国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)脳神経内科部長猪原匡史が代表を務める国内多施設共同研究(Determination of Early Predictor of Ischemic Stroke: Adrenomedullin: DEPRISA)において、同科の石山浩之医師、田中智貴医長、齊藤聡医師、猪原匡史部長、滋賀医科大学脳神経内科の北村彰浩講師(学内)、漆谷真教授、京都府立医科大学の小山晃英講師、栗山長門・客員教授らのグループが、超急性期脳梗塞における救済可能な脳虚血領域、すなわちペナンブラ(注1)の血液バイオマーカーを発見しました。この研究成果は、 国際神経病理学会機関誌「Brain Pathology」オンライン版に、令和4年8月2日に掲載されました。
■背景
近年、薬剤による血栓溶解療法やカテーテルを用いた脳血管内治療を含む再灌流療法の台頭により、急性期脳梗塞の予後は著しく改善しました。一方、これらの再灌流療法は、発症早期に医療機関を受診することができた一部の脳梗塞症例に適応が限られていました。
しかし最近、救済不能な脳梗塞(虚血コア)に至っていない、“ペナンブラ”が十分に存在する症例では、発症から時間が経過していても再灌流療法が有効であることが相次いで報告され、その適応範囲が拡大されました。一方で、ペナンブラ領域を推定するためには、専門医による神経症状の評価、頭部画像の専門的な読影や造影剤を用いた画像検査と専用解析ソフトが必要であるため、正確に評価できる医療施設は一部に限られています。このため、ペナンブラを簡便に推定可能な新規のバイオマーカーの開発が望まれていました。そこで、当研究グループは、脳梗塞に反応して生体内で産生されるホルモンであるアドレノメデュリン(注2)に着目し、その産生の指標であるmid-regional pro-adrenomedullin (MR-proADM)が超急性期脳梗塞におけるペナンブラと関連するかどうかについて検討しました。
注1) ペナンブラ:脳血管の閉塞によって虚血状態となった脳組織において、その中心部の組織で回復できない領域を虚血コアと呼びます。 一方、その周辺組織には機能障害を来すものの、早期に血流が再開すれば救済可能な領域があり、その領域をペナンブラと呼びます。
注2) アドレノメデュリン:血管内皮細胞を含む種々の細胞から、虚血が起こると反応性に分泌されるペプチドホルモンで、血管拡張・血管新生・抗炎症作用などの多彩な生理活性による神経保護作用を有しています。
■研究手法
2017年~2019年に、発症から4時間半以内に国立循環器病研究センター、または滋賀医科大学脳神経内科を受診した超急性期脳梗塞を対象として、来院後直ちに採血した血漿MR-proADM濃度が、対照群(2013年〜2017年にJ-MICC:Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort研究の健診受診者)と比較して、上昇しているかを調査しました。次に、脳梗塞群において、(症状と虚血コアのミスマッチ(注3))と血漿MR-proADM濃度との関連を調査しました。さらに、造影剤を使用した脳灌流画像を撮像していた症例では、専用ソフトウェアで解析したペナンブラ容積と血漿MR-proADM濃度の関連を評価しました。
注3) 症状と虚血コアのミスマッチ:脳虚血による症状の重症度に比べて虚血コアが小さい場合、“ミスマッチあり”と判断し、機能障害を来した脳領域、すなわちペナンブラが大きいことを反映します。
■成果
1.急性期脳梗塞の診断における役割
超急性期脳梗塞119症例(年齢中央値77歳、男性59.7%)と対照群1298例(年齢中央値58歳、男性33.2%)の比較では、脳梗塞群で血漿MR-proADM濃度が高値でした(中央値、0.68 vs. 0.42 nmol/mL, P <0.001)(図1A)。また、血漿MR-proADM濃度のカットオフを0.54 nmol/mLとすると感度75.6%、特異度90.1%で脳梗塞を判別可能でした(図1B)。さらに、年齢や性別、腎機能、既往症などの患者背景で調整後も、血漿MR-proADM濃度0.54 nmol/mL以上が、脳梗塞と関連しました(オッズ比 7.92倍、P <0.001)。
2.ペナンブラの推定における役割
超急性期脳梗塞119例のうち また、年齢や性別、腎機能、既往歴などで調整しても、血漿MR-proADM濃度は上述のペナンブラを推定する指標と関連しました。さらに、血漿MR-proADM濃度は専用ソフトウェアで測定したペナンブラ容積と相関しました(n = 7, 相関係数 0.79, P = 0.036)(図2)。
■本研究から得られた知見
本研究では、世界で初めて、MR-proADMが超急性期脳梗塞におけるペナンブラを反映する血中バイオマーカーである可能性が高いことが明らかになりました。MR-proADMをペナンブラバイオマーカーとして確立できれば、血液検査によって発症早期の脳梗塞診断や再灌流療法の適応判断に用いることができる可能性があります。本研究の結果は、脳梗塞の診療および予後を劇的に変化させ得る重要な知見と考えられます。
■発表論文情報
著者:Hiroyuki Ishiyama, Tomotaka Tanaka, Satoshi Saito, Teruhide Koyama, Akihiro Kitamura, Manabu Inoue, Naoya Fukushima, Yoshiaki Morita, Masatoshi Koga, Kazunori Toyoda, Nagato Kuriyama, Makoto Urushitani, Masafumi Ihara
題名:Plasma Mid-regional pro-adrenomedullin: A Biomarker of the Ischemic Penumbra in Hyperacute Stroke
掲載誌:Brain Pathology
■謝辞
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)臨床研究・治験推進研究事業「脳梗塞急性期のアドレノメデュリン静注療法の確立」、AMED循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「急性期脳梗塞へのアドレノメデュリンの有効性と安全性を探索する医師主導治験に向けた基盤データの収集」、「がん特定領域研究」(No.17015018)、「がん支援」 (No.221S0001)、「コホート・生体試料支援プラットフォーム」(No.16H06277、22H04923)により支援されました。
詳細▶︎https://www.ncvc.go.jp/pr/release/pr_33838/
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。