足の健康度は転倒リスクの高い患者における入院中の転倒発生を予測する ~下肢筋力、バランス能力、歩行能力の総合的な下肢機能評価が重要~

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【ポイント】

・転倒発生数が多い病棟に入院した患者において、下肢機能低下は入院中の転倒発生リスクを上昇する要因であった。

・下肢機能が正常な患者と比較して、下肢機能低下が重度な患者の転倒リスクは 8.8 倍であった。

・下肢機能を客観的に評価することは、転倒リスクの高い患者の入院後経過の予測に重要である。

【要旨】

名古屋大学医学部附属病院患者安全推進部の長尾能雅 教授、先端医療開発部データセンターの今泉貴広 特任助教(責任著者)、地域連携・患者相談センターの鈴木裕介 病院准教授、リハビリテーション科の西田佳弘 病院教授、リハビリテーション部の田中伸弥 理学療法士(筆頭著者)、同大大学院医学系研究科神経内科学の勝野雅央教授らの研究グループは、入院患者の身体機能と院内転倒発生との関係を明らかにしました。

転倒は、地域在住高齢者の約 30%が毎年経験しており、転倒に関連した傷害は障害発生の原因となっています。入院患者における転倒の発生率は高く、転倒予防に関する最新のガイドラインでは、全ての入院高齢者あるいは医療専門家によって転倒のリスクがあると特定された若年成人に、個別化された単独または多職種による転倒予防戦略を提供することが推奨されています。

本研究では、転倒発生数が多い病棟に入院した患者において、総合的な下肢機能評価(下肢筋力、歩行能力、立位バランス能力)の結果、下肢機能が低下している患者は入院中の転倒発生率が高いことを明らかにしました。また、従来の転倒発生を予測する因子(年齢、性別、併存疾患、服薬状況、転倒転落アセスメントシートなど)に下肢機能を加えることは、院内転倒発生の予測に有用であることを示しました。さらに、身体機能は運動療法や栄養療法などの介入により改善できるため、本研究結果は、入院患者の経過を良好にするのに必要なリスク層別化と介入方法の立案につながる可能性を示しています。

本研究成果は、国際科学誌「Journal of the American Medical Directors Association」のオンライン版に 2023 年 8 月 23 日付で掲載されました。本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究および愛知県理学療法学会特別指定研究推進事業の助成を受けて実施されました。

 

1. 背景

転倒は地域在住高齢者の約 30%が毎年経験しており、転倒に関連した傷害は障害発生の原因となっています。入院患者における転倒の発生率は高く、疾病から生じる廃用症候群※1 や不慣れな環境自体が転倒リスクの増加と関連しています。転倒予防に関する最新のガイドラインでは、全ての入院高齢者あるいは医療専門家によって転倒のリスクがあると特定された若年成人に、個別化された単独または多職種による転倒予防戦略を提供することが推奨されています。

転倒リスクは、投薬状況、認知機能、心血管機能障害とともに、身体機能障害によって予測可能とされています。転倒予防のガイドラインでは、転倒リスクを判断するために立位バランス、歩行速度、筋力の評価を推奨しています。高齢者の身体機能を評価する手段として、立位バランス、歩行速度、下肢筋力のテストで構成された Short Physical Performance Battery(SPPB)が挙げられます。SPPB は、地域在住高齢者を対象とした研究では転倒、入院、死亡のリスクを含む様々な転帰を予測可能であることが報告されていますが、入院中の患者においても同様に予測できるかは不明でした。今回、本研究グループは、転倒リスクの高い患者において SPPB を用いて下肢機能を評価し、足の健康度が低い患者の院内転倒リスクはどのくらいかを明らかにすることを目的に本研究を実施しました。

 

2. 研究成果

本研究は、名古屋大学医学部附属病院において転倒発生数が多い病棟(主に老年内科と神経内科に入院した患者)に入院した患者を対象とした観察研究※2 です。身体機能の指標としてリハビリテーション開始時に SPPB を用いて評価し、その点数を用いて患者を 5 群に分類して解析しました。点数による分類の内訳は 0 点(評価不可)、1-3 点(重度低下)、4-6(中等度低下)、7-9 点(軽度低下)、10-12 点(正常)です。また、対象患者の入院経過を調査し、入院中に転倒が発生したかどうかを記録し、解析しました。本研究の対象患者 1,200 例(年齢中央値 74 歳、男性が 51%をしめる)の SPPB 点数の内訳は 0 点 28%、1-3 点 22%、4-6 点 24%、7-9 点 14%、10-12 点 22%でした。入院期間中(中央値 15 日)、転倒は 101 例(8.4%)で発生し、SPPB 分類の各群における院内転倒発生率は 0 点 12.0%、1-3 点 14.9%、4-6 点 7.9%、7-9 点 2.4%、10-12 点 1.5%でした。SPPB 10-12 点の患者を基準とすると、院内転倒リスクは 0点 6.2 倍、1-3 点 8.8 倍、4-6 点 4.7 倍、7-9 点 1.4 倍であることが分かりました(図 1)。さらに、SPPB 点数低値は、退院時の日常生活動作障害、長期入院、自宅退院困難、入院中死亡と関連していることが明らかとなりました。また、年齢、性別、併存疾患、服薬状況、転倒転落アセスメントシートなどの従来知られている予測因子のみから院内転倒のリスクを予測する場合と比較して、これらの因子に「SPPB」という情報を追加して予測すると、院内転倒発生の予測に有用であることが分かりました。

以上の結果から、転倒リスクが高い患者において、身体機能低下を認めた患者は転倒リスクが高いこと、従来の方法に加えて SPPB を用いた身体機能評価を実施することは、患者の入院後経過の予測に重要であることが明らかとなりました。

 

図1.本研究で明らかになった下肢機能と院内転倒発生との関連

下肢機能が低下するほど入院中の転倒発生リスクが高い。

 

3. 今後の展開

今回、研究グループは、転倒リスクの高い患者において、身体機能低下が転倒リスクを高めることを明らかにしました。本研究により、従来の医学的な評価に加えて客観的に下肢機能を評価することは、患者の入院後経過の予測に重要であることが分かりました。これは、リスクの層別化や、各患者に適した介入法の選択に役立つことが考えられます。今後、これらの患者に対して、どのような介入を行うべきか、介入を行うことで転倒発生率が低下するかを明らかにする研究へと発展することが期待されます。

 

4. 用語説明

※1 廃用症候群

病気やけがで安静にすることで体を動かす時間・強さが減り、体や精神に様々な不都合な変化が起こった状態。

※2 観察研究

患者を登録し、検査結果や経過などのデータを集めて解析する研究。

 

【論文情報】

雑誌名:Journal of the American Medical Directors Association

論文タイトル:In-Hospital Fall Risk Prediction by Objective Measurement of Lower Extremity Function in a High-Risk Population

著者名・所属名:

Shinya Tanaka,a Takahiro Imaizumi,b Akemi Morohashi,b Katsunari Sato,a Atsushi Shibata,a Akimasa Fukuta,a Riko Nakagawa,a Motoki Nagaya,a Yoshihiro Nishida,a,c Kazuhiro Hara,d Masahisa Katsuno,d Yusuke Suzuki,e Yoshimasa Nagao f

a Department of Rehabilitation, Nagoya University Hospital, Nagoya,Japan

b Department of Advanced Medicine, Nagoya University Hospital,Nagoya, Japan.

c Department of Orthopaedic Surgery, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan

d Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan

e Center for Community Liaison and Patient Consultations, Nagoya University Hospital, Nagoya, Japan

f Department of Patient Safety, Nagoya University Hospital, Nagoya,Japan

DOI: 10.1016/j.jamda.2023.07.020

English ver.https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Jou_230905en.pdf

 

詳細▶︎https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/09/post-558.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。

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