ドイツで感じた“物に対する考え方”の違い
———先生はドイツに行かれた経験があると伺ったのですが、どのような事を学びに行ったのですか?
宮森先生:1985年に小さな新聞記事を見て、ヨーロッパ最大の福祉機器の見本市がドイツで行われるのを知り、そのツアーに自腹で参加しました。
見て驚いたことは、車椅子が機能というよりもファッションになっていたことです。車いすのボディカラーがレインボーで空中に並べられていたり、フィンガープロテクターが何十枚と壁面に展示されていました。
スポーツタイプのようなカッコいい車椅子もありました。「凄いなぁ、先進国はやっぱり違うねぇ」と感動しましたよ。
日本だと福祉用具のカテゴリーは、日用品とか移動とかでまとめていますよね。
その展示では「Disabled mother」って書いてあったんです。サリドマイドのお母さんが、足で子供を育てるときの抱っこひもがあったんです。つまり、子育てをするための補助用具とか、手が不自由な人のガーデニングのための補助用具などがあったんです。
アルファロメオのコーナーでは脊髄損傷の人のレーシングカーがありましたよ。
最初「レースで脊損になったんじゃない?」と思ったりして。でも、それに付けられていたパドルシフトもスポーツカーだったら今じゃ普通にありますよね。
目的が生活場面で分けられているんです。日本とドイツとでは物に対する考えが違いました。目的をまず決めて、それに対して展示をしてるんですよ。デザインもすごくきれいでしたしね。
最初は感動して1日目、2日目と見ていたんですが、だんだん虚しくなるんです。「日本はダメだねー」って。
3日目の午前中、もう見るのはやめました。福祉の進歩はすごいなと思い、日本は福祉用品も制度もまだまだ整ってないなと感じて、自分も何かやらなきゃと思いました。
嘆いていてもどうしようもないですからね。
新しい良いものを見た時に、驚いて、喜んで、悲しくなって、チャレンジしようと思いました。
先生にとってプロフェッショナルとは?
理学療法士として考えると予測、イマジネーションですかね。
生活像や将来の暮らしに対して可能性をイメージして仕事が出来るようになった人がプロだと思います。
理学療法に限らず、さまざまな仕事をしている方と出会って感じたのは、チャレンジ精神、博打というほどではないんですが、
別な言い方をすれば、その人にしかわからない世界を持っていて、ルーティンなものをもっている人はプロな感じがしますよね。
自分で実践していて、そのために何かを捨てているような人たちね。
そうは言っても自分はいつまで経ってもだめだから、そうした人にあこがれているだけなんですけどね。(笑)
宮森先生おすすめ書籍
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- *目次
- 【第1回】映画会社から理学療法士の道へ
- 【第2回】特養から設計事務所に転職した理由
- 【第3回】東京ディズニーランドを学校教育に
- 【第4回】ドイツで感じた“物に対する考え方”の違い
宮森 達夫先生経歴
1980年 専修学校 社会医学技術学院 理学療法学科 卒業
1980年 理学療法士免許
1977年3月~1990年3月 社会福祉法人博仁会
特別養護老人ホーム なぎさ和楽苑及びケアセンター勤務
1990年3月~1998年3月 株式会社 福祉開発研究所(一級建築士事務所)
企画部 室長 ~ 研究調査部 部長
1998年4月~2000年11月 独立し、有限会社福祉計画を営む
2000年12月~2004年3月 社会福祉法人 ウエルス東京
特別養護老人ホーム ウエル江戸川 施設長
2004年4月 日立製作所グループ 株式会社日京クリエイト 入社
2004年9月 日立製作所グループ 有料老人ホーム サンクリエ本郷 副支配人
*2015年 (株)日立ビルシステムから(株)リゾートトラストに買収
2011年8月 定年退職
2012年1月 学校法人アゼリー学園 入職
2013年4月 東京リハビリテーション専門学校 学校長 現在に至る
【著書(共著)】
他多数。