― はじめに紀伊さんの職歴について教えてください。
紀伊信之氏(以下、紀伊) 大学を卒業後、日本総合研究所に就職しました。
入社以来ずっと、コンサルタントとして物を売るための工夫を考える”マーケティング”の仕事をしていました。例えば、シャンプーの売り上げを上げるためにはどうすればいいかなどを考える仕事です。
介護やヘルスケア分野をやり始めたのは最近で、介護事業者や、介護業界向けの製品・サービスの調査・コンサルティングを主に担当しています。去年は厚生労働省のお仕事で保険外サービスのガイドブックを作らせていただいたり、今年度は家族支援や介護離職予防に関する保険外サービスのニーズ調査などの活動をしています。
― 紀伊さんからみて、理学療法士・作業療法士の印象について教えていただいてもいいですか?
紀伊 私が(両親以外の)セラピストの方々と知り合うきっかけを作って下さったのが、昨年の次世代リハサミット2016でもご一緒した作業療法士の鎌田大吾さんなのですが、鎌田さんは街の美容院を巻き込んで新しいビジネスをお考えになられたりしていて、「作業療法士ってこんなに職域広いんだ」と驚きました。
その後も、いろいろな理学療法士や作業療法士の方とお会いしてきましたが、すごく可能性を感じる職種だという印象を持っています。
作業療法士の方だと生活をデザインしたりコミュニティを作るのに長けている印象、理学療法士の方はアセスメント能力に長けていて身体のメカニズムのプロという印象です。
― 生活をデザインするとは?
紀伊 弊社で「ギャップシニアコンソーシアム」という、介護を受ける前のシニアの方たちに対する新しい商品・サービス開発の取り組みを行っているチームがあって、そのコンソーシアムのメンバーとして作業療法士の方も入っておられます。
高齢になると、料理がしたくても一般の道具では難しい場面が出てくるのですが、「こういう調理器具があれば、身体能力が衰えてもご自分で料理ができる」といった知見を作業療法士の方に出していただいた、という話も聞いています。
そういうことを聞くので、作業療法士の方は身体も見るけど、人を含む環境的なところまで診れる職種というイメージを持っています。
病院に行く前段階で健康に
― ヘルスケア産業の現状とこれからについて教えてください。
紀伊 この国の課題は「社会保障制度を使わずに、いかに健康になってもらうか」ということにあります。つまり、病院に行く前段階で健康になってもらおうということです。しかし、なかなか市場が広がっていないのが現状です。
人という生き物は、特に症状がない限り、多少、不摂生であっても、自分のしたいことにお金をかけるものです。そのため、生活習慣病は予防ビジネスになりにくいのが現状です。
その点で言うと、ご自身が衰えや危機感を抱きやすいロコモティブシンドロームや認知症予防など高齢の方を対象とした介護予防ビジネスのほうが可能性を感じています。
保険外サービスへのチャレンジに向けて、今やるべきこと
ー 将来、 保険外のサービスにチャレンジしたいと考えている理学療法士や作業療法士が、今から準備しておくといいことはありますか?
紀伊 まずは、目の前の仕事をしっかりやることが大切です。
1、2年目の時からいろいろ視野を広げておいたほうがいいということも耳にしますが、意外とそうでもなくて、むしろ目の前にあることを120%くらいでやり遂げることが大切です。
それができないと新しいことは見えてこないと思っています。今の職場でやりきることができると、環境的な部分での限界や、他のやり方でより多くの人を幸せにする方法が見えてきます。
病院に勤めていたとしても、勉強になることはたくさんあります。可能であればリハビリ部の経営的な数字を見せてもらったりして、考えたりするのもいいと思います。
「理事長は何を考えていて、病院はどういった方向に向かっているのか」、病院とはいえビジネスをやっているので、勉強になることはたくさんあると思います。
ー 他業種からみた理学療法士・作業療法士の印象は?
紀伊 政策的な話でいうと、介護保険サービスは今後どんどん絞られていきます。となると、理学療法士や作業療法士の方だと「自費のサービスは高齢者がお金を払わないのではないか」と不安になるかもしれませんが、それは違います。
当たり前のことですが、生活のほとんどは、保険外サービスから成り立っていますよね。便利なものには、ひとはお金を払います。ニーズさえちゃんと抑えていれば、ビジネスチャンスがあると思っています。
― 理学療法士や作業療法士に対する”地域”のニーズはどこにあると感じていますか?
紀伊 “地域”の高齢者というと少しターゲットがぼやけているので、もう少し具体的なサービスの対象者像を捉える必要があります。
男女年代や、どこに住んでいる方なのか、ということはもちろん、仕事は何をしてきた人なのか、身体の機能レベルがどれくらいなのかと絞り込み、ターゲットを明確にする必要があります。
また、地方の過疎化しているところのビジネスモデルが、首都圏で通用するとは限りません。
例えば、「保険外サービスガイドブック」にも掲載されている、くまもと健康支援研究所さんは、自治体からの受託で介護予防サービスを提供しながら、その後に自費のサービスを提供するビジネスモデルで成功されておられます。
はじめは自治体のサービスなので無料ですが、一定期間が終了したら、そこで「卒業」になってしまいます。その後に、月々数千円の自費サービスを用意しておく。
そうすると、今までサービスを続けていた人が3割から4割くらいは自費サービスに移行してくれるそうです。その場所にくれば、健康になれて友達もできる。そうすると続けてもらえやすい。
これを首都圏で同じようにやったら通用するのかといったら、そうではありません。
スポーツクラブやカルチャーセンター等の社会資源が豊富になく、一方で、平日昼間のイオンモールのフードコートや、旅館の大広間など、「眠っている地域資源」が活用できるからこそ、、お金(家賃)がかからずビジネスモデルとして成り立つんです。
― 最後に若手療法士や学生に向けて、メッセージをお願いします。
紀伊 私は理学療法士でも作業療法士ではないのですが、皆さん何かしらの障害を背負った人たちを治して、ハッピーになることにやりがいを感じていると思います。
目の前にいる人のニーズをしっかり汲み取ることができると、人のためになりビジネスにすることもできます。よく「シニアビジネスやヘルスケア事業は儲からない」と言われますが、大儲けすることを考えなければ、十分ビジネスにできる世の中です。
目の前の人をハッピーにしたいという気持ちを、ずっと大事にしてほしいと思います。
紀伊 信之氏プロフィール
株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門 戦略コンサルティンググループ マネジャー
【学歴】
京都大学経済学部卒業
在職中、神戸大学にてMBA取得
【職歴】
1999年 株式会社日本総合研究所入社
【専門テーマ】
新商品開発、営業力強化、ブランディング、
新規事業開発等マーケティング戦略全般。
近年、シニア・介護領域の調査・コンサルティングに注力。
有料老人ホーム・介護事業のコンサルティングや、シニア向けの商品・サービス開発に従事。
ホームヘルパー2級資格保有。