順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学の加賀英義 助教、代謝内分泌内科学・スポートロジーセンターの田村好史 准教授、河盛隆造 特任教授、綿田裕孝 教授らの研究グループは、文京区在住高齢者1,629名を対象とした調査により、2型糖尿病のみならず、男性では糖尿病予備群といわれる前糖尿病*1の段階から、サルコペニア*2のリスクが高いことを明らかにしました。
介護の原因として重要なサルコペニアは、2型糖尿病で発症リスクが高いことが知られていた一方で、前糖尿病とサルコペニアの関連は明らかではありませんでした。本研究の結果は、糖尿病になる前の段階から、サルコペニアのリスクについて注意する必要がある可能性を示しており、予防医学の観点からも、極めて有益な情報であると考えられます。本成果は「Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle」のオンライン版で公開されました。
本研究成果のポイント
・東京都文京区在住の高齢者1,629名を対象とした調査を実施。
・2型糖尿病まで至らない前糖尿病の段階でも、男性においてはサルコペニアのリスクが高いことを明らかにした。
・加齢、低いBMI*3、高い体脂肪率もサルコペニアのリスクとなっていることを明らかにした。
背景
超高齢社会を迎えた我が国では、介護を必要とする高齢者が増えています。介護の主要な原因として、加齢に伴う骨格筋量、筋力、身体機能の低下を特徴とするサルコペニアがありますが、糖尿病の高齢者は糖尿病のない高齢者に比べてサルコペニアのリスクが2倍程度高く、より注意が必要なことが知られています。その一方で、高齢化に伴い糖尿病予備群といわれる前糖尿病状態の人が増加しています。前糖尿病では、将来糖尿病になりやすいだけでなく、糖尿病患者と同様に、脳卒中や心筋梗塞といった心血管疾患のリスクが高いことが明らかになっています。そのため、近年では前糖尿病状態から動脈硬化症の予防が積極的に行われるようになりました。しかし、前糖尿病状態がサルコペニアのリスクとなっているかどうかはわかっていませんでした。そこで、本研究では、都市部在住高齢者を対象とした調査研究 Bunkyo Health Study(文京ヘルススタディー)*4において、前糖尿病とサルコペニアの関連を調査しました。
内容
本研究では、東京都文京区在住高齢者のコホート研究“Bunkyo Health Study”に参加した65~84歳の高齢者1,629名(男性687名、女性942名)を対象とし、身長・体重・体組成測定、握力・膝伸展、屈曲筋力などの筋力測定、歩行速度や開眼片脚立ち検査などの身体機能検査、75g経口糖負荷検査による耐糖能評価を実施しました。耐糖能の診断は、日本糖尿病学会の診断基準に従い、空腹時血糖値<110㎎/dlかつ、糖負荷後2時間血糖値<140㎎/dlかつ、HbA1c<6.5%の被験者を正常耐糖能、空腹時血糖値≧126㎎/dlまたは、糖負荷後2時間血糖値≧200㎎/dlまたは、HbA1c≧6.5%、または経口血糖降下薬を内服中の被験者を2型糖尿病、その他の被験者を前糖尿病と診断しました。サルコペニアは、AWGS2019の基準の握力(男性<28㎏、女性<18㎏)と生体電気インピーダンス法*5による骨格筋量(男性<7.0㎏/㎡、女性<5.7㎏/㎡)で診断しました。
正常耐糖能群、前糖尿病群、2型糖尿病群の3群に分類し、サルコペニアの有病率を比較しました。その結果、男性では、耐糖能が悪化するにしたがって、サルコペニアの有病率が上昇する一方、女性では2型糖尿病群でのみ、サルコペニアの有病率が増加していることが明らかとなりました(図1)。
さらに、年齢、BMI、体脂肪率、身体活動量、エネルギー摂取量、脳血管疾患の既往の有無で調整した結果、2型糖尿病群では正常耐糖能群と比べて、サルコペニアのリスク(オッズ比*6)が男性で約2.6倍、女性で約2.1倍有意に高まること、また、男性でのみ前糖尿病群で、正常耐糖能群と比べて、約2.1倍有意に高まることが示されました。さらに、男性、女性において、加齢や低いBMI、高い体脂肪率はサルコペニアの独立したリスクとなっていることも明らかとなりました(図2)。
図1: 耐糖能別のサルコペニアの有病率の比較
男性では、サルコペニアの有病率が、耐糖能が悪化するにしたがって上昇する。一方、女性では、2型糖尿病群でのみ、サルコペニアの有病率が高い。
図2 耐糖能とサルコペニアの有病率との関連
年齢、BMI、体脂肪率、身体活動量、エネルギー摂取量、脳血管疾患の既往で調整。 2型糖尿病群で、正常耐糖能群と比べて、サルコペニアのリスク(オッズ比)が男性で約2.6倍、女性で約2.1倍、男性の前糖尿病群で約2.1倍高い。
今後の展開
本研究により、都市部在住高齢者のサルコペニアの有病率やそのリスクが明らかとなりました。
糖尿病患者だけでなく、前糖尿病状態の男性でもサルコペニアの有病率が上がることから、運動や食事などの生活習慣の改善に早期から取り組むことが、糖尿病の予防のみならずサルコペニアの予防の観点からも重要であることが示唆されました。
我が国では、介護や支援を必要とする高齢者は年々増加しており、介護予防や健康寿命延伸のための対策が急務となっています。都市型高齢者コホートである文京ヘルススタディーは10年間の観察研究を予定しており、本研究を継続することで、サルコペニアのみならず、介護原因疾患のリスクや早期スクリーニング方法、さらには介入方法まで確立することを目指していきます。
用語解説
*1 前糖尿病(前糖尿病状態):
糖尿病予備群、境界型糖尿病とも呼び、正常耐糖能でも2型糖尿病にも属さない人々につく診断となります。前糖尿病は今後、糖尿病に進行したり、動脈硬化症のリスクであったりするため、治療(食事、運動などによる生活習慣の是正)が必要な疾患と考えられており、近年重視されている。
*2 サルコペニア:
骨格筋量が減少して筋力低下や、身体機能低下を来たした状態を指す。Asian Working Group for Sarcopenia (AWGS) 2019の診断基準がある。具体的には、握力(男性<28㎏、女性<18㎏)、歩行速度(1.0m/秒)や5回イス立ち上がりテスト(12秒以上)などの身体機能、骨格筋量の指標で診断する。
*3 体格指数(body mass index (BMI)):
その人がどれくらい痩せているか、太っているかを示す指数。体重(kg)を身長(m)で2回割って算出する。我が国では25 kg/m2以上を肥満、18.5kg/m2未満を低体重とする。
*4 Bunkyo Health Study (文京ヘルススタディー):
順天堂大学大学院医学研究科 スポートロジーセンターで行われている、東京都文京区在住の1,629名の高齢者を対象として、認知機能・運動機能などが「いつから」「どのような人が」「なぜ」低下するのか、「どのように」早期の発見・予防が可能となるか、などを明らかにする研究。
(参照:https://research-center.juntendo.ac.jp/sportology/research/bunkyo/)
*5 生体電気インピーダンス法(BIA; Bioelectrical Impedance Analysis):
身体に微弱な電流を流し、その際の電気の流れやすさ(電気抵抗値)を計測することで体組成を推定する方法。
*6 オッズ比:
ある疾患などへの影響度(関連しやすい)を示した尺度のこと。オッズ比が1より大きいと影響度が大きい(強い関連がある)ことを意味する。
原著論文
本研究成果は「Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle」のオンライン版(2022年9月2日付 )で公開されました。
英文タイトル:
Prediabetes is an independent risk factor for sarcopenia in older men, but not older women: The Bunkyo Health Study
タイトル(日本語訳):
前糖尿病の高齢男性はサルコペニアの独立したリスク因子であるが、高齢女性ではそうではない:文京ヘルススタディー
著者:
Hideyoshi Kaga1, Yoshifumi Tamura1,2,3, Yuki Someya2, Hitoshi Naito1, Hiroki Tabata2, Saori Kakehi2, Nozomu Yamasaki1, Motonori Sato1, Satoshi Kadowaki1, Ruriko Suzuki1, Daisuke Sugimoto1, Ryuzo Kawamori1,2,3, Hirotaka Watada1,2
著者(日本語表記):
加賀英義、田村好史、染谷由希、内藤仁嗣、田端宏樹、筧佐織、山崎望、佐藤元律、門脇聡、鈴木瑠璃子、杉本大介、河盛隆造、綿田裕孝
著者所属:
1.順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学、2.スポートロジーセンター、3.スポーツ医学・スポートロジー
DOI:10.1002/jcsm.13074
本研究は、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業/S1411006、JSPS科研費/18H03184、ミズノスポーツ振興財団、三井生命厚生財団の研究助成を受け実施しました。
また、本研究に協力頂きました参加者様のご厚意に深謝いたします。
詳細▶︎https://www.juntendo.ac.jp/news/20220906-02.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。