現代のスポーツトレーニングでは、映像を用いて選手の運動を理解することが主流です。その際、運動を捉えるセンサーのデータなどを用い、数式化した運動モデルを作って動作のコツを解明する研究が行われてきました。しかし、数式化しても統計的・経験的な要素を排除することはできず、標準化は難しいままでした。また、従来の研究は個人の運動能力に焦点を当てた手法が中心で、特に格闘技など対戦相手からの力を受けるスポーツでは、運動のモデル化もできていませんでした。
本研究では、柔道の映像を元にしたビッグデータを活用し、投技を成功させる直前に選手はどのような体勢をとっているとよいのかを明らかにする手法XSM(Extraction for Successful Movement)を開発することに成功しました。
XSMでは、投げる側と投げられる側の直前の体勢について、投技の成功要因となるなり得る要因(頭の高さや袖のつかみ方、足の位置など)をできるだけ多く選択します。また、成功と認められる動作を分類し、定義します。本研究では、柔道の世界選手権とワールドマスターズ大会で投技が成功した781件の映像シーンから、これらを組み合わせたビッグデータを構築しました。それらのデータにχ2(カイ二乗)検定と呼ばれる統計手法を適用し、成功直前の体勢と成功動作(例えば背負投など)との相関を求めることで、その投技が成功する直前の体勢を構成する要因が何であるかを明らかにすることができました。
本研究成果を生かすことで、目的とする動作が成功する直前の体勢を集めたビッグデータから、その運動のコツを引き出す新たなトレーニング理論を導くことが可能となります。さらに、対戦相手が技に入る前の癖を発見でき、試合での戦略を練ることにも利用できる新しい手法だと言えます。
研究代表者
筑波大学システム情報系/ 体育系 ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究(ARIHHP)センター 山際 伸一 准教授
研究の背景
現代のトレーニングでは、映像を用いて自らの運動を理解することが主流です。その際、選手の体格や筋力、本人の主観やコーチの偏った解釈などを排除するため、運動を捉えるセンサーのデータなどを用い、数式化した運動モデルを使って動作のコツを解明する研究が行われてきました。しかし、数式化しても統計的・経験的パラメタを排除することはできず、成功の王道を導き出す標準化は難しいままでした。さらに、従来の研究は、運動主体に加わる外的な力を考慮せず、個人の運動能力に焦点を当てた手法が中心で、格闘技のように対戦相手がいる競技は、運動のモデル化が出来ていませんでした。
そこで本研究では、対戦相手のいる競技の一つとして柔道に着目しました。具体的には、投技の成功要因は投げを始める直前の体勢に潜在しているのではないかと予想し、投技の成功とその直前の体勢との間の相関を求めることに焦点を当てて研究を実施しました。
研究内容と成果
今回開発したXSM(Extraction for Successful Movement)法ではまず、投げる側と投げられる側について、技が成功する直前の体勢について、成功する要因となり得る候補部位をできるだけ多く選択します。また、成功と認められる動作を分類し、どうなると成功となるかを定義します。そして、成功要因候補と成功動作の組合せからなるデータセットを準備します。このデータセットを多数用意し、χ2 検定と呼ばれる統計的な手法を適用して、要因候補と成功動作とのあいだの相関を求めます。この検定で相関が高いとされた要因候補が、目的とする動作を成功に導く直前の体勢の要素となります。
柔道の場合であれば、技が成功する直前の組手において、対戦する選手それぞれの腕や頭の位置、足の方向などが成功の候補要因となります。本研究では、柔道の世界選手権で撮影された、投技が成功した781件のシーンを用い、技が成功する直前の体勢の状態を抽出してビッグデータを構築しました。また、対象となる投技を手技(背負い投げなど)、足技(内股など)、腰技(払腰など)、捨て身技(巴投など)の4種類に分類し、それらのデータと組み合わせ、XSM 法を適用して投技を成功に導く直前体勢の要因を抽出することに成功しました。
上述のデータセットの作成の際に、男性、女性、階級、世界ランクといった属性を設定しておくことで、ビッグデータを部分集合に絞ることが可能になります。従って、選手の体格や環境の違いなど、運動に影響を与える多様性を絞り込むことによって、運動の成功要因の違いを知ることができます。 抽出した要因が、柔道の投技を成功に導くかどうかについては、スポーツ科学のアプローチから分析し、本手法の有効性を確認しました。さらに、性別といったデータの属性によってデータの種類を絞ることで、属性の違いによって異なる体勢の成功要因が抽出されることも確認しました。
今後の展開
本研究の成果によって、動作が成功する直前の体勢を集めたビッグデータをコンピューターで高速処理することで、今まで知り得なかった運動のコツをビッグデータから引き出す新たなトレーニング理論を導くことが可能になります。さらに、対戦相手が投技に入る前の癖を発見し、試合での戦略を練ることにも活用でき、今後のスポーツ科学におけるブレークスルーをもたらすことが期待されます。
参考図
図 本研究の成果
用語解説
注1)χ2 検定
データの関係性を数値で求めるための数学的手法の一つ。データの分布が明確でないときに用いる統計手法。
注2)ビッグデータ
事象を表現するたくさんの要素の組合せの膨大なデータの塊。本研究成果では、成功する動作の直前の体勢の部位の組合せをたくさん集めたデータのセット。
研究資金
JST さきがけの研究プロジェクトの一環(JPMJPR203A)として実施されました。
掲載論文
【題 名】
Statistical Extraction Method for Revealing Key Factors from Posture before Initiating Successful Throwing Technique in Judo.
(柔道の投技が成功するための直前体勢の主要因を明らかにする統計的抽出手法)
【著者名】
加藤 聡志:筑波大学大学院理工情報生命学術院システム情報工学研究群(博士後期課程)情報理工学位プログラム 山際 伸一:筑波大学システム情報系
【掲載誌】
MDPI Sensors
【掲載日】
2021 年9月1日公開予定
詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/technology-materials/20210901160000.html
注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。