運動が健康な血管を構築するメカニズムを解明

2842 posts

研究成果の概要

名古屋市立大学大学院理学研究科の奥津光晴准教授と山田麻未研究員(日本学術振興会特別研究員)は、早稲田大学、労働安全衛生総合研究所とアイオワ大学の研究者らとの共同研究を実施し、定期的な運動はインターロイキン1(Interleukine-1: IL-1)の作用を適正化することで血管内皮細胞のオートファジーを調節することを初めて解明しました。血管内皮細胞の恒常性の破綻は、動脈硬化性疾患に代表される循環器疾患の発症に関与することから、これらの結果は、血管内皮細胞に対するIL-1 の作用やオートファジーを適正化する運動プログラムの開発や創薬に応用することで、予防医学や健康科学への貢献が期待できます。この論文は、奥津准教授を筆頭著者として生物学の国際雑誌『The FASEB Journal』のweb サイトに2021 年6 月5 日 に掲載されました。

 

背景

糖尿病や高脂血症などの代謝性疾患や加齢は、動脈硬化性疾患(動脈硬化症)を発症します。我が国の死因の上位を占める心疾患や脳血管疾患の発症には動脈硬化症が深く関与することから、動脈硬化症を防ぐ分子メカニズムを解明し予防や治療に応用することは、健康寿命の延伸や医療費削減の観点から重要な課題です。動脈硬化症は、血糖、コレステロール、酸化ストレスや炎症などの増加による血管内皮細胞の損傷に起因することから、正常な血管内皮細胞を維持することで動脈硬化症の予防が期待できます。正常な血管内皮細胞の構築には様々な方法がありますが、定期的な身体活動(運動)はその効果的な方法の一つです。近年の大規模な疫学研究では、定期的な運動や身体活動量の増加が動脈硬化症などの循環器疾患の発症の予防に貢献することが立証されています。しかしながら、この分子メカニズムはこれまで明らかではありませんでした。

 

研究の成果

この度、名古屋市立大学大学院理学研究科の奥津光晴准教授と山田麻未研究員は、早稲田大学、労働安全衛生総合研究所とアイオワ大学の研究者らとの共同研究を実施し、定期的な運動はIL-1 の作用やオートファジーを適正化することで血管内皮細胞の恒常性を維持する可能性を初めて発見しました。定期的な運動は、血流や生理活性物質を増加することで正常な血管内皮細胞の構築に貢献することが以前より報告されていました。しかしながら、この分子メカニズムは明らかではありませんでした。本研究では、動脈硬化症モデルマウス(アポE 欠損マウス)を使用し、炎症などで変動する代表的なサイトカインを約50 種類測定しました。その結果、動脈硬化症は血液中のインターロイキン1 受容体アンタゴニスト(Interleukine-1 receptor antagonist:IL-1ra)を増加するが、この増加は定期的運動により抑制されることを発見しました。IL-1raの増加はIL-1 の受容体を発現する細胞に対するIL-1 の作用を低下する可能性が考えられます。そこで血管内皮細胞に対するIL-1 の影響を検討するため、IL-1 のリコンビナントタンパクを血管内皮細胞に添加し培養したところ、血管内皮細胞のオートファジーが促進することを発見しました。動脈硬化症の発症は、血管内皮細胞のオートファジーの悪化が関与することが知られています。これらの結果は、運動は動脈硬化症によるIL-1ra の増加を抑制することで血管内皮細胞に対するIL-1 の作用を適正化し、オートファジーを適正に機能させることで正常な血管内皮細胞の構築に貢献する可能性を示唆しています。

 

本研究で得られた成果の概要:定期的な運動は動脈硬化症によるIL-1受容体アンタゴニストの増加を抑制し、血管内皮細胞に対するIL-1の作用とオートファジーを適正化することで血管内皮細胞の恒常性の維持している。

  

【研究のポイント】

  •  ・定期的な運動は動脈硬化症の発症を予防しますが、この分子メカニズムは明らかではありません。
  •  ・本研究では、動脈硬化症モデルマウスを使用し、定期的な運動が動脈硬化症を抑制する機序について検討しました。
  •  ・定期的な自発走行運動は動脈硬化症の発症を抑制しました。
  •  ・定期的な運動は動脈硬化症モデルマウスで観察される血中のIL-1ra の増加を抑制しました。
  •  ・定期的な運動は血管内皮細胞の恒常性維持に重要なオートファジーを促進しました。
  •  ・培養した血管内皮細胞をIL-1αおよびIL-1βで刺激すると、血管内皮細胞のオートファジーが促進しました。
  •  ・以上の結果は、これらの機序を標的とした効果的な運動プログラムの開発や新たな創薬への応用として期待できます。

 

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

定期的な運動が動脈硬化症の発症を予防や軽減する分子機序の一端を解明した本研究成果は、健康科学や予防医学の分野への応用が期待される重要な研究成果であり社会的意義も大きいと考えています。

 

用語解説

・ 血管内皮細胞:血管の内部を覆う細胞。生理活性物質を産生することで血管の機能も調節する。

・ オートファジー:細胞が自己の成分を分解する現象であり、代表的なタンパク分解機構である。

・ インターロイキン1 受容体アンタゴニスト:インターロイキン1 が結合する受容体に選択的に結合し、インターロイキン1 の機能を抑制する。

・ アポE 欠損マウス:動脈硬化症のモデルマウスとして広く用いられているマウス。

・ IL-1αとIL-1β:IL-1 はIL-1αとIL-1βの2 種類があり、いずれもIL-1 受容体に結合する。

 

研究助成

本研究は、科学研究費補助金・挑戦的萌芽(奥津光晴、16K13019)、科学研究費補助金・基盤B (奥津光晴18H03153)、花王健康科学研究会研究助成(奥津光晴)、明治安田厚生事業団研究助成(奥津光晴)、日本学術振興会特別研究員(山田麻未、20J15551)の研究助成を受け実施されました。

 

論文タイトル

Regular exercise stimulates endothelium autophagy via IL-1 signaling in ApoE deficient mice

著者

奥津 光晴1、山田 麻未1、時澤 健2、丸井 朱里3、鈴木 克彦4、Vitor A Lira5、永島 計3所属 1) 名古屋市立大学大学院理学研究科、2) 労働安全衛生総合研究所、3) 早稲田大学人間科学学術院、4) 早稲田大学スポーツ科学学術院、5) Department of Health & Human Physiology, FraternalOrder of Eagles Diabetes Research Center, University of Iowa

掲載学術誌

学術誌名:The FASEB Journal

DOI 番号:10.1096/fj.202002790RR

 

詳細▶︎https://www.nagoya-cu.ac.jp/press-news/20210623-2/

 

注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

運動が健康な血管を構築するメカニズムを解明

Popular articles

PR

Articles