全国772事業所調査が明かした「評価の限界」と新たな価値
「リハだけで評価する時代ではないのかもしれない」
令和 6 年度老人保健事業推進費等補助金 老人保健健康増進等事業「生活期リハビリテーションにおけるアウトカム指標の検討」の事務局を担当した理学療法士、介護支援専門員等の資格を有するNTTデータ経営研究所の3名——米澤麻子氏、石川理華氏、梶原侑馬氏に話を聞いた。そこで見えてきたのは、60年前にアメリカから輸入された「リハビリテーション」という概念が、超高齢社会の日本でその限界に達している現実だった。
「参加」や「QOL」の評価が重要だとわかっていても、実際には評価できていない。現場の療法士なら誰もが感じているこのジレンマを、初めて全国規模で学術的に調査した研究がある。デイケア協会会長の近藤国嗣氏を座長とし、医師会、各リハビリテーション専門職協会、学識者らが参画した本格的な調査研究だ。
全国2,500事業所に調査票を配布し、772事業所から回答を得たこの調査。その結果は現場が肌感覚で感じていた困難の正体を学術的に裏付けたものである。加えて、日本人の文化的背景に合った評価指標の必要性にも言及したのだ。
政策・学術・臨床が一体となった検討体制
この調査の学術的価値を支えているのが、検討委員会の構成メンバーの層の厚さだ。座長を務めたのは全国デイケア協会会長の近藤国嗣氏。委員には、日本医師会、各リハビリテーション専門職協会(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)、日本リハビリテーション医学会、日本訪問リハビリテーション協会、日本リハビリテーション病院・施設協会、老人保健施設、学識者、介護支援専門員協会といった、各分野の専門家が参画した。
担当者は振り返る。
「基本的には3回の委員会を開催し、第1回目ではアンケート調査票の案やヒアリングの調査方針、どのような項目を調査すべきかというところから、専門家の皆さんに意見をいただきながら構築しました」
この段階的なアプローチが、調査の質を担保した。第2回ではアンケートやヒアリングの結果について解釈や課題整理を実施し、第3回では追加分析の方針と今後の検討に関わる取りまとめ方針についてディスカッションを重ねた。丁寧な検討過程が、この調査の学術的価値を高めている。
数字が語る現場の実態
「今回のポイントの一つが参加評価である」と切り出したのは、アンケート調査を担当したリハ専門職の担当者だ。
調査結果は、理想と現実の深刻なギャップを浮き彫りにした。
参加の評価について:
- 90.7%の事業所が「活用している指標はない」と回答
- 一方で、要支援・要介護を問わず60-70%の回答者が参加を「重要」または「極めて重要」と認識
QOL・生きがい等の評価について:
- 86.7%が「指標なし」と回答
- やはり多くが重要性を認識
「重要だとわかっているのに評価できない」——この矛盾の背景には何があるのか。
評価を実施していない最大の理由として挙げられたのは、「該当の項目を評価する適当な評価指標がない(または知らない)」で、約50%の事業所がこの理由を選択した。
さらに、指標に求める条件として「実施時間が長くないこと」(80.6%)、「測定方法が難しくないこと」(81.2%)が上位に挙がった。
「現場視点では、既存の指標は項目が多くて評価に時間がかかるものがある一方で、簡易に評価できるものは評価が粗くて利用者の変化を捉え切れないという課題がある」
とリハ専門職の担当者は現場の声を代弁する。
想定以上に高かったハードル
担当者は、調査を進める中で直面した想定外の困難について率直に語った。
「検討委員会の中で各有識者・専門家の先生方のご意見を聞く中で、自分たちが生活期リハビリテーションの評価は当初想定していたハードルよりもはるかに高いハードルであることに気づいたのです」
なぜ生活期リハビリテーションの評価はこれほど困難なのか。担当者は、その課題を三段階に整理した。
第一段階:そもそも何を評価するのか
第二段階:誰の成果として評価するのか
第三段階:どんな指標を使うのか
「まずは参加の定義、QOLの定義を整理する必要があるというのが、この事業の着地点である」と担当者は振り返る。
文化的ミスマッチという根本問題
私見を含む形になるが、より根本的な問題も浮かび上がった。リハ専門職の担当者は指摘する。
「海外から輸入されたFIMやBarthel Indexなどの指標が日本の生活習慣と文化に必ずしも合致せず、評価が難しいという側面がある。参加やQOLについては、より日本人にあったものを作っていく必要があるのではないか」
60年前にアメリカから輸入された「機能回復→社会復帰」のリハビリテーション概念。それが超高齢社会の日本の現実と乖離している現実を、調査は浮き彫りにした。
「アウトカム」から「影響評価」への転換
今回の調査で最も注目すべき成果の一つが、従来の「アウトカム評価」から「影響評価」への概念転換だ。
「生活期の高齢者は一人ひとり生活環境が異なり、多様な主体がその生活を支えている。リハビリテーションのみの効果を切り出すことは非常に困難」だとリハ専門職の担当者は説明する。そこで本調査では、個々の利用者の「アウトカム」ではなく、「生活期リハビリテーションが及ぼす影響」を評価する指標を検討することを提案した。
この「影響」という言葉の選択には、検討委員会での長時間の議論が込められている。
「アウトカムという言葉は適切ではない。では、どういう言葉なら良いのか。効果という言葉はどうか、他にもいろんな言葉があるのではないか。検討委員会の場で先生方から本当にたくさんのご意見をいただいて、最終的に影響という言葉で様々なニュアンスを包含するのが良いのではないかとなったのです」
維持・悪化緩和の価値を正当に評価せよ
調査では、もう一つ重要な価値転換が明らかになった。「改善」のみならず「維持」や「悪化の緩和」も重要な成果として認識すべきという点だ。
調査結果:
- 95%以上の現場が「状態の維持・状態の低下の緩和も含めて評価している」と回答
- その理由として最も多く挙げられたのが「自然経過では低下が予測される状態が、維持・低下の緩和ができていることが重要だから」(約70%)
「維持と悪化の緩和も重要なポイントとして示している。自然経過での機能低下を一つのベースラインとして、悪化をどの程度食い止められたか、どの程度遅らせることができたかを客観的に測定できる評価手法も重要だということが、アンケート結果からも明らかになった」
とリハ専門職の担当者は述べる。
制度への警鐘——報酬と評価の分離
調査の結論として特に注目されるのが、「アウトカム評価と報酬を切り離して検討すべき」という提言だ。
担当者は、検討委員会での議論を振り返りながら説明する。
「プロセス評価が非常に重要であるという中で、アウトカム評価を報酬と結びつけてしまうと、結局正確な評価がなされず、アウトカムの評価が正確に行われないことによって効果的なプロセスも見えにくくなってしまうことが懸念されるというご指摘をいただきました」
これは回復期リハビリテーションでのFIM利得をめぐる議論と同様の問題への危惧だ。
「改善が得られやすい軽度の利用者を優先的に受け入れるような利用者選定につながることも危惧される」とリハ専門職の担当者も指摘する。「逆に本当にリハが必要な人のサービス提供が手薄くなってしまう可能性も懸念される」
日本発、世界標準への可能性
この調査が示唆するのは、日本が世界に先駆けて「維持・悪化緩和」を正当に評価する新しいリハビリテーション価値論を構築する可能性だ。
リハ専門職の担当者は将来への展望を語る。
「実を言うと、ウェルビーイング指標と比べると参加の指標の方が項目的には少ないので、参加の定義を決めて作れないことはないと考えている。ウェルビーイング評価の開発も進んでいる中で、参加がウェルビーイングにかなり強い影響を与えているということが示されれば、評価は十分あり得ると思う」
「時間をかけて十分な調査をした上で指標を開発すべきである。プロセスとアウトカムを同時に評価する場合は評価負担が課題となるが、運用性と妥当性のバランスを検討する必要があり、実証等を重ねて最善のものを作っていくプロセスは必要である」
超高齢社会のフロントランナーとして、日本が構築する新しいリハビリテーション価値論は、やがて韓国、中国をはじめとする高齢化社会を迎える国々にとっても重要なモデルとなる可能性がある。
現場への希望のメッセージ
では、この調査結果は現場のリハビリテーション専門職にとって何を意味するのか。
第一に、現場の実感の客観的な検証
「評価が困難」という現場の実感が、今回の全国調査で客観的に示されたことの意義は大きい。現場のセラピストが感じていた「既存の評価方法では、自分たちがやっていることの本当の価値が測れない」という違和感が、決して技術不足や認識不足ではなく、評価システム自体の構造的な課題によるものであることが、データによって明らかになった。
第二に、新しい価値論の可能性が示されたこと
「影響評価」という概念や、「維持・悪化緩和」の価値の正当な位置づけは、現場のセラピストが日々感じている「この人のために必要なことをしている」という実感を言語化するものだ。
第三に、今後の方向性が示されたこと
調査では今後のステップとして、参加やQOLの定義から始まり、日本人の生活習慣に適した評価方法の開発、そして最終的な指標の完成までの工程を示している。
終わりに
「現場の困難さを学術的に整理し、新しい方向性を示す」——今回の調査は、そんな重要な役割を果たした。
担当者は今後の展望について語る。
「私たちとしては、この調査結果をもとにステップを進めていきたいと考えている。一つひとつの検討事項を飛ばして一足飛びにアウトカム指標が決まっていくということはないでしょう」
そして、リハ専門職の担当者は、現場の立場から調査の意義を述べる。
「十分な調査を行った上で指標を開発すべきである。プロセスとアウトカムを同時に評価する場合は評価負担が課題となるが、運用性と妥当性のバランスを慎重に検討し、実証を重ねて最善のものを作っていくプロセスが必要である」
参加やQOLの評価が困難な理由が三段階で整理され、新しい「影響評価」の概念が提示され、「維持・悪化緩和」の価値が正当に位置づけられた。
もちろん、課題も明確だ。参加やQOLの定義から始まり、日本人の生活習慣に適した評価方法の開発、そして汎用性のある指標の完成まで、道のりは長い。しかし、「なぜ評価が困難なのか」という根本問題が学術的に整理されたことで、建設的な議論の土台ができた。
現場のリハビリテーション専門職にとって、この調査結果は「自分たちの仕事の価値を説明できない」という悩みに対する一つの答えになるだろう。そして同時に、「では、どのように価値を示していくべきか」という新たな問いの出発点でもある。
生活期リハビリテーションの真の価値を適切に評価し、それを社会に示していく——。この挑戦は、まさに今始まったばかりだ。
【目次】
・“幻”の制度 訪問リハビリステーションの行方──構想から約25年