高い認知機能を維持する高齢者において特徴的な脳波の時系列パターンを同定 −大規模な永平寺町の認知機能検査と脳波解析により実施−

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[概要]

学校法人千葉工業大学大学院情報科学研究科修士課程  1年飯沼佑太 ,同情報科学部情報工学科(教授)/ 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・予防精神医学研究部(客員研究員)信川創 ,国立大学法人金沢大学医薬保健研究域医学系精神行動科学水上喜美子助教,国立大学法人福井大学医学系部門看護学領域川口めぐみ講師,  医療法人社団青樹会清和病院東間正人医長,  明石こころのホスピタル田中悠二,学校法人大阪成蹊学園教育学部山西輝也教授,  国立大学法人金沢大学医薬保健研究域医学系/子どものこころの発達研究センター(協力研究員)/ 国立大学法人福井大学学術研究院医学系部門(客員准教授)/ 魚津神経サナトリウム(副院長 )高橋哲也   は,福井県永平寺町において行われた大規模な健常な高齢者に対する認知機能検査と脳波データから,高い認知機能を維持する高齢者に特徴的な脳波の特性を同定することに成功しました.超高齢社会においては,個々の高齢者に最適化された認知機能の強化・維持のための介入を実現 することは喫緊の課題です.認知機能に関わる脳活動の特性を,臨床的汎用性の高い脳機能画像である脳波を用いて同定する本研究の成果は,高齢者の認知機能に関する脳機能を客観的に推定する上で大きく貢献することが期待されます.なお,この成果は   ,スイス に本部を置く科学 ,工学,医学についての出版社であるFrontiers  Media  SAの査読付き学術雑誌であるFrontiers in Neuroscienceにて発表されます.

研究の背景

ものごとを正しく理解して適切に実行するための認知機能は,加齢の過程において減衰していきます.この加齢に伴う高齢者の  脳機能の低下は,高齢者自身のQOLを低下させ,さらに医療介護といった社会的負担の増加に繋がります.超高齢社会においては,このような認知機能   低下を防ぐ予防的介入が必要であると考えられています.さらに高齢者の認知機能を高い状態で維持することは,高齢者の精神的幸福向上(well-being)につながることが知られています.  高齢者が生きがいをもって幸せに暮す社会の実現には,認知機能を維持するための効果的な介入が必要です   .その介入は画一的な  ものではなく,高齢者毎 の認知機能に加えて健康や生活環境  などの状態に合わせたテーラメイドなものであることが望ましいとされてい ます.しかし,脳機能を推定する検査は 現在のところ問診を主体としたものがほとんどであり,生体情報から客観的かつ定量的に認知機能を推定する生物学的な指標の考案が求められています.

認知機能は,脳の幅広い領野での情報処理が相互作用しながら統合されることで実現される「創発」現象(用語説明1)の最たる例といえます.このような相互作用を捉える方法の1つに,脳部位間の機能的 な結合に着目する方法があります.機能的結合(用語説明2)とは脳の個別の領野の神経活動間における同期や情報の流れを表します.機能的結合が強いという ことは,その領野間が互いに相互作用しながら連携して活動してい ることを指し,この結合の集合によって機能的なネットワーク(神経ネットワーク)を形成します.このような相互作用が全脳的に起こることで,認知機能が実現されます.この全脳的な機能的ネットワークを捉えることで,認知機能を推定しようとする試みが,現在世界的に進められています.

機能的結合を計測する脳機能画像法として脳波があります.脳波は安価で非侵襲的に脳機能を測る手法であり,高い臨床的汎用性を持ちます.現在までに,加齢やアルツハイマー病をはじめとする認知症における機能的結合の変質や高齢者の認知機能と関係する機能的結合が明らかとなっています[1,2,3].しかし,認知機能に関わる全脳的な神経活動の相互作用を機能的結合によって捉えるためには,高い空間分解能が求められ,高密度な脳波計が必要となります.

一方,神経活動の相互作用は,局所の脳部位における神経活動の複雑な動きにつながり  ,この複雑な 神経活動の  パターンは脳波の複雑性に反映されることが知られています. さらに近年の脳波研究から,特定の脳波の  複雑性  は, 知覚や思考といった脳の情報処理過程を反映 し,認知機能に異常が生じる精神疾患での変質が報告されています[4,5].この脳波の複雑性の評価では,マルチスケールエントロピーやマルチフラクタルといった非線形時系列解析(用語説明3)の手法が用いられます.これまで局所脳の複雑性と全脳的な機能的なネットワークの特性(トポロジー)には強い相関があることが報告されています[5,6].つまり複雑性の評価  を用いれば,高い空間分解能を要する機能的結合を調べなくても,局所の脳部位活動を反映する簡易的な脳波計を用いることができます.

研究内容

このような現状の中で,福井大学医学部を中心とする研究グループは,福井県永平寺町において健康な高齢者を199名リクルートし,健康調査とファイブコグとよばれる「運動」「記憶」「注意」「視空間認知」「言語」「思考」の6領域にわたる広域的な脳機能を計測する認知機能検査,さらに安静閉眼時の脳波計測を実施しました.その中で,投薬治療などを行なっておらず,肥満や高血圧を有さない65から85歳の43名の高齢者の脳波データに対して,千葉工業大学の飯沼と信川らを中心とする研究グループが,時間スケールの異なる複雑性を定量化するマルチスケールエントロピー解析を実施しました.その結果,高い認知機能を示す高齢者の脳波では,遅い波の成分の複雑性が,前頭・頭頂・側頭の領域で顕著に高いことが明らかとなりました(図1を参照  ). これまでの研究から,脳波の遅い波は大域的な神経ネットワークの活動を反映することが明らかになっています.従って,高い認知機能を持つ高齢者では,幅広い脳の領野の活動が密接に相互作用をしていると考えられます.今回の研究から,臨床的に頻繁に使用される簡易な脳波計を用いて,高齢者の認知機能を客観的に推定することができる可能性が示されました.

今後の展望

本研究では,高い認知機能グループと低い認知機能グループに分けて比較を行った横断的研究でした.今後の研究では,高齢者の認知機能の推移と脳波の複雑性の変化を,長い期間で追跡する縦断的研究が重要であると考えています.また,現在では脳波計の小型化・ウェアラブル化が急速に進んでおり,手軽に脳機能を計測できる時代に入っています.今後は,このような簡易脳波計でも精度良く認知機能を推定できるのかの検証とさらなる解析手法の改善を検討しています.

認知機能に関わる脳波パターンの特性を,  臨床的汎用性の高い脳波により同定する本  研究の成果は,高齢者の認知機能推定を実現する生物学的指標の確立に寄与すると考えられます.将来的に,個々の高齢者の認知機能に合わせた適切な介入が実施されることで高い認知機能が保持され,超高齢社会においてもだれもが幸福に暮らせる社会の実現に寄与していくものと期待されます.

用語の説明

1) 創発

近年,複雑系研究は自然科学と社会科学における重要性を増しています.複雑系の定義は必ずしも単一ではありませんが,多くの要素が自律的に動作し、且つ要素間の相互作用によって,単一の要素では保持し得ない全体として新しいレベルでの機能が現れることを「創発」と呼びます。特に、脳は単一の要素であるニューロン(神経細胞)が1000億個以上相互に結合した複雑系の最たるシステムと言えます。

2) 機能的結合解析

脳における神経ネットワークは,各領野がシナプスや白質でお互いに複雑に繋がっています.このネットワークのことを構造的な神経ネットワークと呼びます.一方,各領野がどの程度同期して活動しているかで機能的な領野間の繋がりがわかります.この機能的な繋がりを機能的結合,そして機能的結合で構成されたネットワークのことを機能的な神経ネットワークと呼びます.機能的結合の評価には,同期を評価するものや情報流を評価するものまで多くの評価手法が存在します.

3) 非線形解析:マルチスケールエントロピー解析

脳波等の複数の時間スケールにまたがる複雑な振る舞いをする生体時系列データにおける複雑性を定量化するために考案された非線形時系列解析手法です.本研究では各時間スケールでの時間的複雑性を定量化するのに使われました.

参考文献

[1]Nobukawa,  S.,  Yamanishi,  T.,  Ueno,  K., Mizukami,  K.,  Nishimura,  H.,  &  Takahashi,  T.  (2020).  High  phase  synchronization  in  alpha  band  activity  in  older  subjects  with  high  creativity.  Frontiers  in  human  neuroscience,  14, 420.

[2]Nobukawa, S., Yamanishi, T., Kasakawa, S., Nishimura, H., Kikuchi, M., & Takahashi, T. (2020). Classification methods  based  on  complexity  and  synchronization  of  electroencephalography  signals  in  Alzheimer’s  disease.  Frontiers in psychiatry, 11, 255.

[3]Ando,  M.,  Nobukawa,  S.,  Kikuchi,  M.,  &  Takahashi,  T.  (2022).  Alteration  of  Neural  Network  Activity  With  Aging   Focusing   on   Temporal   Complexity   and   Functional   Connectivity   Within   Electroencephalography.   Frontiers in aging neuroscience, 14.

[4]Takahashi,  T.  (2013).  Complexity  of  spontaneous  brain  activity  in  mental  disorders.  Progress  in  Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry, 45, 258-266.

[5]Ando, M., Nobukawa, S., Kikuchi, M., & Takahashi, T. (2021). Identification of Electroencephalogram signals in Alzheimer's disease by multifractal and multiscale entropy analysis. Frontiers in Neuroscience, 772.

[6]Mišić, B., Vakorin, V. A., Paus, T., & McIntosh, A. R. (2011). Functional embedding predicts the variability of neural activity. Frontiers in systems neuroscience, 5, 90.

原著論文情報

雑誌名: 

Frontiers in Neuroscience (公開予定日: 中央ヨーロッパ時間 9月20日17時 (日本時間 9月21日 0時))

論文題目: 

Enhanced temporal complexity of EEG signals in older individuals with high cognitive functions

著者:   

Yuta  Iinuma,  Sou  Nobukawa,  Kimiko  Mizukami,  Megumi  Kawaguchi,  Masato  Higashima,  Yuji  Tanaka,  Teruya  Yamanishi, and Tetsuya Takahashi

URL:

https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnins.2022.878495/full 

(オープンアクセスのためこのサイトから閲覧できます)

研究経費

本研究は   ,日本学術振興会科研費基盤研究 C (研究課題/領域番号18K11450 (山西輝也); 20K07964 (髙橋哲也))、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「人間と情報環境の共生インタラクション基盤技術の創出と展開」領域(研究総括:間瀬健二)研究課題「脳領域/個体/集団間のインタラクション創発原理の解明と適用」(代表者:津田一郎,課題番号:JPMJCR17A4)の支援を受けたものです.

図 1 健常な高齢者において高い認知機能群と低い認知機能群間での脳波の複雑性(サンプルエントロピー)の比較.

詳細▶︎https://www.it-chiba.ac.jp/topics/pr20220921/

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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