ビジネス視点で捉えた地域リハの課題とその先|穴田周吾

23081 posts

理学療法士の穴田周吾さん(28)は、6年間務めた法人を退職し、今年の4月から追手門学院大学大学院経営・経済研究科に通っている。

理学療法士2年目から経営企画業務やコンサルティングなどの働き方に興味を持ち、デイサービスやデイケア、訪問リハの立ち上げ・老健の運営改善に関わってきた。

今回、経営・経済研究科に通う学生の視点で、地域リハの課題とその先について語っていただいた。

 

立ち上げ屋理学療法士

 

― 穴田さんがMBA(経営学修士)のコースに進もうと思ったのはどういう流れだったんですか?

 

穴田 「医療・介護報酬がマイナス改定」とか「良いことだけど採算が取れないから続けられない」って医療介護業界でのあるあるじゃないですか。それを何とかしたいなというのがきっかけです。

 

その実現にはマーケット感覚が要るなと気付き、3年目くらいから院長や事務長といった幹部向けのセミナーに紛れ込む日々が始まりました。

 

PTの専門領域としては地域理学療法が好きだったので地域包括ケアシステムや報酬改定が気になっていたのもあり、はじめは医療政策から入りました。

 

3年目の時に亜急性病床が廃止され、地域包括ケア病棟が新設されたのが衝撃でした。「もうリハって単位じゃないの?やばくない?」みたいな。あとは介護予防がやりたかったけど、採算が取れずに続けられない先輩と逆に事業化した先輩を目の当りにしたのが決め手になって、「継続には思いだけでなく収益性が要るよね」と思っていたのがMBAを選んだ理由です。

 

「なぜ昼間の院に?」と思いますがこれは僕の中でも、完全に想定外です(笑)本当は今年の春から大学病院の経営企画室で働きそこの院に行く予定だったのですが、急遽いろいろな事情で紆余曲折し紹介されたのが今の院なんです。

 

ほぼ、1週間くらいでノリで決めましたからね。30歳までかつ結婚するまでに院を終えたかったので退職してこのタイミングで進学しました。

 

養成校卒業後から6年目までずっと勤めた職場は大学の先生に「とりあえず、ここ行け!」って言われて就職した病院母体の法人だったんですが、とても素敵な先輩が居たのと、ちょうど色々と在宅系事業を広げていく段階で、一通り経験させていただきました。

 

1年目から3年目までは病院、2年目の時に総合事業の前身となる体操教室を地域で開いたり、訪問看護ステーションへの出向や、リハ特化型デイサービスの立ち上げに関わっていました。

 

また、視点を広く持つために違う領域や法人も見たかったので、休みの日は町のクリニックや企業の有料老人ホーム、社会福祉法人の老健でアルバイトしていたこともありました。自分で勉強会を立ち上げたり、コンサルタントの起業家PTと出会えたのもこの頃です。ちょうどPOSTを読んでたらその先生が出てきて驚きましたね。

 

4年目の時に老健(介護老人保健施設)に異動となり、短時間デイケアを立ち上げて、その後2018年の医療・介護の同時改定では施設基準の引き上げと訪問リハ開設を企画しました。そこで7年目になる手前まで働いたっていう流れです。あと、6年目の時に個人事業主として業務委託で外部のデイサービスの立ち上げやセミナー会社での講師もやり始めました。

 

 ―立ち上げは具体的にどんなことをやっていたんですか?

 

穴田 初めのリハ特化デイサービスは、オープニングスタッフとして運営や制度設計の過程や事業と制度のすり合わせを尊敬する先輩に間近で見せてもらい、主体性を持って業務に参加しました。

 

それらの経験が、その後のデイケア開設時に活かされました。こちらは企画のスタートからの参加だったのでブランディングとして「QOL・生活行為向上特化型短時間デイケア」と新しいサービスとして地域にリリースしました。そのコンセプトに沿って標準化したリハマニュアルを制作して、営業パンレットやチラシ、プレゼン資料も自分で手造りでやりました。

 

訪問リハは老健の機能拡充によるものと、施設基準引き上げの評価点であったのに加え、法人にも地域にもまだ無いリハ資源(訪問看護からのリハしかなかった)だったので事務長に提案し、開設しました。

 

並行して協会やセミナーなどの外部活動もしていたので活動に興味を持った、知り合いのPTの社長から、デイサービスの立ち上げお願いできないかと頼まれた形になります。そちらは0からなので建物を選ぶところからやりましたね。

 

必要な敷地はどれくらいなのか、必要な物品を計算してみたり、地域にどのような他事業所がどれくらいあって、周囲にターゲットになる高齢者がどれくらい居るかを考えて地域ニーズの仮説を立てました。そこから社長のやりたいこととすり合わせてブランディングする形での関わりで、チラシやホームページ作りもしています。

 

もともと、商業科の高校に通っていたのでお金の流れを考えるのは好きだったのと、あとは単純に地域理学療法の延長として、厚労省の改定関連の資料を見る感覚で町の保険計画とかも見ていたのがハマったと思います。厚労省の事業をしていた先輩のメール係や調査係などの多量の雑務をしていたのも大きかったですね。このあたりは生存者バイアスもあるので後輩には押し付けませんが(笑)

 

僕自身のスキルは分析や企画業務に寄っている「立ち上げ屋」のためマーケッター的な要素が強く、部下を率いたようなマネジメント経験がありません。そこは他のMBA取得のセラピストとは少し毛色が違うところだと思います。

 

―立ち上げるのに必要なスキルやポイントとかはありますか?

 

穴田 経営学にもリハの評価や理論のように、色々なフレームワークがあるのですが、まず3点のポイントから持論を述べます。

 

 まず第一に、①制度を知ることです。そもそもデイサービス、訪問リハ、クリニック、自費にしてもそもそもどんな事業があって、どんな機能を持つか知らなければ立ち上げが出来ないからです。

 

次に②外部環境を読めることです、ICFで言えば環境因子ですね。地域の他の事業所や高齢化率、あるいは社会の報酬改定などの情勢といった部分が無ければ戦略の方向性を間違えます。この2点は地域リハビリテーションと非常に親密な部分です。

 

 そして、最後に、③組織の文化と経営資源を知ることです。例えば名刺で職場の前についている○○法人、株式会社ここで立ち上げても良い事業とそもそも法的に不可能な事業が決まっています。後は所属先の歴史や強みといった特徴です。

 

 この3点のポイント×あなたや組織の持っているリハとしてのスキルを組み合わせることで療法士のビジネスの芽が生まれると私は考えています。

 

これが、今後多くの介護事業所が陥る落とし穴だ

 

― 病院や介護事業所の倒産も珍しくない時代だとは思いますが、経営がうまくいく施設とうまくいかない施設の差はどこにあると思いますか?

 

穴田 変化するかどうかに尽きると思います。リハ室から見える景色ややるべきことは大きく変わらないのですが、リハ室の外病院の外地域の外日本世界と外部は変化を続けているので影響を大きく受けるのが間違いないからです。

 

保険制度自体もそれを受けて作り替えるので施設も療法士も共にアップデートをしていかなければ取り残されてしまう落とし穴があるなと思います。

 

現に倒産は介護事業でも年々増えていますし、先日は公的病院の病床削減の話がwebを盛り上げていました。皆さんの同級生や後輩でも病院がM&A(買収)された事例なんかもかなり増えてきている気がしませんか?

 

リハ職が地域で関わる役割がどう変化していくと予想しますか?

 

穴田 2025年、40年ごろまでで大多数の療法士が受ける変化は、より明確な医療の機能分化に伴う影響だと思います。在院日数の短縮や、在宅医療へのシフトは数年単位で振り返るとかなり進んでいますしこれからも続くでしょうね。

 

 一部で起きる変化としては、行政系の就職やそこに携わる役割を持つ療法士は増加していくと思います。協会や県士会といった職能団体経由での依頼も含めて。例えば介護予防で市役所の部署に就職するとか、総合事業・地域ケア会議へ出張する。

 

小中学生に対しての運動器チェックなどの事例は増えていますし、私も関わっていました。あとは就労支援などの障害福祉領域もゆっくりと進んでいくのではないかなと予想しています。

 

仮に自分の勤める職場の経営が危ないとなった場合、どのようなアクションをとればいいでしょうか?

 

穴田 ガチな話だと、まずは最悪を想定して逃げる準備=転職活動をしましょう(笑)。

 

それと並行して職場の経営を建て直す手段を自分のできるハンドリングできる範囲で考えます。

 

利益を増やすために、売り上げを増やすなら稼働率や回転率→加算や施設区分などで単価→新事業を始められるか?の順で考えますし、コストを下げるなら採用コストの減少や離職率の低下とかですかね。

 

いずれにしても生活期リハの介入やゴール設定と同じで、高水準(最高の成果)/普通水準/低水準(最悪の場合)みたいに段階的に思考を組み立てます。

 

 あとはエビデンスと同じで一次情報かどうかも大事ですよね。先輩とか周囲が騒いでるだけの場も少なくないです。

 

“夏枯れ”や“ニッパチ”という言葉に代表されるように時期によって患者さんのばらつきなんかはどこもありますからね。医事課データあるいは財務分析、幹部の本音など信頼のおける情報も確認しなければ。

 

※夏枯れ・ニッパチ…夏あるいは、2月と8月の稼働率低下を指す業界用語

 

「数字に弱い医療職」と「現場を知らない事務職」

普通、どこの病院や介護事業所にも事務職がいますが、医療職が事務や企画などバックグラウンド業務に関わる必要ってどんなところにあると思いますか?

 

穴田 僕はこれを“連携摩擦”と呼んでいます(一向に流行りませんが)。

 

事務職は数字に強い職種なので、単位数・人件費率や稼働率で現場を見ることが多いですが、数字だけで問題を見る弊害として、現場の実際の不満を埋めるためにどんなオペレーションや業務改善が必要なのか分からないとか、コストを変えても使いやすさが見えていなくて、実は効率やモチベーションが落ちてしまったりするという問題が起きることなどがあると思います。現場と数字が乖離しやすいんですよね。

 

例えば、事務職のみが主体で作った求人票からは、現場の医療職が働くイメージ像がわかりにくいものが多いです、休みの日数と給料と病院外観の写真のみでキャリアのイメージが浮きますか?そこで、セラピストも参加して作ったりすると魅力的な求人票ができたりするんですよ。

 

 逆に数字に弱い医療職が、離職者一人にかかる採用コストやその引継ぎの手間で生まれる周囲の損失が分からない。財務やお金の流れが見えなくてエネルギーを割く場所や方法を間違っている。これもいけないわけです。

 

このギャップを埋めるのも多職種連携と思っていて、法人や組織の溝を埋めるために医療職が専門性とプラスしてその辺りのリテラシーを上げて数字に強くなる意味は大きいなと感じています。

 

今後の働き方ややりたいことを教えてください。

 

穴田 リハのサービスを作る&支える仕事がしたいです。これは、保険内・保険外関わらずです。

 

在学中はこの辺りの研究をしつつも、個人事業レベルで支援先を広げていき、卒業後はコンサルティング会社や経営企画室のある医療法人、行政のサポートのできる団体のどれかに行ってさらに大きな範囲で実現出来たらなと思っています。

 

【11/26】介護事業所デジタルトランスフォーメーション入門

ビジネス視点で捉えた地域リハの課題とその先|穴田周吾

Popular articles

PR

Articles