リハビリテーション学×建築学 高齢患者に自宅見取り図を用いた転倒予防指導が有効であることを実証

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<本研究のポイント>

・急性期病院から退院した高齢整形外科患者は転倒発生率が高く、再転倒予防の適切な指導を行うことが喫緊の課題

・自宅訪問指導の代替手段として、退院時に自宅見取り図を用いた転倒予防指導を実施

・転倒は 2 か月、ヒヤリハットは 3 か月の転倒予防効果を実証

<概 要>

大阪公立大学大学院 リハビリテーション学研究科の上田 哲也助教らの研究グループは、急性期病院に整形外科疾患で入院している転倒歴のある 65 歳以上の高齢者 60 名を対象に、一般的な運動療法のみのグループ 30 名(対照群)と、運動療法に加え退院時に自宅見取り図を用いた転倒予防指導を行ったグループ30 名(介入群)にわけ、退院後の転倒およびヒヤリハットの発生について 6 か月間の追跡調査を行いました。

その結果、退院後 2 か月で対照群では 7.7%転倒が発生しましたが介入群では発生しませんでした。ヒヤリハットは、3 か月間で介入群が有意に少ない結果がみられました。それ以降は両群で有意差はみられませんでした。

転倒は健康寿命を短くする主要な要因です。超高齢社会が進む中、多忙かつ患者の入れ替わりが激しい急性期病院で広く採用しやすい転倒予防施策の確立が重要と考えられます。

本研究成果は、2022 年 9 月 4 日「International Journal of Environmental Research and PublicHealth」に(オンライン)掲載されました。

研究者からひとこと

病院での在院日数短縮が加速化している昨今の医療情勢において、十分に動作レベルが回復していない、いわゆる「転倒予備軍」の増加が見込まれており、退院患者さんに対して再転倒予防のための適切な指導を行うことが喫緊の課題になっています。その中で、本研究では、退院時に、患者さんに描いてもらった自宅見取り図を用いて再転倒予防介入を行った結果、退院後早期では有用である可能性が示唆されました。急性期病院の退院指導として在宅支援の拡張的役割を果たす意味において、本研究は一定の見解が得られたものであると考えます。(上田 哲也助教)

<研究の背景>

転倒は、高齢者にとって健康寿命や生活の質の維持・向上を阻害する要因であり、急性期病院からの退院患者は、地域在住高齢者に比して転倒発生率が高いと報告されています。また、退院患者の転倒場所は、屋外よりも屋内での転倒発生率が高く、特に居間・寝室・台所・浴室等の日常生活で使用する頻度が高い場所で転倒することが多いです。

転倒要因は一般的に内的要因と外的要因に分けられ、地域在住高齢者に対する転倒予防介入としては、内的要因単独での介入や外的要因単独での介入、また近年では内的要因及び外的要因を組み合わせた多要因への介入の有効性が確立されてきています。従来、急性期病院では下肢筋力強化、動的バランス、応用的な歩行練習等の内的要因に重点をおいた転倒予防指導は行われてきたものの、患者宅を訪問し家屋評価による転倒リスクを改善する外的要因の介入併用は、実現可能性の低い方法でした。そこで我々は、2017 年発表の調査で、急性期病院の退院患者に対する外的要因への転倒予防介入として、患者が描いた自宅見取り図上で家屋評価を行い、転倒リスクの高い屋内箇所の改善方法を指導したところ、退院後 1 ヶ月までの転倒予防効果を確認しました。自宅見取り図を用いた転倒予防指導は、退院患者の身体機能に関する評価・治療に加え、自宅訪問に依らない簡易な住環境へのアプローチ方法として臨床的な有用性が高いと考えられます。

しかしながら、自宅退院した患者の 40-50%が 6 ヶ月以内に転倒しており、自宅見取り図を用いた退院前の転倒予防指導の効果が、果たして退院後 1 ヶ月以降も持続するのかを確認する必要がありました。そこで今回、入院中の高齢患者に対して、退院前に自宅見取り図を用いた転倒予防指導を行うことで、長期的な再転倒予防効果が得られるかを検証することを目的としました。

<研究の内容>

急性期病院の整形外科病棟に入院した 65 歳以上の高齢者のうち、過去一年間に転倒歴があり、移動能力は屋内自立レベル(歩行補助具の有無不問)にて自宅退院する方、60 名を対象にしました。本研究に同意を得られた対象者に対して、無作為に対照群と介入群へそれぞれ 30 名ずつとなるよう割り付けを決定後、自宅退院までに介入を行いました。

退院前の指導は、自宅退院前日及び当日に対象者本人に対して行いました。対照群には、疾患特性に応じた一般的な運動療法を自主トレーニングプログラムとして退院前に指導しました。介入群には、対照群と同様の自主トレーニング指導に加え、対象者の自宅見取り図を用いて、生活動線上にある既知の転倒リスク因子(段差、滑りやすい敷物や履物、十分な明るさがない暗所、整理整頓されていない場所)に対して、転倒予防に効果的とされる改善方法を、患者の自宅に応じて個別に助言しました。退院後、追跡調査として、自宅内での転倒及び転倒のヒヤリハットを、退院後 6 ヶ月間行いました。

対象者 60 名のうち、6 ヶ月の追跡調査が完了したのは 51 名(追跡率 85%)でした。転倒は 2 ヶ月間で対照群では 7.7%発生したのに対し、介入群では発生しませんでした。2 ヶ月以降は介入群でも転倒がみられ、両群間で有意差はみられませんでした(Kaplan-Meier 法※1で比較分析を実施)。なお、両群ともに、転倒に伴う怪我や外傷などの有害事象は発生しませんでした。(図1参照)

ヒヤリハットは 3 ヶ月間で介入群が有意に少なかった(p<0.05)ですが、3 ヶ月以降両群間で有意差はみられませんでした。(図2参照)

 

すなわち、自宅見取り図を用いて再転倒予防介入を行った本研究は、転倒及び転倒のヒヤリハットともに、退院後早期で再転倒予防効果が認められたと考えられます。

<今後の展開>

本研究は、単一施設内で実施した研究であるため、今後は、多施設において介入試験を進めていくことが重要であると考えられます。また今回の退院時の介入のみでは、長期的な転倒予防効果は認められなかったことから、退院後においても介入を加えることを検討していく必要があります。

上記を再検討し、今後、全国規模での多施設共同介入研究を行う予定です。

掲載誌情報

雑誌名: International Journal of Environmental Research and Public Health

論文名: Fall Prevention Program Using Home Floor Plans in an Acute-Care Hospital:A Preliminary Randomized Controlled Trial

著者: Tetsuya Ueda, Yumi Higuchi, Tatsunori Murakami, Wataru Kozuki, GentokuHattori, Hiromi Nomura

掲載 URL: https://doi.org/10.3390/ijerph191711062

<用語解説>

※1 Kaplan-Meier 法…イベント(転倒や転倒のヒヤリハット)が発生するまでの時間を分析する生存時間分析の手法。 

詳細▶︎https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-02543.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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