研究成果のポイント
- ・筋トレによる筋肉量増加には筋肉の間質に存在する間葉系前駆細胞からサテライト細胞への機能的なリレーが必須であることを発見。
- ・筋トレによる物理的な刺激の増加を間葉系前駆細胞はYap/Tazを使って感知し、トロンボスポンジン1を分泌することで、サテライト細胞の増殖を誘導することを明らかにした。
- ・トロンボスポンジン1の受容体、CD47の刺激とサテライト細胞が眠るために必要なカルシトニン受容体の発現低下により、運動も損傷もない状態でサテライト細胞を増殖させることができた。人工的に二つの幹・前駆細胞を制御することで、筋肉が萎縮する病気に対する新たな治療法の開発につながることが期待される。
概要
大阪大学大学院薬学研究科 大学院生の金重紀洋さん(博士課程)、深田宗一朗准教授らの研究グループは、東京都健康長寿医療センター研究所の上住聡芳副部長らとの共同研究により、筋力トレーニング(筋トレ)による刺激に間葉系前駆細胞が反応し、その刺激を骨格筋の幹細胞―サテライト細胞―に受け渡すことで筋肉量増加(筋肥大)に重要な筋肉細胞(筋線維)の核数増加につながる事を世界で初めて明らかにしました(図)。
これまで、サテライト細胞は筋肉が壊れた際に増殖して修復に働く事はよく研究されていました。一方、最近の研究により筋トレによる筋肥大にも、修復ではなく筋線維に核を供給することで、サテライト細胞が重要な役割を担っている事が分かってきました。しかし、筋トレによる筋肥大の際には筋肉が壊れないことが観察されており、このような環境でどのようにしてサテライト細胞が増殖するのかについては解明されていませんでした。
今回、深田宗一朗准教授らの研究グループは、筋肉内に存在する別の細胞、間葉系前駆細胞に注目することにより、筋トレによる物理的な力の増加に間葉系前駆細胞が反応することを発見しました。その結果、間葉系前駆細胞はサテライト細胞が増殖するために必要な物質を分泌し、最終的に筋線維の核数が増え筋肉が肥大する事を解明しました。これにより、人工的に二つの幹・前駆細胞を制御することで、筋肉が萎縮する病気に対する新たな治療法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は,米国科学誌「Cell Stem Cell(セルステムセル)」のオンラインに、12月2日(木)午前1時(日本時間)に公開されました。
図 筋肉への物理的刺激が増加すると、間葉系前駆細胞内でYaP1/TaZが核に移動しトロンボスポンジン1を分泌させる。カルシトニン受容体の発現を失ったサテライト細胞はトロンボスポンジン1の存在をCD47を使って認識して増殖する。増殖したサテライト細胞は最終的に筋線維と融合することで、新しい筋線維の核となり筋肉量が増加する。
研究の背景
筋肉は我々の体の30-40%を占める最大の臓器であり、筋線維と呼ばれる多核細胞でできています。筋肉は寝たきりやギプス固定時のように、使用しない状態が続くと小さくなります。これを萎縮と言います。また、加齢によっても筋肉量は低下し、転倒による骨折や活動量低下につながることから、その予防法・治療法開発が世界中で精力的に研究されています。一方で、筋肉は、筋トレに代表されるように鍛えることで大きくなります。筋肉が大きくなるメカニズムが分かれば、萎縮治療の開発に役立つことが期待されます。筋肉が大きくなるためには筋線維がタンパク合成を盛んにすることと、筋線維の核が増加することの二つが重要であることが知られていました。さらに、筋線維の核が増加するためには、サテライト細胞とよばれる筋肉固有の幹細胞が増殖することが必要であることまでは分かっていました。しかし、どのようにしてサテライト細胞が増殖するかについては不明でした。これまでは、筋肉が壊れることでサテライト細胞が増殖していると信じられていましたが、十分な科学的根拠はありませんでした。逆に、筋肉が壊れなくてもサテライト細胞が増殖できることを以前の研究で深田宗一朗准教授らの研究グループは観察していました(https://elifesciences.org/articles/48284)。
研究の内容
深田宗一朗准教授らの研究グループでは、筋肉に存在する間葉系前駆細胞がいない状態では、筋トレモデルをマウスに誘導しても、サテライト細胞の増殖がほとんど起きないことを発見しました。さらに、細胞に物理的な力が加わると核に移動するYap/Tazが、筋トレ時の間葉系前駆細胞で非常に重要であることも解明しました。これは、筋トレにより発生する物理的な力を間葉系前駆細胞が感知していることを示唆しています。さらに、Yap/Tazが核に移動することで、間葉系前駆細胞がトロンボスポンジン1を分泌し、サテライト細胞が発現するCD47を刺激することで、サテライト細胞の増殖を誘導することも明らかにした。また、CD47刺激によるサテライト細胞の増殖には、サテライト細胞が発現するカルシトニン受容体の発現低下が必要であることも解明しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、筋肉が壊れなくても力学的負荷依存的に間葉系前駆細胞の働きによりサテライト細胞が増殖して、筋線維の核を増やすことができることが明らかになりました。これまでの研究成果から、サテライト細胞は筋肉が壊れる病気である筋ジストロフィーなどに対して、「移植」することで壊れた筋肉を作り直す効果が期待されています。これに加えて、今回の研究成果から、元々もっている全身のサテライト細胞を薬によって増やすという新たな治療法が実現できる可能性が示されました。筋線維の核は老化により形態異常が起きることから、サテライト細胞を利用した核補充療法による筋線維の若返りも期待されます。
特記事項
本研究成果は、2021年12月2日(木)1時(日本時間)に米国科学誌「Cell Stem Cell(セルステムセル)」オンラインに掲載されました。
タイトル:“Relayed signaling between mesenchymal progenitors and muscle stem cells ensures adaptive stem cell response to increased mechanical load”
著者名:Akihiro Kaneshige, Takayuki Kaji, Lidan Zhang, Hayato Saito, Ayasa Nakamura, Tamaki Kurosawa, Madoka Ikemoto-Uezumi, Kazutake Tsujikawa, Shigeto Seno, Masatoshi Hori, Yasuyuki Saito, Takashi Matozaki, Kazumitsu Maehara, Yasuyuki Ohkawa, Michael Potente, Shuichi Watanabe, Thomas Braun, Akiyoshi Uezumi, and So-ichiro Fukada
DOI:https://doi.org/10.1016/j.stem.2021.11.003
なお、本研究は科研費 基盤(B)、挑戦的萌芽、精神・神経疾患依託費、武田科学振興財団、アステラス病態代謝研究会、フランス筋ジストロフィー協会研究助成事業の一環として行われました。
この研究についてひとこと
筋トレ時のサテライト細胞の増殖は、筋肉が壊れるためだと言われています。この研究は、まずそれを自分たちで確かめ、筋肉が壊れなくてもサテライト細胞が増殖している証拠を得ました。骨格筋の分野では、乳酸蓄積による疲労説も間違っていたと言われています。一般の方にも浸透している情報でも、実は科学的根拠が十分でないものも沢山あり、世界の常識を覆す研究テーマになります。(深田宗一朗)
用語説明
間葉系前駆細胞
骨格筋に常在する多分化能をもった細胞。遺伝性筋疾患、老化筋、霜降り肉でみられる脂肪細胞の元となる細胞として上住、深田らが発見した細胞(https://www.nature.com/articles/ncb2014)。一方で、骨格筋の恒常性維持や再生にも必須であり、この細胞がいないと筋肉は老化した状態になる。
サテライト細胞
筋肉を作る元となる幹細胞。別名、骨格筋幹細胞とも呼ばれる。基本的には筋肉の細胞しか作ることができない。普段の状態では他の臓器にいる幹細胞と同じように眠った状態でいるが、筋肉が壊れたり、筋肉にかかる負荷が増大すると眠りから覚めて増殖を開始する。
Yap/Taz
細胞の増殖や細胞死を制御することで、臓器や器官のサイズを決定している因子。通常は、細胞質に存在しているが、細胞に物理的な刺激などが加わると核に移動して、特定の遺伝子発現を調整する役割を持つ。
トロンボスポンジン1
細胞外のタンパクや細胞表面上の受容体に結合するタンパクの一種。運動によりヒトでも筋肉内での発現が増加することは知られていたが、詳細な機能は分かっていなかった。
CD47
トロンボスポンジン1が結合する細胞表面上の受容体の1つ。
カルシトニン受容体
サテライト細胞が眠っている時にだけ発現している細胞表面上の受容体の1つ。
筋線維
骨格筋を構成する主たる細胞。我々の体で最大の細胞であり,数十センチの長さを持つものもある。また、1つの筋線維が数百の核を持つ多核細胞(核を複数もつ細胞である)。
詳細▶︎https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20211202_2
注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。