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ドラムを演奏すると、腰がだるくなる方への対処方法【山本篤先生|理学療法士】

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ドラム演奏をしていると腰が痛くなる

 

山本篤先生  「ドラムを演奏していると腰がダルくなる」


ドラムはとても馴染みがあり、よく見かける楽器だと思います。お客さんとして演奏を聴いていると、 「どうしてあんなにバラバラの動きができるんだ?」とお思いになられることでしょう。

 


そのあたりをドラム奏者に尋ねてみると、「うーん、考えたこともないなぁ」「身体が勝手に動くしね」「楽しんでやっているよ」といった答えが返ってきます。


それもそのはずで、あのドラムの音のフレーズは、いわゆる動きのパターンで鳴らしています。

 

あたかもシナリオ通りであるようなバスケットボールのノールックパスの動きや、野球のライナー性の打球を、0.5秒以内でミットに収める内野手の動きのように、その状況において選択し得る様々な動きのパターン(=ドラムのフレーズ)から瞬時に最適な動き(=心地よいフレーズ)を選び出し、そのパターンを正確に再現しているのです。


さて、そのようなミラクルなドラマーにおいて、よく耳にするのが腰の痛みやダルさです。 ドラムを演奏する時に使う椅子をドラムスローンと呼びますが、このスローンは座るためにあるとは言いがたい大きさです。


それもそのはずで、椅子にしっかり座ってしまうと、ドラマーはたちまち演奏できなくなってしまいます。

 

つまり、スローンは単なる身体と地面の接点に過ぎないので、演奏に適した身体運動を行うためには、腰の能動的かつ積極的な動きが大変重要になります。

 

今回は、ドラム奏者の腰について、理学療法士の視点から探ってまいります。

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ドラムの紹介

ドラムの役割


音楽の3要素として「メロディー(旋律)」「ハーモニー(和音)」「リズム(拍子)」があります。そのなかで、ドラムはもちろん「リズム」の役割を果たします。

 

このリズムには強拍と弱拍があり、この組み合わせや数の違いで、ワルツや行進曲など、様々な音楽の拍子を表現することができます。

 


ドラムは、この拍子を表現する様々な音色や音程を発する楽器を、一人の奏者が演奏できるようにコンパクトにまとめた楽器です。

 

低い音を出すバスドラム(※略してキックと言われます)や、高い音を出すスネアドラム(※スネア)、いくつかの中間の音を出すタムタム(※タム)、リズムを刻むハイハットシンバル(※ハット)とライドシンバル(※ライド)、アクセントをつけるクラッシュシンバル(※クラッシュ)、お馴染みのタンバリンや特徴的な音のカウベルやアゴゴといった個性的な楽器(※パーカス)をドラムに取り付けることもできます。

 


このドラムの「リズム」に、ベース等の低音楽器とピアノ等の鍵盤楽器が「ハーモニー」を合わせ、サックスやヴォーカルといったパートが「メロディー」を乗せて、感動的な音楽が生まれます。

 

ドラム奏者の座り方


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まずはドラム奏者の座り方をご覧ください(写真)。 みぎ足尖はキックを鳴らすためのビーターと呼ばれる部品を動かすためのペダルに乗せ、ひだり足尖はハットの音を変化させることができるペダルに乗せます。



これらのペダルは、踵側において左右方向に軸が通っており、その軸を回転軸として足尖側が上下します。 このペダルにはスプリングが付いており、ペダルに力を加えなければ、ペダルの足尖側が上がっている状態に保ちます。



そのため、音を出すときにはペダルを踏み込んで、キックであればビーターを打面(ヘッドといいます)に当てて鳴らし、ハットであれば上側のシンバルを下に下ろして音を鳴らします。

 

このペダルを操作する際には、踵をペダルに置いたまま足底全体で勢い良く踏み込んだり、踵を浮かして足尖だけ細かく動かしたりと、表現したい音に合わせて様々な動きのバリエーションがあります。



つまり、下肢帯はペダルの繊細な操作に使われるため、通常の端座位のように下肢帯の質量を足底や大腿背側にかけることができない状態です。ここがドラム奏者の坐位保持の大きなポイントです。


また、両側上肢は、スネアやタムやシンバル類を演奏するために、リーチが可能な範囲で様々に動きます。このため、骨盤の柔軟な動きを基礎とする、脊柱全体のしなやかな動きが大変重要となります。

 

ドラム演奏をしていると腰が痛くなる

ドラム奏者の座り方の特徴

 山本篤先生 通常の端座位をとる場合、上半身の質量は、主に脊柱の椎体を経由して仙骨に伝えられ、腸骨を経て坐骨で支持されます。バックレストがある場合は、その傾斜の度合いに応じて力学的ベクトルにより分けられた質量が、脊柱棘突起や肋骨角を経てバックレストへと分散されます。


股関節から先の下肢帯の質量については、下腿長と座面の高さ等の諸条件により違ってきますが、大腿背側の軟部組織を介して大腿部が椅子に、足底を介して下腿部が床面に支持されます。


さて、ドラム奏者ではどのようになるのでしょうか。 ドラム演奏時においては、前述のキックやハットのペダル操作が必要となります。



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ペダル本体はそれぞれの楽器に固定されていますので、その場所が動くことはありません。しかし、ペダル操作のほとんどが「踵を浮かした状態」から踏み込んで演奏します。

 

この理由は、踵をペダルに着けたままだと、距腿関節の回転運動が中心となるため、素早い連続した動きが行いにくくなったり、強弱をつけにくくなったりするためです。


つまり、前述のとおり、両側の下肢帯は、常時体重の支持に使うことができない状態なのです。

 

また、スローンはとても小さく、バックレストはありません。最近になって仙骨を当てる隆起があるものや、大腿部背面を圧迫する事のないように、スローンの前縁にテーパーがついたものが見受けられるようになりましたが、基本的には坐骨のみを載せるものです。


以上のことから、スローンの上では、通常の端座位とは違う身体機能が求められます。そして、この機能こそが、ドラム奏者の腰痛の原因にもなっています。
 

ドラム演奏時の下肢帯挙上と腰椎後弯


では、ドラム奏者の腰痛はなぜ起こるのでしょうか。 合宿に参加したドラム奏者や、その他のドラム奏者において腰の疼痛について聴取し、動作を確認すると、多くのドラム奏者は腰椎後弯の状態で演奏していることが多いことに気づきます。

 

これには理由がありますので、運動学的に論じてまいります。
 

両足の動きと接触面

ドラムを演奏する際、前述のとおり両側の下肢帯は常時ペダルを操作します。

 

その際は、踵を床面に着けずに、膝関節から遠位を空中に浮かせた状態で、(1)足趾の屈曲-伸展(2)足部の内返し-外返し(3)距腿関節の底屈—背屈(4)膝関節の屈曲-伸展(5)股関節の伸展(6)下肢帯全体の落下 等の様々な動きを組み合わせてペダルを踏み込み演奏します。


これらの動きが演奏に必要なことから、通常の端座位において体重支持に利用される、大腿背側面に対する座面からの反力や、足底や踵骨に対する床面からの反力を利用した坐位姿勢の保持は不可能なのです。
 

両足の重量と体幹の平衡維持

さて、ペダルを操作するために空中に浮かせた下肢帯の質量は、いったいどこが支えているのでしょうか。

 

下肢帯が空中に浮いている事実が持続する限りにおいては、必ずどこかの関節で回転運動が生じており、その回転運動を生じさせるエネルギーが常時消費されているはずです。


体重に対する下肢帯の質量は、一側で17%です。それだけの質量を、大腿骨頭を回転軸として、引力に逆らって鉛直方向に引き上げる仕事を、股関節周囲の筋群は課せられます。


この課題を達成するため、大腿骨を鉛直方向に引き上げるための大腰筋および腸骨筋、大腿直筋、小殿筋、縫工筋、大腿筋膜張筋、大腿直筋直頭および反転頭の収縮のみならず、ごく僅かながら内転筋群の拮抗筋として作用する大腿筋膜張筋および中殿筋、また、大腿骨頭を臼蓋へと求心性に固定し、大腿骨の運動をより円滑に行わせるための長内転筋および短内転筋、梨状筋、上双子筋、内閉鎖筋が協働して収縮することが想定できます。
 

ドラム演奏をしていると腰が痛くなる

股関節周囲の筋群の短縮だけで下肢帯を浮かせ続けられない

山本篤先生  先に上げた股関節周囲の多くの筋群の協働的な収縮によって、下肢帯を鉛直方向に浮かすことができます。しかしながら、スローンに座っている状態の股関節は屈曲位にあるため、股関節周囲の多くの筋肉の解剖学的筋長からみると比較的短縮位からの筋収縮を行っていることになります。

 

これでは、筋肉の弾性や可塑性を十分に運動に反映させることができず、また持続的な筋収縮により、筋線維内の毛細血管の血流促進が行われにくくなるため、早くにパフォーマンスが低下することが容易に想像できます。
 

ドラム奏者の身体の中のやじろべえ

そこで、股関節周囲の比較的短く小さな筋群の収縮だけで下肢帯を浮かすのではなく、一側およそ体重の17%もの下肢帯の質量を、身体の他の部位とやじろべえのように”釣り合わせる”ことで無理なく浮かせ、膝関節より遠位を自由に動かせる状態にしてペダルを操作するという運動方法が選択肢として浮かんでまいります。


その運動方法とは、左右の下肢帯合わせて34%もの質量を、骨盤より頭側の体幹の質量と”釣り合わせる”というものです。そして、それを可能にさせるのが骨盤帯の後傾なのです。

 

骨盤帯の後傾



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下肢帯の質量を体幹の質量と釣り合わせるためには、身体の中で支点となる場所が必要です。

 

そして、ドラム奏者の演奏姿勢の中で、その支点として利用できる場所は、スローンに接している両側の坐骨それのみということになります。


坐骨は、矢状面上において最も積極的な運動が行いやすい形状となっており、端座位においても骨盤の前傾−後傾が行いやすくなっています。

 

この形状を利用して、坐骨を支点として、腹側のレバーアームとして下肢帯の質量を、背側のレバーアームとして体幹の質量を準備し、釣り合いをとる方法を選択するのです。

背側のレバーアームとしての体幹


さて、坐骨を支点として、下肢帯の質量と釣り合いをとるために体幹の質量を利用しますが、体幹の自然な伸展位のまま後方に倒してしまうと、転倒することはもちろんですが、そもそもドラムを演奏することができません。

 

なぜなら、タムタムやスネア、シンバル類を叩くためには、両側の上肢帯は体幹腹側のはるか前方で自由に動かなくてはならないためです。


つまり、体幹は、腹側の下肢帯の質量に対する背側への釣り合い重りの役割を果たしながらも、頭側では上肢帯の腹側での自由な運動を可能にさせなければならないという、力学的に矛盾した機能を、矢状面上で同時に求められるのです。


そこで、ドラム奏者は、腹側の下肢帯の質量に対する背側への釣り合い重りとして、骨盤の後傾と腰椎の後弯を行わせます。しかし、残念ながらその骨盤帯の後傾に伴って、脊椎全体のSカーブが破綻し、腰椎には後弯が生じ、腰痛の原因となっています。


また同時に、上肢帯の腹側へのリーチを可能にするために、胸椎後弯を伴わせて肩甲帯を前方に保持するという、全体的に円背の姿勢となり、ここでも脊椎全体のSカーブが破綻してしまいます。 これらの要因が複合的に組み合わされ、ドラマーの腰痛はなかなか改善が困難となってまいります。

腰椎後弯の解決方法 

山本篤先生 では、ドラム演奏時の腰椎後弯による腰痛に対しては、どのような練習方法があるのでしょうか。 これは、どこまで意識して骨盤帯の前傾と後傾を積極的に行ってゆくかにかかっています。



多くのドラマーにおいては、前述のとおり脊柱全体を後弯に固定して演奏することが多いことでしょう。ドラムを演奏するにあたっては、体幹が矢状面上で、そのアライメントが固定されがちであることに気づくことができた時、ドラマーは身体に対して意識することを始めることができます。


キックとハットを演奏するためのペダルの形状は変えられませんし、それらのペダルを操作するためには下肢帯を浮かさなくてはならないことも変えられません。

 

であるならば、骨盤の前傾を、いかに表現に合わせて組み入れてゆくかということになります。


タムやシンバル類を演奏する時に、肩甲上腕関節の屈曲や肩甲胸郭関節の上方回旋、胸椎での回旋による上肢帯のリーチに依存するのではなく、スローンの上で坐骨を腹側に”転がして”骨盤帯を前傾させながらそれらを演奏するという選択肢を持つと、矢状面において、骨盤帯および脊柱を積極的に動かすことができるようになります。


しかしながら、スローンの上で坐骨を転がす運動の支点や力源を、通常の座位保持や立ち上がり時の様に股関節に求めることはできません。なぜならば、キックとハットのペダルを演奏するために、すでに股関節は屈曲位で保持されているからです。



さらには、通常の椅子においては、大腿部の背側面と椅子の座面との間に生じる摩擦力によって行われる固定によって、大腿骨をアンカーとして腸骨筋や大腿直筋、大腿筋膜張筋等で骨盤を前傾方向に転がす運動は、スローンの形状が小さいためにできないからです。

 

そのため、ドラム演奏中に骨盤を前傾させるためには、体幹腹側の筋群を用いて体幹を前傾させて上半身の質量を固定点として利用し、その動きと同時に、仙骨に付着を持つ背部の筋群を収縮させて骨盤を腹側に”転がす”ことが必要となります。


つまり、背部の筋群については、骨盤帯に起始を持ち、上半身を伸展・回旋させるというオープンキネティクチェインではなく、上半身が骨盤を動かすというクローズドキネティックチェインで考えることになります。

 

この動きは、演奏中においては無意識に再現することは困難であるため、普段の練習の段階や、その練習に入る前の準備運動として、普通の椅子に端座位をとって骨盤を”転がす”経験をしておくことが大切です。

 

慣れてくれば坐位でも立位でもこの運動は可能ですので、理学療法士がその動きを、デモンストレーションを交えながら指導することも良いかと存じます。
 

まとめ


山本篤先生 ドラマーの腰痛は「職業病」と捉えられていることが多いものです。

 

しかしながら、なぜ腰痛が起こるのかということを、動作分析から理学療法的に読み解いてゆくと、ご高齢の方の車椅子坐位がなぜ辛いのかといったことや、THA後の体幹伸展能力の低下がなぜ高頻度に認められるのかといったことと、原因が共通していることもあるのです。


すなわち、人間の活動によって為される行動の分析は、そのほとんどの場面で理学療法士の視点を活用することができるということになります。

 

長時間の練習に耐えぬくことが必要といった考え方や、とにかく筋トレをして鍛えるといったことがまだまだ散見されるのが音楽家の身体の世界です。

 

その音楽家の世界に、「演奏 ”運動”」といった概念が受け入れられれば、身体の故障に悩む音楽家の方も減ってくるのではないかと考えています。

 

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