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歩行中の蹴り出し力が低下するメカニズムを解明 ―加齢に伴う歩行の変化の理解へ寄与―

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概要

東京都立大学大学院システムデザイン研究科機械システム工学域 大津創 博士後期課程学生(日本学術振興会特別研究員DC2)、同 原口直登 博士後期課程学生、同 長谷和徳 教授らの研究グループは、歩行中の蹴り出し力の低下が発生する2つのメカニズムを明らかにしました。

加齢に伴い歩行中に後方へ蹴り出す力が低下すると報告されています。また、この蹴り出し力の低下は、歩行の安定性に悪影響を与える要因の1つだと考えられています。しかし、この推進力と安定性の関係性は完全には明らかにされていません。大津らはこの関係性を2つの単純な歩行モデルを使用した数値シミュレーションによって明らかにしました。この研究では、停止に必要な歩数を安定性の間接的な指標として扱いました。

まず、推進力の低下は、歩幅の低下と歩行速度の低下の2つの要因で発生しました(図1aとb)。前者では停止に要する歩数が増加し(図1a)、後者ではその歩数が減少しました(図1b)。前者は、これまでの人の歩行に関する実験結果と一致していますが、後者は実験的に検討されていませんでした。これらの結果は、人の歩行における安定性と推進力の関係を明らかにする上で重要な知見となる可能性が高いです。さらに、歩行アシスト装置の制御設計への応用や高齢者の転倒予防リハビリテーションへの応用が期待されます。

 

本研究成果は、2022年3月30日(現地時刻)に、生体力学分野の国際誌である「Journal of Biomechanics」のオンライン版に掲載されました。

 

図1 推進力低下の2つのメカニズム

 

ポイント

  1. 1,今まで、実験的研究では明らかとされていなかった、歩行の蹴り出し力の低下のメカニズムを数値シミュレーション技術の活用によってその一部を解明することに成功した。
  2. 2,二足歩行が停止するまでに必要な歩数を安定性の間接的な指標として用いることにより、推進力と安定性の関係性から加齢による歩行の変化を説明することに成功した。
  3. 3,この研究の成果は、歩行アシスト装置の制御設計への応用や高齢者の転倒予防リハビリテーションへの応用が期待される。

 

研究の背景

高齢者における転倒は、若年者の転倒よりも重大な怪我に繋がりやすく、死亡率も高いと報告されています。そのような転倒の多くは歩行中に発生し、歩行障害やバランス障害がある方が転倒しやすいと報告されています。したがって、転倒数を減らすには、歩行中の安定性を調査することにより不安定な歩行をしている個人を特定することが重要です。

さらに、歩行中の安定性に悪影響を及ぼす要因を特定することは、歩行能力の向上や転倒リスクの低減を目的としたリハビリテーションに不可欠です。歩行中の蹴り出しによって生まれる推進力は、その要因の1つであると考えられています。しかし、この推進力と安定性の関係性は完全には明らかにされていません。大津らはこの関係性が明らかとなっていなかった理由の1つに、過去の実験的研究の限界点を挙げました。具体的には、推進力と安定性の関係を調査した実験的研究は、トレッドミル注)を使用し一定条件の歩行速度に対して、独立的に推進力を低下させるという実験でした。この研究では推進力の低下は歩幅の低下に繋がりましたが、推進力の低下は歩行速度にも影響を与えるはずです。したがって、推進力の低下の影響を調査するには、歩幅と歩行速度の両方の変化を捉える必要があります。しかし、歩幅を制御しながら推進力を変化させる実験は行われておらず、実際このような実験条件を設定することは困難です。

そこで、大津らは歩行シミュレーションを用いた研究によって、上記の問題が解決できるのではないかと考えました。シミュレーションによって明らかになった事実は、後の実験的研究の基盤となる可能性があります。歩行シミュレーションによって推進力と安定性の関係を明らかにすることを最終目標とし、その最初の段階として、2つの単純な歩行モデルを用いて、推進力と停止に要する歩数の関係を検討しました。

 

研究の詳細

この研究には、2つの単純な歩行モデルが使用されました(図2)。 

1つ目がsimplest walking modelです(図2a)。このモデルは人の立脚(地面に接地している脚)を倒立振り子として、遊脚(地面から浮いている脚)を振り子として表わしています。腰の部分にあるトルクばねの剛性を変えることによって、遊脚の動きを調整します。このトルクバネは股関節の筋肉を模倣しています。さらに、両脚が着いた瞬間に、蹴り出しによって生まれる力積(push-off impulse)と人の両脚支持期に受ける重力の力積(gravitational impulse)をモデルに与えることによってより人に近い歩行を再現しようと試みました。このpush-off impulseを使用して、蹴りだしによって生まれる推進力と歩行をするのに必要なコスト(歩行コスト)を計算しました。 

2つ目がリムレスホイールです(図2b)。このモデルは人の立脚のみを倒立振り子として表しており、脚の間の角度は常に固定されています。このモデルは二足歩行が停止するのに必要な歩数を計算するために、使用されました。simplest walking modelはpush-off impulseを加えることによって、周期的な歩行を達成することができますが、停止することが出来ません。したがって、simplest walking modelと同じ条件(歩幅と歩行速度)で歩行しているリムレスホイールにpush-off impulseをゼロにするという停止命令を与えた場合に、リムレスホイールが停止するのに必要な歩数を評価しました。歩数が少ないほど、停止状態に近い歩行を表します。これは、転倒歴のある高齢者の歩行戦略においても同様で、別な安定性尺度によって彼らが停止状態に近い歩行戦略を選択することが明らかとなっています。ゆえに、停止するのに必要な歩数は安定性の間接的な指標として用いられました。

 

図2 使用された2つの単純な歩行モデル

 

結果として、推進力の低下は、歩幅の低下と歩行速度の低下の2つの要因で発生しました(図3)。

まず歩行速度を変えずに推進力を低下させるには、simplest walking modelはトルクばねのバネ定数を増加させることにより、歩幅を短くする必要があることが明らかとなりました。この時、停止するのに必要な歩数が増加し、歩行コストが減少しました(図3a)。これらの傾向は一定の歩行速度において、若年者と高齢者を比較した場合の加齢に伴う変化と一致していました。

一方、歩幅を変えずに推進力を低下させるには、simplest walking modelはトルクばねのバネ定数を減少させることにより、歩行速度を遅くする必要があることが明らかとなりました。この時、停止するのに必要な歩数が減少し、歩行コストが減少しました(図3b)。これらの傾向は、実験的に検討されていませんでした。

上記の結果から、推進力の低下を捉えるには歩幅の低下と歩行速度の低下の両方を考慮するべきであることが明らかとなりました。その理由は、歩幅の低下と歩行速度の低下のどちらの影響が強いかによって、停止するのに必要な歩数や歩行コストに与える影響が異なることが明らかとなったからです。

 

図3 推進力低下と歩数、歩行コストの関係

 

研究の意義と波及効果

本研究により、歩行における推進力の低下のメカニズムを歩行のコストや停止に必要な歩数から明らかにしました。この結果は、加齢に伴う推進力の低下の原因解明につながる可能性があると考えられます。さらに、本研究の結果は、今後の実験研究において重要かつ基礎的な知見を提供することができます。また、本研究の成果は、歩行アシスト装置の制御設計への応用や高齢者の転倒予防リハビリテーションへの応用が期待されます。

 

用語解説

注)トレッドミル:屋内でランニングやウォーキングを行うための運動器具。ルームランナー、ランニングマシン、ジョギングマシンなどとも呼ばれる。また、歩行用の低速のものはウォーキングマシンとも呼ばれる。

 

発表論文

タイトル:“Investigation of the relationship between steps required to stop and propulsive force using simple walking models”

著者名:Hajime Ohtsu, Naoto Haraguchi, Kazunori Hase

雑誌名:Journal of Biomechanics, Volume 136, 111071

DOIhttps://doi.org/10.1016/j.jbiomech.2022.111071 

 

詳細▶︎https://www.tmu.ac.jp/news/topics/31738.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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