本研究のポイント
○低栄養を伴う入院中の後期高齢者に対して、日々の食事でたんぱく質の摂取量を増やす栄養指導が筋力や筋量、日常生活動作(ADL)の維持・改善に貢献しうるかを多施設共同ランダム化比較試験で検討しました。
○試験参加者を強化治療群と標準治療群にランダムに割付け、1日のたんぱく質摂取量の目標を強化治療群では1.5 g/kg体重/日、標準治療群では1.0 g/kg体重/日として管理栄養士が継続的に指導しました。
○標準治療群と比較して、強化治療群では、握力の有意な改善を認め、骨格筋指数やADL指標であるBarthel指標、Lawton尺度もより改善傾向にありました。・低栄養を伴う後期高齢者の筋力改善に対して、日々の食事を工夫してたんぱく質の摂取量を増やす栄養指導の有効性が確認されました。
研究概要
超高齢社会を迎えた日本では、健康寿命、すなわち、『健康上の問題で日常生活動作(ADL, Activities of Daily Living)(注1)が制限されることなく生活できる期間』をいかに延長するかが喫緊の課題となっています。本研究では、「治療可能ながん」や「肺炎」、「骨折」、「尿路感染症」の治療目的で国内の7つの医療機関に入院中で低栄養を伴う後期高齢者を対象に、退院前及び退院後に日々の食事でたんぱく質の摂取量を増やすことが握力や骨格筋指数、ADLを改善しうるか検討すべく、6か月間の多施設共同探索的無作為化比較試験を実施しました。主要評価項目として、握力、骨格筋指数(SMI, SkeletalMuscle Index)(注2)、ADL評価指標であるBarthel指標、Lawton尺度の変化量を評価しました。169名の対象者を強化治療群83人と標準治療群86人に無作為に割付け、1日のたんぱく質摂取量の目標を、強化治療群では1.5 g/kg体重/日、標準治療群では1.0 g/kg体重/日となるよう、管理栄養士が継続的に指導しました。6か月間観察ができ、かつ予定した臨床データを全て収集できた、強化治療群44人、標準治療群49人を解析しました。
強化治療群では、標準治療群に比して、握力の有意な改善を認めました(6ヵ月間の握力の変化量:強化治療群+1.11kg、標準治療群-0.18kg)。骨格筋指数(強化治療群+0.07kg/m2、標準治療群+0.02 kg/m2)、Barthel指標(強化治療群+1.71点、標準治療群+0.61点)、Lawton尺度(強化治療群+0.07 kg/m2、標準治療群+0.02 kg/m2)は、標準治療群に比べて、強化治療群でより改善する傾向を認めましたが、統計学的に有意ではありませんでした。
以上から、さまざまな病気の後期高齢者に対して、日々の食事を工夫してたんぱく質の摂取量を増やすよう、管理栄養士が継続的に指導することが筋力を改善することを明らかにすることができました。
本研究は、日本医療研究開発機構循環器疾患・糖尿病生活習慣病対策実用化研究事業「後期高齢者のADL維持・改善に着目した栄養療法の開発」(研究代表者清野裕)の一部として、関西電力医学研究所、関西電力病院、岐阜大学等の共同研究として実施され、その成果は、日本時間2023年4月22日(土)に国際専門誌Nutrients誌に掲載されました。
研究背景
超高齢社会を迎えた日本では、健康寿命、すなわち、『健康上の問題で日常生活動作(ADL)が制限されることなく生活できる期間』をいかに延長するかが重要な課題となっています。様々な病気をもつ高齢者では、栄養状態を改善することでADLを改善できる可能性が指摘されています。ADLの維持・改善するには、筋肉量や筋力をいかに増やし、保つかが重要です。筋肉量や筋力を維持するには、十分な量のたんぱく質を摂取する必要があります。高齢者では現体重1kgあたり1.2g/日から1.5g/日のたんぱく質の摂取が推奨され、熱傷や外傷、低栄養の場合には現体重1kgあたり2.0gのたんぱく質の摂取が必要という報告もあります。一方、高齢者ではたんぱく質の摂取が不足がちであるという報告もあります。実際、3カ月程度という短い観察期間ですが、高齢者が十分な量のたんぱく質を摂取することで身体機能が改善されることが示されています。しかし、より長い期間観察した場合にどのような結果が得られるか、また、低栄養を伴う高齢者において、サプリメントを用いるのではなく、日々の食事を工夫してたんぱく質の摂取量を増やすことが、ADLの維持・改善に貢献するか、十分な検討がなされていません。
研究成果
「治療可能ながん」や「肺炎」、「骨折」、「尿路感染症」の治療目的で、関西電力病院をはじめ、国内の7つの医療機関に入院中で低栄養リスク(注3)のある75歳以上の後期高齢者を対象に、退院後、日々の食事でたんぱく質の摂取量を増やすことで握力や骨格筋指数、ADLを改善しうるか検討すべく、6か月間の多施設共同探索的無作為化比較試験を実施しました。主要評価項目として、握力、骨格筋指数、ADLを評価するBarthel指標、Lawton尺度の変化量を評価しました。本研究の趣旨に同意した参加者169名を、性別、骨格筋指数、入院時の主要疾患(がん、骨折、尿路感染症、肺炎)を考慮して、強化治療群83人と標準治療群86人に1対1に無作為に割付けました。参加者は退院前、退院3カ月後、退院6か月後、医師による原疾患および併存する疾患に対する標準的な治療を、管理栄養士による栄養指導(強化治療群たんぱく質1.5g/体重kg/日;標準治療群たんぱく質1.0g/体重kg/日)をそれぞれ受けました。管理栄養士による栄養指導では、食品摂取頻度調査票(FFQ,Food Frequency Questionnaire)(注4)を用いて、参加者の日々の食事摂取状況を把握して行い、たんぱく質の1日の総摂取量を単純に増やすのではなく、3食バランス良くたんぱく質を摂取するように指導を行いました。また、強化治療群、標準治療群共に、腕と脚の軽いレジスタンス運動に関するパンフレットをみながら週6回(3種類の運動を1日10回実施、同じ運動は2日連続で行わない)実施するように助言を受けました。
計画した6か月間の観察期間を終了し、かつ予定したデータを収集できた、強化治療群44人、標準治療群49人について解析を実施しました。退院後6カ月間でエネルギー摂取量は、強化治療群、標準治療群共に増加し、特にたんぱく質の摂取量は強化治療群でのみ統計学的に有意な増加を認めました(強化治療群退院前1.0 g/kg体重/日、退院6か月後1.3g/kg体重/日;標準治療群退院前1.2 g/kg体重/日、退院6か月後1.2 g/kg体重/日)。強化療法群では大豆製品や肉、卵の摂取が増えたことで、たんぱく質の摂取量が増加しました。
強化治療群では、標準治療群に比較して、握力の有意な改善を認めました(6ヵ月間の握力の変化量:強化治療群+1.11 kg、標準治療群-0.18 kg)(図1)。また、骨格筋指数(強化治療群+0.07 kg/m2、標準治療群+0.02 kg/m2)やADL指標であるBarthel指標(強化治療群+1.71点、標準治療群+0.61点)、Lawton尺度(強化治療群+0.07点、標準治療群+0.02点)は、標準治療群に比べて、強化治療群でより改善傾向にありましたが、統計学的に有意な差は認めませんでした。なお、たんぱく質の過剰摂取が腎臓のはたらきを低下させる可能性が指摘されていますが、たんぱく質摂取量の有意な増加を認めた強化治療群においても腎臓のはたらきの指標であるeGFRの変化量は、標準治療群と同等でした。
図1.退院後の握力の変化率退院前の握力を基準として退院6か月後の握力の変化率を強化治療群と標準治療群で比較しました。強化治療群では、標準治療群に比較して、退院後6か月間に有意な握力の改善を認めました。
以上から、管理栄養士による栄養指導により、日々の食事を工夫してたんぱく質の摂取量を増やすことが、腎臓のはたらきを悪化させることなく、筋力の改善に有効であることが明らかになりました。
今後の展開
超高齢社会を迎えたわが国では、健康寿命の延伸に資する栄養療法の確立が喫緊の課題です。低栄養リスクのある高齢入院患者に対して、日々の食事を工夫してたんぱく質の摂取量を増やす栄養指導が、筋力の改善に有効であるという本研究から得られた知見を、日本病態栄養学会や日本栄養療法協議会(注5)を通して各学会に共有し、ガイドライン等に盛り込んでもらうことで全国の医療機関での栄養指導に反映されることを期待しています。本研究の成果を踏まえ、全国の医療機関に対して、低栄養リスクのある高齢者入院患者に対して、たんぱく質を1.3 g/kg体重/日以上の食事の提供可能性を調査したところ、30%以上の医療機関が「食材料費不足」が主な理由として提供困難と回答しています。このことから、高齢者のADL維持・改善に資するたんぱく質を強化した給食提供を可能にするよう、食事療養費に係わる加算など診療報酬の調整に向け働きかけすことも必要です。
高齢者は糖尿病や高血圧症、慢性腎臓病などの基礎疾患を複数有しており、たんぱく質の摂取量を増やすことが必ずしも望ましくない場合もあります。複数の疾患を有する高齢者に対して、どのような栄養指導を行うと健康寿命の延伸に資するかという点について診療データや健診データ等を蓄積し、機械学習等を駆使して研究を行っていくことも重要と考えています。
論文情報
雑誌名:Nutrients
論文タイトル:Efficacy and safety of 6-month high dietary protein intake in hospitalized adults aged 75 or older at nutritional risk: An exploratory, randomized, controlled study.
著者:Shota Moyama1,2, YuichiroYamada1.2, Noboru Makabe1,2,3, Hiroki Fujita4, Atsushi Araki5, Atsushi Suzuki6, Yusuke Seino6, Kenichiro Shide7, Kyoko Kimura8, Kenta Murotani1,9 , Hiroto Honda10, Mariko Kobayashi11, Satoshi Fujita12, Koichiro Yasuda13, Akira Kuroe14, Katsushi Tsukiyama15, Yutaka Seino1,3, and DaisukeYabe1,16*
所属:1関西電力医学研究所,2関西電力病院,3美作大学, 4秋田大学,5東京都健康長寿医療センター,6藤田医科大学,7京都大学,8盛岡大学,9久留米大学,10藍野大学,11摂津市役所,12立命館大学,13済生会野江病院,14彦根市民病院,15小林記念病院,16岐阜大学
DOI:10.3390/nu15092024
用語解説
1)日常生活動作(ADL, Activities of Daily Living)
高齢者等の身体能力や日常生活レベルをはかるための重要な指標としてリハビリテーションの現場や介護保険制度において用いられます。基本的日常生活動作と手段的日常生活動作があります。前者は、日常生活における起居・移乗・移動・食事・更衣・排泄・入浴・整容などの基本的な動作を指し、Barthel指標などにより評価します。後者は、掃除・料理・洗濯・買い物などの家事や交通機関の利用、電話対応などのコミュニケーション、スケジュール調整、服薬管理、金銭管理、趣味などの複雑な日常生活動作のことを指し、Lawton尺度などにより評価します。
2)骨格筋指数(SMI,Skeletal Muscle Index)
筋肉の量を評価する指数、上下肢の筋肉量の合計を身長(メートル)で2回割った値。近年は、生体インピーダンス法という方法で簡便に測定ができるようになっています。
3) 低栄養リスク
本研究では、栄養状態の簡易評価質問紙(MNA-SF, Mini Nutritional Assessment Short Form)のスコアが11点以下を低栄養リスクがあるとしました。MNA-SFは、65歳以上の入院高齢者を対象に開発された栄養評価質問紙です。質問事項には「食事摂取量減少」、「体重減少」、「精神的ストレス・急性疾患」、「BMI」のほかに高齢者の低栄養に直接影響する「移動性(寝たきり)」、「神経・精神的問題(認知障害)」が含まれます。
4)食品摂取頻度調査票(FFQ,Food Frequency Questionnaire)
普段の食事状況および栄養摂取状況を把握することを目的に開発された質問紙です。本質問紙を用いて日々の栄養摂取の状況を把握したうえで、その人にあった栄養説明が可能になります。
5) 日本栄養療法協議会
多様な疾患領域横断的に効果的な栄養療法を確立し、標準化するために日本病態栄養学会が中心となり、関連学会にはたらきかけ、12の構成団体により2015年に設立され、現在21団体が加盟しています(会長清野裕)。関連学会が参画し、腎臓病関連ワーキンググループやがんワーキンググループ、サルコペニアワーキンググループ等により、臨床現場において効果的な栄養管理を通じて、医療の質の向上を目指しています。
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。