チームアプローチの時代
ー 毎年増加していく理学療法士人口から、資格の価値が薄れ、将来に不安を抱えている人が多いという現状です。石川先生の中で、療法士が増えすぎたと思っているのか、まだまだ量が足りていないと思っているのか、その辺のお考えを教えて頂きたいです。
石川先生:難しい話だね。確かに、質が高くて頼れるような理学療法士はそこまで増えていなくて、”その他大勢”の理学療法士が単位をさばいているという現状はあるかもしれません。
しかし、他の業界を見れば、例えば、美容師さんとか歯科医だって、余っている業種はいくらでもあり、その中で、賢い人はしっかりと自分の専門性を高めて、質を良くして、世間を見て、今はこれをやるべきだという地道な事をやっていると思う。
そういった意味では、今の理学療法士は浮足立っている傾向があるのかもしれないね。
ー 自分がやるべきことが分かっていないということですか?
石川先生:オリエンテーションが不十分だと思う。まず、そもそも学校の先生が、急性期~回復期~維持期(生活期)の新たな機能分化と連携について十分に理解していない。教師陣が全体像を把握して学生を教育する必要があるように思います。
それは日本の医療の歴史とかリハビリの歴史とか、「今、我々は何処にいるのか。これからどこに行くのか。」という基本的な事の教育を重視すれば、結論は自然と出てくると思っていて。
日本の医療界は、特に2000年以降ものすごい勢いで変化してきて、ニーズに適した医療サービスを適用構築しようと、いろいろな努力をしています。そのきっかけというのが高齢化社会~高齢社会~超高齢社会なんですね。
でも、高齢化の波はやがて終わるんですよ。あと、20年、30年経つと高齢化は終わるわけだから、今20代の理学療法士は、それを見据えて、次に何が来るのかという事を読まなければいけない。
今は、医療も介護も福祉も保健も、壁を取っ払って、皆一緒にやろうということで、地域包括ケアが始まりました。だから、今まで理学療法士というスペシャリティだけではなく、医療界はもとより他領域の他職種ともちゃんとコミュニケーションが取れるようにならなくてはいけません。チームアプローチの時代です。
そのためには、他職種が何を考え、何をやっているのかを知らなくてはいけません。相手をしらなきゃ一緒にできないのに、そういう勉強をしているようにはあまり思えません。
ノーマライゼーションは未だ実現できず
ー 確かに、理学療法士の養成過程では他の職種のことはほとんど学んでこなかったのに、臨床に出ると連携なしではリハが進められないということに戸惑いました。
石川先生:僕が生まれたころは、日本は貧しかった。その時の大人たちは、この貧しさからいかにして脱却するか。つまり戦後のどさくさで焼け野原時代から復興するために必死になって働いたわけだ。馬車馬のごとく。それで、今の豊かさを獲得した。そしたら、今の若者たちはしらけだした。それは生まれた時から豊かだから、目標を持たなくても生活できるからかもしれません。
今では、自宅の水道の蛇口を捻ると、お湯が出るのが当たり前だけど、僕が小さい頃は、そんな時代がくるなんてとても考えられなかった。お湯は沸かさないと出ないし、お風呂は薪を燃やして沸かすものでした。(笑)
今は、コンビニに行けば何でも買えるし、電気冷蔵庫もあるし、エアコンも付いていない方が珍しい。貧しかったけれど、豊かになりたいという切実な気持ちを持って仕事をしていたと思うよ。今の若者は、必ずしも悪いことだとは言えないけれども、個人主義になってしまいました。
ー 給料の心配をしている人が多いですね。
石川先生:これも悪いことではないと思うけれども、給料がたくさん欲しい、自分の自由な時間が欲しい、というのが目標になっているように思えることがあります。
なんというか…クールすぎるんだよな。東南アジアやアフリカの若者を見ると、目がキラキラ光っているけど、日本の若者の目は光っていないように思える。彼らは、社会全体を見据えた上で確固たる目標を持ってるんだよ。
世界は今、どこも高齢社会に進みつつあり、その中で先端を走っているのが日本です。社会保障や福祉の問題は、それぞれの国にとり極めて重要な課題です。日本にいる我々は非常に重要なところにいるという事です。
最近よく聞くようになった「地域包括ケア」「地域共生社会」という言葉、あれは実は1950年代にデンマークのバンク・ミケルセンがいった「ノーマライゼーション」とほぼ同様の概念です。日本は、ノーマライゼーションという言葉が入ってきてもう何十年も経って、ようやく本格的な活動が始まったのです。
豊かさの弊害
ー では、ノーマライゼーションを実現するためにはどんなことが必要になるのでしょうか?
石川先生:コミュニティー作りが最も重要でしょうね。地域というよりは地域社会という事ですね。郡部や地方都市ではそれぞれの文化があって、とても貴重な財産です。その地域社会の文化を維持し、高め、そこで住んでいる人たちが生きがいや誇りを持って一生住めるような、そういう社会を作る地道な活動が重要です。問題は都市部です。都市部には、昔のようなコミュニティーがない。個人主義の集合体でバラバラなんです。
そんな矢先、東北で震災が起きた。「絆」という言葉が再浮上して、地域住民の絆がないと何かあった時に、”このままではどうにもならない”という大きな経験をしました郡部や地方都市はまだ良いのですが、都市部はどうなるんでしょうか?
ー 他人事だと思っているんじゃないですか?
石川先生:若者すべてではないけれども、しらけている人が多いように思えます。
CBR(Community-based Rehabilitation)という言葉があります。日本語で「地域に根ざしたリハビリテーション」と訳すようです。人間社会のすばらしさは、病気や障害があって困っている人がいたら、普通見捨てられない点です。
貧しい日本が経済成長して豊かになった。しかし、核家族化し、個人主義がはやり絆がなくなってしまった。現在は、これからどうする?っていう模索が始まったわけですよ。
我々はこれからどうしていくのか。他の国にモデルはない。君たち若い世代はどうするのか?地域社会とか、コミュニティーとか、それは医療職だけではなく、他の職種や地域住民とともに次の時代を作っていってほしいと思いますね。
利権を手放せ
ー 話を戻すと、理学療法士が増えすぎたという印象は、石川先生は特に思っていないですか?
石川先生:思っていません。むしろ、僕はまだ足りないと思っています。PTもOTもSTも。だからもっともっと増やしていいんだけど、増やそうとするとガードするんだよね。保守的になり守りに入ってしまう。
医師が利権を離さないことも愚かなような気がします。医師は、自分たちがやっていることをもっと看護師やPT・OT・ST、薬剤師等に渡して、もっと先の事をやらないといけない。PT・OT・STも医師と同じような轍を踏もうとしているように思えます。PT・OT・STの専門性は、もっともっと高めなければいけないんですよ。
高めなきゃいずれ滅びるわけ。高めるためにも他の職種が何をやっているかを知り、今当たり前のPT・OT・STの技術をヘルパーさんや介護職にどんどん渡して、さらにより専門性の高い事をやっていかなくちゃ。進歩ってそういう事じゃないの?
【目次】