折りたたみナイフ現象は、Ib反射によって生じるか?

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教科書には載ってない、脊髄反射のホント。

村松先生の生理学講座はこちらから学べます。

https://1post.jp/3318

 

Ib反射は誤解が多い


Ib反射は筋-腱移行部に存在するゴルジ腱器官から発するIb群求心性線維によって生じる反射の総称です。

 

 

最もよく知られているのは四肢の伸筋のIb群求心性線維が興奮することによる伸筋を支配する運動ニューロンへの抑制と屈筋を支配する運動ニューロンへの興奮作用です(図1)。

 

図1 Ib抑制反射の反射弓

 

前者はいわゆるIb抑制と呼ばれ、折りたたみナイフ現象のメカニズムの説明や各種治療手技の根拠として度々登場します。しかし、Ib反射ほど掴みどころがなく脊髄反射は他に無く、誤解されている面が多いのが特徴です。

 

 

折りたたみナイフ現象とIb反射


国家試験勉強を思い出すと、「ゴルジ腱受容器は極めて域値の高い受容器で、筋損傷が生じるような張力や伸張が加わった際に、筋断裂を防ぐ目的でIb抑制が生じて筋を弛緩させる。」と、覚えたはずです。

 

 

この仮説に従い、折りたたみナイフ現象はIb抑制反射によるものであると以前は解釈されていました。

 


しかし、1950-70年代にかけてゴルジ腱受容器にあるIb群求心性線維の終末を興奮させるのに必要な筋張力はわずか0.5 – 3 g程度、筋を他動的に伸張した場合でも数gであることが明らかにされ、ゴルジ腱受容器とIb群求心性線維は侵害受容器ではなく高感度の筋張力検出器であるという概念が完成しました。

 

 

また、アキレス腱を切断し、生体内では生じ得ない長さまで筋を伸張しても筋に弛緩が生じないこともわかっているため、Ib反射によって折りたたみナイフ現象が生じる可能性はほとんどないと考えられています。

 


では一体、Ib反射は何をしているのか?


Ib反射は筋損傷を予防する安全装置である可能性は低いことはすでに述べましたが、それではIb反射は何をしている反射なのでしょうか?

 


一般的にIb反射といったらIb抑制反射(自原性抑制とも言いますね)が認知されています。

 

 

しかし、先に述べたようにIb抑制反射は四肢の伸筋、しかも胸髄で脊髄を切断して上位中枢の影響をなくした動物ではハッキリと観察されますが、覚醒下の動物では伸筋に対するIb反射は抑制になったり、興奮になったり、時と場合によって作用が逆転します。

 

また、覚醒下のヒトや動物では、Ib反射はむしろ興奮性のことが多いことが知られています(抗重力位、歩行中など)。また、屈筋由来のIb反射は脊髄動物でも興奮 / 抑制作用が混在していることが知られています。

 

なぜ、反射パターンが一種類では無いのかというと、Ib反射を中継する介在ニューロンには末梢の感覚線維や上位中枢から豊富なシナプス入力が認められ、Ib線維が中継する反射弓は常にON・OFFやその強・弱を制御されているからです(図2)。

 

図2. Ib抑制性介在ニューロンへのシナプスの収束


以上のような特徴からIb反射は筋の張力検出器であるゴルジ腱受容器とIb求心性線維の情報を元に、実行中の運動を生じさせるために必要な筋張力の不足・過剰分を自動的に補償する装置のようなものであると想定されていますが、今後の研究では解釈が変わるかもしれません。

 

あとがき

3回にわたって脊髄反射についてのコラムを書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?

 

恐らく「知っていることばかりだな」と、感じた方もいらっしゃると思います。というのも、今回のコラムで示した情報のほとんどは教科書レベルの話だからです。

 

例えば、日本語の教科書では標準生理学(医学書院)やカンデル神経科学(メディカルサイエンスインターナショナル)などの少し詳しく書かれた教科書には、今回のような話が非常によくまとめられていてお勧めです。

 

しかし、歴代の教科書を並べて見てみると、1970年から1980年代の教科書をピークに脊髄内の神経回路についての記載は漸減傾向にあります。

 

例えば、1960年代から1980年代前半まで改版を繰り返しながら出版されていた、「新生理学(上巻)—動物的機能編— 医学書院(絶版)」では脊髄内神経回路の機能について驚くほど詳しい記載がされています。

 

もちろん、1980年代以降も脊髄に関する新しい発見は続いているのですが、これ以後の教科書は神経科学研究の中心が分子生物学的研究に移行するに従って、神経回路の機能に関する記載は減少・デフォルメ化され、現役の研究者以外が正確な知識を得ることが難しくなってきています。

 

また、システム神経生理学の研究者そのものも減少し続けていて、国内の医学部を例に挙げれば神経回路の機能を調べる研究室は激減しています。

 


その一方、療法士の行う治療手技は増加し続け、その論理的背景として神経回路の機能に根ざすもの多いため、相当な注意を払わなければ、誤った知識・解釈に基づく理論が構築されやすい状況になりつつあります。

 

このような問題を解決するためには基礎医学者と療法士の密接な情報交換が必要なことはもちろんですし、療法士の中からシステム神経生理学を専門とする研究者を輩出、育成していく必要があります。

 

幸いなことに療法士の教育を受けた後に、システム神経生理学の研究者となった(私なんかよりずっと研究業績のある)方が実際には沢山いらっしゃいます。

 

ただ、その大多数は国内外の他学部の大学や研究施設に所属していて、現場との距離があるのも事実です。

 

このコラムが何らかのきっかけになって、そういった研究者となった療法士の方々にもっとスポットライトが当たり、療法士教育の中で活躍の場を与えられるきっかけになればと思います。

 

【目次】

伸張反射はなぜ随意運動の邪魔をしないのか?

相反神経抑制は内・外転筋にも生じるのか

折りたたみナイフ現象は、Ib反射によって生じるか?

 

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