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中枢神経系のミエリン形成に必須の分子を発見-脱髄疾患などの病因解明の糸口に-

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新潟⼤学⼤学院医⻭学総合研究科脳機能形態学分野のアンナ・シマンコワ(⼤学院⽣)、備前典久助教、⽵林浩秀教授らの研究グループは、脳や脊髄において神経細胞の軸索にミエリン(髄鞘:ずいしょう)を形成するオリゴデンドロサイト(1)という細胞が分化・成熟するために必須の分⼦『Ddx20(2)』を発⾒しました。本研究により神経の機能や恒常性に必要不可⽋なミエリンの形成メカニズムの⼀端が明らかになるとともに、多発性硬化症などオリゴデンドロサイトの異常に起因する疾患の治療法開発の⽷⼝が得られることが期待されます。この研究は同⼤学脳研究所モデル動物開発分野の﨑村建司名誉教授、阿部学准教授、同⼤学⼤学院医⻭学総合研究科顕微解剖学分野の芝⽥晋介教授、⾃治医科⼤学の⼤野伸彦教授(⽣理学研究所客員教授)らとの共同研究で⾏われました。この研究成果は、2021 年 7 ⽉ 7 ⽇に Glia(グリア)誌にオンライン版で先⾏公開されました。

 

【本研究成果のポイント】

  • ・グリア細胞のオリゴデンドロサイトが神経細胞の軸索周囲に形成するミエリンは、神経伝達を円滑にする、軸索を保護するなどの重要な役割を担っています。
  • ・Ddx20 遺伝⼦変異マウスの解析から、Ddx20 がミエリンを形成するオリゴデンドロサイトの分化と⽣存に関与し、ミエリン形成に必須であることがわかりました。
  • ・Ddx20 は、オリゴデンドロサイトの⽣存やミエリン形成に関わる遺伝⼦の発現維持やRNA スプライシングの調節などに関与することを明らかにしました。

 

研究の背景

脳や脊髄は神経細胞やグリア細胞などの多様な細胞で構成されています。グリア細胞の 1 つであるオリゴデンドロサイトは、その細胞膜を神経の軸索に巻き付けてミエリンと呼ばれるシート状の絶縁体を形成することで神経細胞の活動(電気信号)を素早く伝えるほか、軸索を保護するなどの役割を担っています。ミエリンがうまく形成されない、あるいは、壊れてしまうと神経活動に重篤な障害をきたし、ペルツェウス・メルツバッハー病などのミエリン形成不全や多発性硬化症などの脱髄疾患の原因になります(図1)。近年では、アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患や、統合失調症などの精神疾患にも関与する可能性が⽰唆されるなど、ミエリンの破綻は広範な難治性神経疾患に関わるとても深刻な現象と考えられています。したがって、オリゴデンドロサイトの分化やミエリン形成の仕組みを理解することは、このようなミエリン形成不全や脱髄疾患の病因解明につながり、治療法開発の⽷⼝になることが期待されます。 

 

 

研究の概要

本研究グループは、RNA スプライシング(3)や遺伝⼦発現を制御する RNA ヘリカーゼ Ddx20(DEAD box helicase 20)に注⽬しました。Ddx20 は、脊髄性筋萎縮症(SMA)の原因遺伝⼦である SMN (survival motor neuron)が中⼼となる SMN 複合体の主要構成分⼦として RNA スプライシングを制御するほか、遺伝⼦発現も制御する多機能な分⼦として知られています。本研究では、ミエリンを形成するオリゴデンドロサイトにおいて Ddx20 遺伝⼦を変異させたマウス(条件付き Ddx20 ノックアウトマウス)を作製し、表現型の解析を⾏いました。

 

 

研究の成果

Ddx20 遺伝⼦変異マウスは正常マウスに⽐べて成⻑が遅く、筋⼒が低下し、出⽣後2ヶ⽉以内に死亡しました。このマウスの脊髄について詳しく調べたところ、オリゴデンドロサイトの分化阻害と細胞死が⽣じ、ミエリン形成が抑制されていました。さらに、ミエリン形成に関わる複数の遺伝⼦の発現が減少し、そのうち⼀部の遺伝⼦の RNA スプライシングに異常が⾒つかりました。また、オリゴデンドロサイト分化やミエリン形成に関与する MAP キナーゼ(4)というリン酸化酵素の活性が抑制されていることがわかりました。これらのことから、Ddx20 はオリゴデンドロサイトの分化とミエリン形成に関与する複数のプロセスに必須の分⼦であることが明らかになりました(図 2)。 

 

今後の展開

Ddx20 は RNA 制御や遺伝⼦発現制御に関与する多機能な分⼦であることから、オリゴデンドロサイトの分化やミエリン形成の過程における様々なプロセスにおいて重要な役割を担っていると考えられます。その中でも RNA スプライシングや RNA 輸送などの RNA 制御は、近年特に注⽬されています。今後、各プロセスにおける Ddx20 の詳細な作⽤機序を解明することで、オリゴデンドロサイト分化やミエリン形成メカニズムのさらなる理解に貢献し、ひいては様々なオリゴデンドロサイト異常が関与する疾患の病因解明と、それらの治療法開発の⽷⼝になることが期待されます。

 

研究成果の公表

これらの研究成果は、2021 年 7 ⽉ 7 ⽇に、Glia 誌(IMPACT FACTOR 7.452)のオンライン版で先⾏掲載されました。

論⽂タイトル:

Ddx20, DEAD box helicase 20, is essential for the differentiation of oligodendrocyte and maintenance of myelin gene expression

著者:

Anna Simankova#, Norihisa Bizen#, Sei Saitoh, Shinsuke Shibata, Nobuhiko Ohno, Manabu Abe, Kenji Sakimura, Hirohide Takebayashi* #共同筆頭著者 *責任著者

doi:

10.1002/glia.24058. 

 

⽤語の説明

(1) オリゴデンドロサイト (別名:希突起神経膠細胞、きとっきしんけいこうさいぼう)

脳や脊髄を構成するグリア細胞の⼀つであり、⽩質領域に豊富に存在する。シート状の膜を作り神経細胞の軸索に巻き付くことでミエリン(髄鞘)と呼ばれる構造体を形成する。ミエリンは脂質に富み絶縁体として働くため、軸索を伝わる電気信号の伝導速度を速める効果がある。また、ミエリンは、軸索の保護や神経細胞の代謝をサポートすることで神経細胞の恒常性を維持する役割も持っている。

(2) Ddx20 (DEAD box helicase 20)

RNA の構造を変化させる酵素である RNA ヘリカーゼの⼀つと考えられている。Gemin3, DP103 とも呼ばれる。運動ニューロン病である脊髄性筋萎縮症(SMA)の原因遺伝⼦であるSMN と結合して SMN 複合体を形成し RNA スプライシングを制御することが知られている。また Ddx タンパクは、RNA 輸送などの RNA 制御や、遺伝⼦発現制御、タンパク質翻訳にも関与することがわかっており、多様な役割を持つ因⼦として知られている。

(3) RNA スプライシング

ゲノム DNA にコードされた遺伝⼦から転写されたメッセンジャーRNA(mRNA)には、アミノ酸に変換される領域(エクソン)と取り除かれる領域(イントロン)が交互に配置されている。イントロンが取り除かれると分断されていたエクソン同⼠が結合して成熟した mRNAとなる。この⼀連の反応過程を RNA スプライシングという。成熟した mRNA よりタンパク質が翻訳され、タンパクが機能を発揮する。また、結合するエクソンの組み合わせ(選択的スプライシング)によって1つの遺伝⼦から多様なタンパク質が⽣成される。

(4) MAP キナーゼ

成⻑因⼦やストレス刺激などによって活性化されるリン酸化酵素であり、タンパク質のセリン・スレオニン残基のリン酸化を触媒する。酵⺟から植物、動物まで広く保存されており、動物細胞では、Erk、p38、JNK などのメンバーをもつ。細胞の増殖や分化などを制御するシグナル伝達分⼦として働き、細胞運命をコントロールする。オリゴデンドロサイトでは、MAPキナーゼの活性化は細胞分化やミエリンの形成に関与することが知られている。 

 

詳細▶︎https://www.niigata-u.ac.jp/news/2021/91263/

 

注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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