ポイント
・頚椎症性脊髄症手術において、運動症状が改善しているにもかかわらず、手足のしびれが強く残っている患者ほど治療満足度が低い。
・「遺残するしびれ」に対する治療戦略の構築へ第一歩。
概要
加齢などにより頚椎部(首の骨)内にある脊髄の通り道が圧迫されることで生じる頚椎症性脊髄症は、手足のしびれを初期症状とし、進行すると握力低下や手を使った細かい作業が困難になります。次第に歩行障害や排尿障害等の運動症状が生じ、手術による治療が必要になります。頚椎症性脊髄症の手術は、運動症状の改善および悪化を防ぐことが目的ですが、初期症状からみられる手足のしびれは手術後も改善する可能性が低く、しびれが残る場合があります。
大阪公立大学大学院医学研究科 整形外科学の玉井 孝司病院講師らの研究グループは、頚椎症性脊髄症で手術を受けた患者 187 例の術後症状について調査したところ、86 人の患者に「手足の強いしびれ(自己採点による 100 点満点中 40点以上のしびれ)」が残っていることが判明しました。また、運動症状が改善しているかどうかは関係なく、手足のしびれが強く残っている人ほど「術後の治療満足度」が低いことが明らかになりました。
しびれは視覚的・他覚的に検知ができず客観的な評価が困難であるため、しびれの訴えは治療において重要視されにくい傾向があります。本研究成果は「遺残するしびれ」に対する治療戦略をたてる第一歩となると考えられます。
本研究成果は 2023 年 12 月 21 日、国際学術誌「Spine」にオンライン掲載されました。
玉井 孝司病院講師
「しびれ」は多くの患者さんが抱える頚椎症性脊髄症の初発症状ですが、なかなか注目されることがありませんでした。その理由は、手術でも投薬でもしびれの治療が出来ないからだと思います。本研究で、どんなに他の症状が治っても、しびれが残れば患者さんの満足度が低下していることがわかりました。今後は、私たち脊椎外科も「しびれ」についてもっと真剣に考えなくてはなりません。
研究の背景
頚椎症性脊髄症は、重篤な麻痺・身体機能障害を残す脊髄損傷の最大の原因と言われています。手術治療を要する頚椎症性脊髄症患者は 10 万人あたり 5 人程度とされていますが、MRI 画像診断によると頚髄の圧迫を有する手術治療予備軍は、60 歳以上の 38%にも上るとされています。頚椎症性脊髄症の初発症状は手足のしびれであり、徐々に進行すると手足の使いにくさ(運動症状)が出現してきます。
一般的に、運動症状が出れば脊椎外科による手術加療が適応となり、手術による運動症状の改善が期待できます。一方で、手足のしびれに関しては、手術で治る可能性は低く、手術後もしびれが残る場合が多いことが分かっています。
研究の内容
本研究グループは、頚椎症性脊髄症に対して手術加療を受けた患者 187 例から術後症状を時間経過とともに観察し状態の変化を調べました。その結果、86 人(全体の 45%)の患者に「手足の強いしびれ(自己採点による 100 点満点中 40 点以上のしびれ)」が遺残していることが判明しました。また、「術後の治療満足度」を調査したところ、運動症状が改善しているにもかかわらず、手足のしびれ遺残が治療満足度に影響する因子であることが明らかになりました。さらに、手足のしびれ遺残を予測する因子は、手術前疼痛の有無(疼痛がある方がしびれが残りやすい)であることも分かりました。
期待される効果・今後の展開
頚椎症性脊髄症の治療において、医師が治したい異常(運動症状)、と患者が治して欲しい異常(運動症状のみではなく、しびれも)に乖離があることが判明しました。しびれの原因は多岐にわたり、多くの状態において有効な治療方法が確立されていないことと、しびれは視覚的・他覚的に検知が出来ず、客観的な評価が困難であるという理由で、しびれの訴えは治療において重要視されにくい傾向がある傾向があります。
さらに本研究では、手術前に疼痛を訴えている患者にしびれが残りやすいことも明らかになったことから、今後は「遺残するしびれ」に対する治療戦略を構築し、患者に寄り添った医療提供を目指した研究の進展が望まれます。
掲載誌情報
【発表雑誌】Spine
【論 文 名】Residual paresthesia after surgery for degenerative cervical myelopathy: incidenceand impact on clinical outcomes and satisfaction
【著 者】Koji Tamai, Hidetomi Terai, Masayoshi Iwamae, Minori Kato, Hiromitsu Toyoda,Akinobu Suzuki, Shinji Takahashi, Yuta Sawada, Yuki Okamura, Yuto Kobayashi, HiroakiNakamura
【掲載 URL】https://doi.org/10.1097/brs.0000000000004907
詳細▶︎https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-09758.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。