱える者への支援は喫緊の課題となっています。しかしながら、未だにイップスに対する有効な支援方法は確立されていません。イップスは完璧主義傾向、自意識の過剰や特性不安、反芻などとの関連が報告されていますが、有効な心理的支援の方法を見出すことができていません。

そのため、本研究では完璧主義や自意識の過剰、反芻などを認知行動療法の一つである Acceptanceand Commitment Therapy: ACT※2(以下、ACT)の観点から捉え直し、イップスと ACT においてターゲットとする変数との関連性を明らかにすることで、イップスに対する効果的な心理的支援の糸口を見出すことを目的としました。

研究の内容

調査対象者:中学生から社会人の野球経験者 292 名(男性 278 名、女性 14 名、平均年齢=23.15、SD=7.53)。中学、高校、大学、社会人の野球チームに対して、アンケートへの回答を求めました。

測定指標

従属変数

○イップスの心理的指標として、投・送球障がい兆候尺度(賀川・深江,2013)を使用しました。得点が高いほど、イップスに関連する心理的な症状が高いとしました。

○イップスの行動的な指標として、送球ミスの程度(塁間以下の送球と塁間以上の送球について、10回の送球のうち、何回送球ミスがあるか)を測定しました。

独立変数

○Acceptance and Action Questionnaire-II (AAQ-II;嶋ら,2013)。得点が高いほど、体験の回避(自らの思考や感情を過度にコントロールしようとする)の傾向が高いことを示します。

○Cognitive Fusion Questionnaire (CFQ; 嶋ら,2016)。得点が高いほど、認知的フュージョン(思考へのとらわれ)の傾向が高いことを示します。

○価値に基づいて送球している程度(1.野球を楽しめている程度、2.送球が上手くいった時に失敗しなくて良かったと思っている程度(逆転項目)、3.送球に対して楽しさを実感している程度)について、それぞれ1項目の簡易的なアンケートを作成し使用しました。

○社会的要因(1.ミスに対するコーチ、監督からの叱責の程度、2.ミスに対するペナルティの程度、3.レギュラー争いの程度)について、それぞれ1項目の簡易的なアンケートを作成し使用しました。

解析方法 階層的重回帰分析

結果

本調査の結果、どのイップスに関する症状に対しても、イップスの傾向が強い人は、①送球が上手くいった時に失敗しなくて良かったと思う程度が高い。②自らの思考に囚われる傾向が強い。③ミスに対してチームメイト、コーチ、監督から叱責されることが多い環境にいることが明らかとなりました。

考察

本調査の結果から、①失敗しないようにスポーツをするのではなく、スポーツを行う本来の目的を見直すこと、②思考と距離を置くこと、③ミスに対する叱責といった指導の在り方の改善がイップス症状の緩和に重要である可能性が示唆されました。  

社会的な意義

本研究結果は、認知行動療法の一つである Acceptance and Commitment Therapy: ACT の観点からイップスに対する支援を行うことができる可能性の示唆や、スポーツの指導方針の在り方を提案するものです。イップスに対する支援の需要性の高さから、社会的意義は大きく、スポーツ領域に対する心理的支援の波及効果も期待されます。

研究者のコメント

本研究に協力してくださった全ての皆様に心より感謝を申し上げます。僅かですが論文の末尾に謝辞を記載いたしました。今後は、実際にイップスを抱える方を対象に、心理療法(認知行動療法)の介入を行い、その効果検証を進めていく予定です。研究協力など、可能な方がおられましたら、ご連絡をいただけますと幸いです。

論文情報

論文名 : Relationships Between Throwing Yips in Baseball, Experiential Avoidance,Cognitive Fusion, Values, and Social Factors

著 者 : Kazuya Inoue., Tatsuto Yamada., & Tomu Ohtsuki発表雑誌 : Journal of Clinical Sport Psychology

掲載日 : 2023 年 8 月 16 日(水)

D O I : 10.1123/jcsp.2022-0057

U R L : https://doi.org/10.1123/jcsp.2022-0057

用語説明

※1 イップス・・・イップスは、スポーツパフォーマンスにおける微細な運動技能の実行に影響を及ぼす心理,神経筋の障害と定義されている。野球の送球イップスの例としては、ボールを思う通りに投げることができない,ボールを叩きつけてしまう,暴投してしまうなどが挙げられる。

※2 Acceptance and Commitment Therapy: ACT・・・ACT は、第3世代の認知行動療法の一つであり、支援の目的は精神疾患の除去や低減ではなく、生活の質やウェルビーングの向上を重視している。具体的には、マインドフルネス(今、この瞬間に集中し、注意を向けること)やアクセプタンス(思考や感情をあるがままに受け入れること)、コミットメントと行動活性化(自らの人生で重要なものを明確にし、それに向けた活動を増やしていく)のプロセスによって、心理的柔軟性を高めていく心理療法である。

詳細▶︎https://www.ritsumei.ac.jp/profile/pressrelease_detail/?id=918

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。

野球の送球イップス者の特徴について、心理的要因と社会的環境要因からの検討 ―認知行動療法の変数に着目して―

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