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【訃報】PT協会第7代会長 中屋久長先生ご逝去

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日本理学療法士協会の第7代会長を務めた中屋久長先生(高知リハビリテーション学院 元学院長・名誉教授)が、2026年2月1日にご逝去されました。享年86歳。謹んでお知らせするとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

主なご経歴・ご功績

中屋先生は、1968年(昭和43年)に私学初の理学療法士養成施設として開学した高知リハビリテーション学院の第1期生として入学し、1971年に卒業。岡山県倉敷市の水島中央病院で臨床経験を積んだのち、母校の教壇に立ちました。1998年から2010年まで学院長を務め、名誉教授の称号を受けています。

教育者としてとりわけ大きかったのが、養成課程の高度化です。1975年(昭和50年)、同学院の修業年限を全国に先駆けて4年制に延長。当時のPT養成課程は3年制が標準であり、専門職教育の充実を見据えた先駆的な決断でした。1987年からは通信教育大学との併修制度を導入し、専門学校在学中に学士号を取得できる仕組みも構築しています。学院はその後、1993年に作業療法学科、1997年に言語療法学科を開設して3職種の総合養成校へと発展。2019年には高知リハビリテーション専門職大学(日本初の専門職大学のひとつ)へと改組され、中屋先生が半世紀かけて育てた教育の系譜は今に引き継がれています。

高知県理学療法士会(現・高知県理学療法士協会)の会長を経て、2003年に日本理学療法士協会の第7代会長に就任。2007年までの在任期間は、理学療法士を取り巻く制度環境が激動した時代と重なります。

会長在任中の重要な実績のひとつが、2004年の日本理学療法士連盟の創設です。理学療法に関する制度実現には国政での発言力が不可欠との認識のもと、協会と表裏一体の政治団体として設立されました。同連盟はのちに組織内国会議員を輩出する母体となり、理学療法士の政策実現力を大きく高めることになります。

在任末期には、2006年4月の診療報酬改定で導入されたリハビリテーション算定日数上限(脳血管疾患等180日、運動器150日、呼吸器90日)への対応にも迫られました。「リハビリ難民」という言葉が社会に広まったこの問題に対し、協会はリハビリテーション医学会等と連携し、一律の期間区切りへの反対と適用除外の拡大を強く求めています。

養成校の急増による教育の質の低下にも警鐘を鳴らしました。2003年12月の医学書院の座談会(『週刊医学界新聞』第2563号)では、臨床実習におけるクリニカル・クラークシップへの移行やOSCE(客観的臨床能力試験)の導入、教員のFD(ファカルティ・ディベロップメント)の推進を具体的に提言。介護保険制度の定着を踏まえた訪問リハビリや福祉分野への職域拡大も積極的に推し進めつつ、「PT本来の専門性を活かした上での拡大であるべき」との原則は堅持しました。

2013年春には、長年にわたる理学療法分野への功績が認められ、旭日小綬章を受章しています。

日本理学療法士協会の斉藤秀之会長は追悼文の中で、全国の学会や会議で「中屋先生のもとで学びました」と語る理学療法士に幾度となく出会ってきたと明かし、教え子が各地で指導的立場に就き次世代を育てている事実を「先生が遺された何より大きな功績であり、理学療法界にとってかけがえのない財産」と評しました。高知県理学療法士協会50周年記念式典の折に中屋先生から「頑張ってください。期待しています」と声をかけられたエピソードにも触れ、「先生が築かれた確かな礎の上に立ち、理学療法士の質の向上と社会的使命の遂行に取り組む」と決意を示しています。

▶︎ 日本理学療法士協会 追悼ページ

▶︎ 高知リハビリテーション専門職大学 訃報告知

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