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パブロフ条件反射の正体を発見 〜司令ニューロンが操られることによって条件反射は起こる〜

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ポイント

  • ・パブロフ条件反射の脳内での仕組みを解明
  • ・食べる行動を司令する細胞の情報処理変化が条件反射の行動変容をつくっていた
  • ・確立した条件反射の実験系により、記憶時の細胞間がつながる様子のリアルタイム観察が可能になった

 

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)の吉原 基二郎 上席研究員と櫻井 晃 主任研究員らのグループは、未来ICT研究所神戸フロンティア研究センターにおいて、パブロフの条件反射の脳内での仕組みを解明しました。以前当グループによって発見されたショウジョウバエ脳内の摂食行動を引き起こす司令ニューロン(Nature, 2013)が、元々はつながっていなかった刺激に操られるようになって、条件反射が起こっていました。また、確立した条件反射の実験系により、細胞同士が記憶のためにつながる過程のリアルタイム観察が初めて可能になりました。つながり形成の仕組みを脳の記憶の基礎過程として知ることにより、脳の記憶の仕組みをまねた新しい知的情報処理のデザインを得ることが期待できます。

本成果は、2021年8月5日(木)0時(日本時間)に、米国科学雑誌「Current Biology」に掲載されました。

 

背景

未解明な脳内の記憶の仕組みが明らかになると、これまでよりも脳の機能に近い知的情報処理をデザインできます。そこで、NICT未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センターでは、脳内情報通信のキーである記憶の基本原理を追求し、それを情報通信に応用する研究に取り組んでいます。

 

今回の成果

当グループは、今回、記憶の代表例であるパブロフ条件反射の脳内での仕組みを解明しました。

音とエサの二つの情報を連合するパブロフ条件反射は、一般によく知られていますが、その脳内の仕組みは不明のままでした。今回我々は、遺伝子操作によって特定の細胞で活動をモニターしたり特定の細胞の活動を操作したりできるショウジョウバエを用いました。また、当グループで開発した脳内を観察しながら同時に行動観察する実験方法を用いて、条件反射の脳内変化を追跡する実験を試みました。

その結果、ショウジョウバエの摂食行動を司令するコマンド(司令)ニューロン、"フィーディング・ニューロン"による情報処理が変化することが、パブロフ条件反射の脳内での正体であることを明らかにしました。フィーディング・ニューロンは本来エサの刺激で活動します。ところが、イヌへの音刺激の代わりの"ハエがつかんでいた棒を離す"刺激とエサの刺激を同時にハエに与えることを繰り返すと、"棒を離す"刺激がフィーディング・ニューロンの活動を操るように変化しました。イヌの場合も同様に、摂食司令ニューロンに新しいつながりができて音の刺激で操られるようになることが条件反射の正体だと予想されます(図1参照)。さらに、この条件反射の実験系開発によって、記憶を担う細胞のつながりをリアルタイムで観察することが可能になりました。

図1 条件反射の仕組み

司令ニューロンが操られて行動が引き起こされる。

 

今後の展望

当グループは、現在、記憶を担う細胞のつながり(世界で初めて目撃されるエングラム=記憶の脳内実体)をリアルタイムで観察しています。また、この実験システムを使って、当グループから提唱された記憶の一般仮説、“ローカルフィードバック仮説(Science, 2005)”を検証することで、記憶の仕組みを解き明かすことが期待されます。

 

各機関の役割分担

  • ・情報通信研究機構(NICT): 実験方法の開発、実験の遂行、データの収集・解析
  • ・マサチューセッツ工科大学(MIT): 予備実験の一部を、吉原と櫻井がMIT在籍時にMITのLittleton教授の技術協力を得て遂行

 

論文情報

掲載誌: Current Biology

DOI10.1016/j.cub.2021.07.021

論文名: Alteration in information flow through a pair of feeding command neurons underlies a form of Pavlovian conditioning in the Drosophila brain

著者: Akira Sakurai, J. Troy Littleton, Hiroaki Kojima, and Motojiro Yoshihara

 

関連する過去のプレスリリース

・2021年3月1日 脳の短期記憶のスイッチメカニズムを発見

 

なお、本研究の一部は、米国NIHグラントR01 (研究者: Motojiro Yoshihara;MH85958)、文部科学省科学研究費補助金基盤研究A「“記憶の局所フィードバック仮説”ーその中枢単一同定ニューロンでの検証」(研究者: 吉原基二郎;JP19H00998)、文部科学省科学研究費補助金新学術研究(スクラップビルド)(研究者: 吉原基二郎;JP19H04767)、文部科学省科学研究費補助金スタート支援(研究者: 吉原基二郎;JP26891030)、文部科学省科学研究費補助金若手研究(研究者: 櫻井晃;JP16K18375、JP19K16275)、ひょうご科学技術財団(研究者: 櫻井晃)の助成を受けて行われました。

 

用語解説

パブロフの条件反射 Pavlovian conditioning

イワン・パブロフが19世紀末にイヌを使って行った実験。メトロノームの音のような条件刺激に続いてエサの無条件刺激を与えることを繰り返すと、音の刺激だけでよだれをたらすようになった(図2参照)。ショウジョウバエを使用した本研究では、メトロノームの音の代わりに、棒を離す刺激を条件刺激として使用した(図1参照)。

図2 イヌを使ったパブロフの条件反射実験元の記事へ

 

司令(コマンド)ニューロン Command neuron

当初、ザリガニ遊泳肢のリズミックな動きをON、OFFするニューロンが池田和夫によって発見され、その例のように、決まったパターンの行動をスイッチするニューロンが”司令(コマンド)ニューロン”と呼ばれた。

 

脳内を観察しながら同時に行動観察する実験方法

頭部を解剖して生理食塩水中で開くことによって、二光子顕微鏡で脳内の活動をモニターしながら、頭部前面はドライで、ショ糖水溶液で湿らせた和紙で口部にタッチすることによって摂食行動を引き起こすことができる。

図3 行動と脳内活動の同時観察 (Yoshihara, JoVE, 2012)

a. 実験の模式図

b. 生理食塩水中で脳が露出している、脳内観察のための対物レンズ側から見た写真(上)と、ドライな口側を頭部前面から見た写真(下)

 

フィーディング・ニューロン The feeding neuron

当グループによってショウジョウバエ脳内に発見された、摂食行動を引き起こす一対の司令ニューロン(Flood, Iguchi, Gorczyca, White, Ito, Yoshihara, Nature 2013)。甘い刺激により活動し、その活動が摂食行動を引き起こす。また、このニューロンがないと摂食行動ができなくなるので、摂食に関する様々な情報はフィーディング・ニューロンに統合されていることが推察される。フィーディング・ニューロンは摂食行動決定のための情報のハブとして働いていると考えられる。情報の要に位置するフィーディング・ニューロンを光照射を使った”オプトジェネテックス”によって活動操作すれば、意のままに摂食行動を操ることができる。それと同様に、「”棒を離す”という条件刺激がフィーディング・ニューロンを操ることによって条件反射が起こる」ということが本研究で明らかになった。

 

エングラム=記憶の脳内実体 Engram

17世紀のデカルトの時代から、脳の中で記憶がどこでどのように保持されるかは人々の関心事であり、記憶の脳内での実体は”エングラム(engram)”とよばれる。しかし、エングラムを生物学的な実体としてとらえることは極めて難しかった。その原因は、マクロの行動に現れる記憶とミクロのシナプス可塑性を結び付けることが難しいからである。

図4に示したように、行動の変化に直結した司令ニューロンは、ミクロとマクロを結び付けることを可能にするため、今回の条件反射の実験系は、記憶の素過程としてフィーディング・ニューロン上のシナプス変化をリアルタイムで観察すること、すなわち、エングラムのリアルタイム観察を可能にする(図5参照)。

(エングラムは”記憶痕跡”と訳されることが多いが、痕跡的で機能しない過去の存在のような誤解を生じるおそれから、”記憶の脳内実体”とした。)

 

図4 ミクロとマクロをつなぐ司令ニューロン

 

 

図5 記憶の素過程としてフィーディング・ニューロン上のシナプス変化(赤丸内)をリアルタイムで観察する。

 

ローカルフィードバック仮説 The local feedback hypothesis

短期記憶が固定化されて長期記憶へと変化するための細胞機構を説明する一般仮説。シナプスにおいて、両側の細胞がお互いに強め合うことが短期記憶をつくり、それがシナプスの成長を促して長期記憶に変化する、と仮定する(図6参照)。ショウジョウバエの神経と筋肉の間のシナプス可塑性における知見によって提唱されたが(Yoshihara et al., Science, 2005)、当グループにおいて、脳内の記憶での検証が進んでいる。

図6 記憶の一般メカニズム候補としてのローカルフィードバック仮説 (Yoshihara et al., Science, 2005)

 

詳細▶︎https://www.nict.go.jp/press/2021/08/05-1.html

 

注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

パブロフ条件反射の正体を発見 〜司令ニューロンが操られることによって条件反射は起こる〜

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