糖尿病によりアルツハイマー病が悪化! 〜糖尿病が脳のインスリン抵抗性とDNAの酸化損傷を誘発〜

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九州大学生体防御医学研究所の中別府雄作主幹教授のグループは、糖尿病が脳内のインスリン抵抗性と DNA の酸化損傷を引き起こすことで、アルツハイマー病(AD)の病態を増悪させることを明らかにしました。

 

多くの疫学研究から、糖尿病が AD 発症の主要な危険因子となることが指摘されています。しかしながら、AD のトランスジェニックマウスモデルを用いた研究では、これを支持する結果と否定する結果の両方が報告され、なぜ糖尿病が AD の危険因子となるのかそのメカニズムは不明でした。

 

研究グループは、トランスジーンに由来する潜在的なアーティファクトを克服するために、AppNL-F/NL-Fノックインマウスモデルを用いて研究を行ないました。この AppNL-F/NL-Fマウスは、アミロイド前駆タンパク質(APP)(※1)が過剰に産生されることはなく、生後半年から大脳や海馬に Aβ プラーク(※2)が沈着し、生後1年半で非常に軽度の認知障害を示す AD の初期モデルです。野生型と AppNL-F/NL-Fマウスを生後半年から通常食または高脂肪食(HFD)で1年間飼育したところ、HFD で飼育した野生型と AppNL-F/NL-Fマウスはともに同程度に肥満となり、二型糖尿病を発症しました。HFD で飼育した AppNL-F/NL-Fマウスのみが顕著な認知機能障害を示し、さらに海馬のインスリン抵抗性に加えて、Aβ 沈着とミクログリオーシス(※3)の著しい増悪を認めました。HFD で飼育した AppNL-F/NL-Fマウスの海馬では、海馬歯状回の顆粒細胞層が萎縮し、顆粒細胞の核にグアニン塩基の酸化で生じた 8-オキソグアニンの蓄積が顕著に増加していました。HFD で飼育した AppNL-F/NL-Fマウスでは、Aβ 結合タンパク質の1つであるトランスサイレチン(TTR)の発現が顕著に減少しており、TTR の枯渇が HFD で飼育した AppNL-F/NL の海馬における Aβ 沈着の増加の原因であることが示唆されました。

 

今回の発見は、糖尿病を予防することで AD の発症や進展をコントロールできることを示しており、新たな予防と治療法の開発が期待されます。

本研究は 2021 年 7 月 10 日に英国解剖学会誌「Aging Cell 誌」に Online 公開されました。

(DOI:https://doi.org/10.1111/acel.13429

 

研究者からひとこと:

糖尿病患者の皆さんにアルツハイマー病を発症する危険性があるのではなく、軽度のアルツハイマー病の病理変化、すなわち Aβ の脳内沈着がある場合に糖尿病を発症することで、アルツハイマー病型認知症の発症と進展が早まると考えられます。

 

(参考図)

慢性的な高脂肪食の給餌によって誘発された二型糖尿病状態が、海馬のインスリン抵抗性を引き起こすことで、AD のノックインマウスモデルである AppNL-F/NL-F マウス脳に見られるAD の前駆病態を著しく悪化させました。

 

【用語解説】

(※1) アミロイド前駆タンパク質(APP):

APP は、多くの組織で発現している膜タンパク質で、神経細胞のシナプスに濃縮されている。APP の機能は未知であるが、シナプス形成、神経可塑性、抗菌活性、鉄排出の調節などに関わるとされている。APP のカルボキシ末端側の一部が β およびγセクレターゼ(タンパク質分解酵素)によって切断されて、40 個前後のアミノ酸残基からなるアミロイド β(Aβ)ペプチド(Aβ40 や Aβ42)が生成される。

(※2) Aβ プラーク:

神経細胞が何らかの要因で Aβ を過剰に生成し細胞外に分泌すると最初は可溶性であるが次第に凝集してオリゴマーとなり、最終的には不溶性の凝集体、すなわち Aβ プラークを形成する。アルツハイマー病患者の脳に存在する老人斑の大部分は Aβ42 からなる Aβ プラークである。

(※3) ミクログリオーシス:

正常な脳の中でのミクログリアは突起を伸ばした形だが、周辺に何らかの障害が生ずると、突起を縮め、細胞体部分が大きくなる「活性化型」にかわり、やがて、アメーバ状に形を変えて、障害部周辺に集まってくる。このような活性化ミクログリアは、活性酸素や炎症物質を産生し、神経炎症を増悪することが知られている。また、活性化ミクログリアは貪食能も亢進しており、正常な神経細胞なども貪食することが指摘されている。このような細胞障害性のミクログリアの増生をミクログリオーシスと呼ぶ。

 

詳細▶︎https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/631

 

注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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