令和7年9月26日の第198回社会保障審議会医療保険部会で、医療費の高額化が急速に進んでいる実態が明らかになった。健康保険組合連合会の佐野雅宏会長代理は、1000万円以上の高額レセプトが前年比8%増加し、10年前と比べて6倍に達したと報告した。保険者からは現役世代の保険料負担が「限界に来ている」との声が相次ぎ、医療保険制度改革の必要性が強調された。
医療機関の経営危機・赤字拡大の実態は別稿「医療機関の経営危機が深刻化、病院の赤字拡大が鮮明に 社保審医療保険部会で実態明らかに」にて。
令和8年度診療報酬改定の基本方針(物価高騰対応・2040年ビジョン)については別稿「令和8年度診療報酬改定、物価高騰対応を重要視点に 2040年見据えた医療体制構築も」をご参照ください。
1000万円超レセプト、10年で6倍の衝撃
佐野委員は「令和6年度の1000万円以上のレセプトは件数で前年比8%増えており、平成27年との比較では6倍以上に増えている」と報告した。高額化の要因について「10年前は主に心臓手術や人工心臓を要する循環器系疾患、血友病が主な疾患だったが、直近の令和6年度では先天性難病や悪性腫瘍等で3000万円を超える超高額な医薬品が使用されるケースが中心となっている」と説明した。
「高額医療交付金交付事業における高額レセプト上位の概要」R6
「拠出金負担が保険者機能を阻害」
日本労働組合総連合会副事務局長の村上陽子委員(代理:佐保翔一氏)は健保組合の厳しい財政状況について「高齢化の進行により医療費が増大する中、加入者へのサービス提供と直接関係のない高齢者医療への拠出金負担が重くのしかかり、保険者による積極的な役割発揮を困難にしている」と指摘した。
「現行の高齢者医療制度の下では拠出金負担の割合がさらに高まり、制度の見直しが必要」と述べ、制度の抜本的見直しを求めた。
協会けんぽ「40万社で健康増進推進」
全国健康保険協会理事長の北川博康委員は、中小企業向けの取り組みについて報告した。「協会けんぽでも健康スコアリングレポートがあり、事業主の方々にデータを還元して職場での健康づくりに取り組んでいただいている」と述べた。
北川委員は「職場に健康保険委員を任命しており、約40万社がカバーされている」と報告し、「商工会議所など関係団体とも連携してコラボヘルスを進めている」と中小企業での予防・健康づくりの取り組み状況を説明した。
経団連「現役世代負担軽減が必要」
日本経済団体連合会社会保障委員会医療・介護改革部会長の横本美津子委員は「国民的合意が得られる項目について優先的に改革を進めることが重要」と述べた。制度改革について「現役世代の保険料負担軽減につながるような医療保険制度改革を実現すべき」と明確に求めた。
連合「若い世代の参画が必要」
日本労働組合総連合会副事務局長の村上陽子委員(代理:佐保翔一氏)は「給付と負担のあり方に関する議論に若い世代がどのように参加していくかといった仕掛けについても検討していただきたい」と提案した。
働く世代の視点から「今働いている世代にも理解してもらい納得してもらうことが必要で、社会保障教育の推進に向けた取り組みをさらに進めていただきたい」と求めた。
上智大教授「無価値・低価値医療の見直しを」
上智大学経済学部教授の中村さやか委員は、医療費適正化に向けた具体的提案を行った。「効果があるエビデンスが十分ない無価値医療や、効果が費用に見合わない低価値医療は保険対象から外すという見直しを図るべき」と述べた。
中村委員は「患者負担増は供給側の非効率性を除去した上で第二の手段として行うべきもの」と指摘し、「年齢で負担を変えるのはやめるべきで、所得だけでなく資産も含めた負担能力を考慮すべき」と提案した。
「社会保険料が税金より高い現役世代も」
NPO法人高齢社会をよくする女性の会理事の袖井孝子委員は「現役世代では税金よりも社会保険料の方が高い人も珍しくない」と指摘した。袖井委員は「日本人の税金アレルギーにより、社会保険料の方が取りやすいということで保険料をどんどん上げてきた経緯がある」と制度の構造的問題を指摘した。
「社会保険料を今の水準よりも引き上げることはほとんど不可能で、国民から大きな不満が出るのではないか」と述べ、税制改革の必要性を示唆した。
高額療養費制度「全体感を持った議論を」
高額療養費制度については、専門委員会での検討状況が報告された。田辺国昭部会長(東京大学大学院法学政治学研究科教授)は「制度改革全体の議論をしっかり進めていただきたい。高額療養費制度だけでなく他の改革項目も含め、医療保険制度改革全体の中で全体感を持って議論していくことが必要という点で共通していた」と説明した。
社会保障教育の推進が急務
厚生労働省は、社会保障教育の推進状況を報告した。令和4年から高等学校学習指導要領に社会保障の記載を充実させ、全国5000校に教材を配布している。
早稲田大学理事・法学学術院教授の菊池馨実委員(部会長代理)は「社会保険の原理原則をきちんと理解してもらうことが重要」と指摘し、「保険料や自己負担の応能負担原則、税との違い、上限がある一方で低所得者にも一定負担をしていただくといった原理原則を知っていただく必要がある」と述べた。
制度改革へ「待ったなし」
佐野委員は最後に「高額薬剤等による医療費増加への強い危機感を持っている。効果的・効率的な医療提供体制の構築と保険給付の重点化が、保険料上昇を抑制することにつながる」と強調した。
田辺部会長は「事務局においては本日いただいた意見を踏まえつつ、引き続き議論を深めていくようお願いする」と述べ、医療保険制度改革に向けた検討の継続を確認した。
現役世代の保険料負担軽減と医療保険制度の持続可能性確保は、まさに「待ったなし」の課題となっている。