目次
- 1. いま改めて問う、理学療法の真の価値とは?
- 2. "徒手+運動"のアプローチが問われる背景
- 3. 健康アウトカムを決める本当の要因とは?
- 4. 睡眠の質とMSK疾患の深い関係
- 5. コルチゾールと慢性疼痛の関係性
- 6. 身体活動の真の効果と必要量の再考
- 7. 物質使用と行動習慣がMSK疾患に与える影響
- 8. 徒手療法の真の価値を再考する
- 9. 未来の理学療法士像:生活習慣変容の専門家へ
- 10. 実践への応用:生活習慣評価ツールの活用
- 11. 結論:「修理する」から「ファシリテーターへ」の転換
- 12. 参考文献
1. いま改めて問う、理学療法の真の価値とは?
「運動と徒手療法だけで筋骨格系(MSK)疾患を治療するなんて、冗談でしょ?もう一度進化する時が来た」
この挑戦的なタイトルの論文が2025年4月、英国NHSのLewis氏らによって発表されました。彼らは、MSK疾患が数千年にわたり人類の健康に課題を与え続け、あらゆる健康障害の中でも障害とともに生きる年数が最も多い疾患群であると指摘しています。
私たち理学療法士は、教育、運動療法、徒手療法、そして鍼などの圧迫療法を用いてMSK疾患の管理に貢献してきました。しかし、これらの介入だけで本当に患者の生活を根本から変えられるのでしょうか?
2. "徒手+運動"のアプローチが問われる背景
20世紀初頭、特に第一次世界大戦中とその後、MSK疾患の管理にはマッサージ、他動運動、医療体操などが基礎となっていました。20世紀半ばには、戦争の生存者とポリオウイルスの影響を受けた人々のリハビリテーションの進歩により、電気療法や温熱療法が実践に加わりました。1960年代からは、ヒポクラテスの時代にも使用されていた徒手療法や操作療法が運動と統合されるようになりました。
しかし、Bialosky氏らの研究(2018)によれば、徒手療法の効果は特定の手技によるものではなく、むしろ神経生理学的反応を引き起こす「触れる」という行為そのものに価値があると示唆されています[1]。実際に、Nim氏らの最新のネットワークメタアナリシス(2025)では、脊椎への徒手的な治療の有効性は、その適用手技に依存していないことが明らかになっています。
では、現状の治療アプローチの限界はどこにあるのでしょうか?
3. 健康アウトカムを決める本当の要因とは?
McGinnis氏らが強調するように、身体活動、栄養、睡眠、ストレス管理といった生活習慣要因への対応は、健康アウトカムに大きな影響を与えます。さらにMcCartyとShanahanによれば、経済的安定、質の高い医療と教育へのアクセス、緑地のある安全な近隣環境での生活、緊密なコミュニティと社会的サポートを持つことなどの健康の社会的決定要因(SDH)が、観察される健康アウトカムの最大80%を占めています。
この推計が正確であれば、理学療法の実践がアウトカムに寄与する割合はわずか20%にすぎないことになります。これは衝撃的な数字です。
Booth氏らの研究(2017)は、身体不活動が世界中で年間5百万人以上の早期死亡に寄与していると推定しており[2]、また、Warburton氏とBredin氏(2019)の研究では、定期的な運動が慢性疾患のリスクを最大50%減少させる可能性があると報告しています[3]。
4. 睡眠の質とMSK疾患の深い関係
英国国民保健サービス(NHS)のデータによれば、英国の成人の3人に1人が十分な睡眠を取れていません。米国疾病管理予防センター(CDC)も同様のデータを報告しており、世界中の高齢者の30%~70%に睡眠問題があると推定されています。この幅広い数字は、各国の調査方法や睡眠障害の定義の違いを反映しています。
1日7時間未満の睡眠と定義される睡眠不足や、不眠症や閉塞性睡眠時無呼吸症などの睡眠障害は、C反応性タンパク質(CRP)、腫瘍壊死因子アルファ(TNFα)、インターロイキン-6(IL-6)などの炎症性マーカーを誘発します。これらの状態はDNA損傷、メタボリックシンドローム、コルチゾール上昇、生殖器系の問題、喘息や感染症などの呼吸器疾患につながります。
Mekoulou Ndongo氏らの2024年の研究では、エリートアスリートにおける睡眠の質の低下とMSK疼痛の関連が示されており、さらにLucassen氏らの研究では、中年の個人における睡眠の質の低下と遅い就寝時間が骨減少症とサルコペニアのリスク要因となることが明らかにされています。
Irwin氏とOpp氏(2017)の研究では、睡眠障害が免疫機能を低下させ、炎症反応を高めることで慢性疼痛の発症と維持に寄与すると報告しています[4]。これは、MSK疾患の理解と管理において睡眠の質を評価することの重要性を強調しています。
5. コルチゾールと慢性疼痛の関係性
コルチゾールは、気分、動機付け、逃走・凍結・闘争などの反応を含む多くの身体機能に重要なステロイド(糖質コルチコイド)ホルモンです。異常なコルチゾールレベルは、グレリンレベルの上昇、感情的またはトラウマ的出来事からの長期的ストレス、高糖質の食事摂取、大気汚染への曝露など、様々な要因から生じる可能性があります。