目次
- 1. あなたが「学ぶ前」から学んでいたもの
- 2. 模倣で継承されてしまう4つのバイアス
- 3. 「真似が古びる」事例 — 手技療法の前提が変わった話
- 4. 「先輩のやり方」を翻訳する3つの問い
- 5. 限界と注意点
- まとめ
- 臨床ですぐ使えるツール
- 参考文献
1. あなたが「学ぶ前」から学んでいたもの
教師教育の世界には、半世紀近く議論されてきた古典的な概念があります。アメリカの教育社会学者Dan Lortieが1975年の著書『Schoolteacher: A Sociological Study』で提唱した「Apprenticeship of Observation(観察の徒弟制)」です1。
Lortieの観察は単純です。教師になろうとする学生は、すでに小学校から大学まで12〜16年間、毎日「教えられる側」として教師を観察し続けてきている。だから教員養成課程に入る前から、本人の自覚なしに「教えるとはこういうものだ」というイメージが体に染み込んでいる。これが、新しい教育法を学んでも実践に反映されにくい一因になっている、という指摘でした。
40年後、SmagorinskyとBarnesは2014年の論考でこの理論を再検証しました2。Lortieの主張のうち「保守的な傾向を生む」とされた部分は誇張があるが、専門教育の前から「教える側の振る舞いを見続けることで暗黙の理解が形成される」という現象自体は否定できない、というのが現在の到達点です。
この現象は教育学の専売特許ではありません。医学教育では2014年、Benbassatが『Academic Medicine』に寄稿した「Role Modeling in Medical Education: The Importance of a Reflective Imitation」で、ロールモデルからの学習の影と光を整理しています3。
Benbassatが警告したのは、無批判な模倣の危うさでした。指導医の振る舞いを学生がそのままコピーすると、医学的に望ましくない習慣まで一緒に継承されてしまう。具体例として挙げられているのは、時間短縮のための医師中心の問診スタイル、後輩を萎縮させる指導方法、他科を軽視する発言などです。Benbassatは、教育者の側が「指導医も迷っている」「指導医にも不確実さがある」ことを学生に開示すべきだと提言しています。
医学・臨床教育の世界でも、同じ構造は確認されています。HorsburghとIppolitoが2018年に『BMC Medical Education』で発表した質的研究は、Banduraの社会的学習理論を臨床現場に当てはめ、学生がロールモデルから学ぶプロセスを4段階に整理しました4。注意(attention)、保持(retention)、再生(reproduction)、動機づけ(motivation)の4ステップを、学生は意識的・無意識的に行き来しながら模倣を行います。同論文が示唆しているのは、学生はロールモデルから多くを学んでいるが、「何を学んでいるのか」を本人が必ずしも言語化できているとは限らない、という点です。
日本のPT教育における観察学習の構造
日本理学療法士協会は2020年11月に「新人理学療法士職員研修ガイドライン」を発行し、各施設で適切な研修プログラムを企画・立案する際の指針を示した。
出典:日本理学療法士協会「新人理学療法士職員研修ガイドライン」(2020年11月発行)5
新人理学療法士の臨床推論は1年目から2年目にかけて大きく向上し、その後は緩やかに発達する傾向にある。特に初期にはメンターなどの教育的介入が有効。
出典:宮崎ほか, 日本リハビリテーション教育学会誌. 2025;8(2):46-54.6
同ガイドラインは、卒前教育と卒後教育をシームレスにつなぐ新人研修が各職場で適切に実施され、その普及が図られるよう作成されたと明記されており、組織的・計画的な研修が必ずしも全ての施設で標準化されてこなかった背景がうかがえます。研修体制が施設間で標準化されていない環境では、新人は目の前のメンター(実地指導者)の「やり方」を強く参照することになります。若手が先輩を真似ることは、洋の東西を問わず、臨床技能習得の中核なのです。問題は、その模倣が暗黙のまま行われると、何が継承されているかを誰も検証できないことにあります。
2. 模倣で継承されてしまう4つのバイアス
無批判な模倣がなぜ問題なのか。「先輩の判断」自体に、認知バイアスが折り重なっているからです。
Walstonらは2022年に『Musculoskeletal Science & Practice』に発表した総説「Clinical decision making in physical therapy – Exploring the 'heuristic' in clinical practice」で、PTが日常的に使うヒューリスティック(思考のショートカット)と、それに付随するバイアスを整理しました7。臨床現場で頻出するのは以下の4つです。
アンカリングバイアス(Anchoring)
最初に得た情報に判断が引きずられる傾向です。先輩が「この患者さんは多分Aだと思う」と最初にコメントすると、新人はその仮説を起点に評価を組み立ててしまう。後から仮説に反するデータが出ても、修正に大きな労力が必要になります。
確証バイアス(Confirmation)
自分(あるいは先輩)の見立てを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を軽視する傾向です。先輩が「この治療が効く」と言った後、効いた症例だけが記憶に残り、効かなかった症例は「コンプライアンスが悪い患者だった」と原因帰属が変わります。
利用可能性ヒューリスティック(Availability)
思い出しやすい情報を、頻度や重要性が高いと錯覚する傾向です。「うちの病院でよく出くわすケース」は印象が強いので、それが他の施設でも頻出だと無意識に仮定してしまう。先輩の「経験的にはこのパターンが多い」という発言が、施設依存の偏りを孕んでいることがあります。
代表性ヒューリスティック(Representativeness)
「典型的にこういう患者はこう」というステレオタイプに当てはめる傾向です。先輩が長年使ってきた患者像のテンプレートが、今の症例にもそのまま適用されると、個別性を失います。
これらのバイアスはPT固有の問題ではありません。Featherstonらが2020年に『PLOS One』で発表したリハ職を含む医療系専門職のスコーピングレビューでも、allied healthの意思決定に多様な認知バイアスが影響していることが確認されています8。
ここで強調しておきたいのは、これらのバイアスを持つこと自体は人間の認知の仕様であり、完全には避けにくいという点です。問題は、先輩のバイアス込みの判断を、新人がそのまま自分の臨床に上書きインストールしてしまうことにあります。世代をまたいで模倣が連鎖すれば、判断に含まれるバイアスは検証されないまま積み重なっていくと、理論的には示唆されます。
●この先の内容
次のセクションでは、手技療法を例に「真似が古びる」具体的な構造と、明日からの臨床で使える「先輩のやり方を翻訳する3つの問い」を、Banduraの観察学習モデル・Schönの内省理論・Walstonら2022・Kerryら2024などの最新エビデンスをもとに解説しています。記事の最後には、症例ごとに3〜5分で記入できる「症例別チェックシート」(Excel・2シート入り)を無料でダウンロードできます。
3. 「真似が古びる」事例 — 手技療法の前提が変わった話
具体例を一つ挙げます。手技療法(manual therapy)の前提は、ここ10年で大きく変わりました。






