偏差値の半額、そして大学へ
ー 先生が理学療法士になられた理由を教えてください。
土井先生 もともとサッカーをやっていたこともあり、「トレーナーになりたかった」というのが一番初めの理由です。遡って考えていくと、小学校6年生まではむちゃくちゃ賢い子供でした。“小学校6年までは”です。笑
中学校から進学校へ進みましたが、周りもめちゃくちゃ賢い子供たちが多く、その中では全然ダメでしたね。笑 「このまま勉強ばかりしているのはつまらない」と思うようになり、中学校に入って早々に全く勉強しなくなりました。
そのため、入学当初は偏差値70以上あったものが、卒業のころには30代にまで落ち、偏差値が半額になりました。笑
当然大学には受からず、浪人生活が始まるわけですが、いっちょまえに理学療法士にはなりたかったものですから、当然勉強づけの日々がはじまりました。
大学受験の失敗の理由の一つに、面接での評価が全く良くないということもありましたね。内申書は御察しの通り、良いわけありませんし、今思えば態度もおそらくは。。。そんなこともあり、浪人生活を経て面接がなかった神戸大学に進学することができました。
ー どのような学生生活を送られたのですか?
土井先生 入学後、歓迎会の幹事をされていた方々(成瀬さん(株式会社エブリハ代表取締役 成瀬文博先生)が在籍された学年)にお会いし、「意外に明るい人たちが多いな」という印象をもちました。
入学して気づいたのですが、スポーツに対するこだわりはこの頃にはすでに少なくなっていました。これは私の努力が足りなかったことも原因で、当時にプロスポーツ分野で活躍されているような理学療法士の情報にふれたり出会えなかったことも、要因のような気がします。
そんなこんなで、実習に出ることになりますが、ここでの経験を経て研究への道に進むきっかけとなりました。臨床に出ることはいつでもできると当時は思い、もっと別のことを学んでから臨床に出ようと考えていたことも、研究者への道を歩みだしたきっかけにもなったと思います。
実は、大学院の試験は実習期間中にあり、受験の意思を実習中に告げ、勉強しなければなりませんでした。当時は、大学院に進学する人が少なかったのでこれは、結構勇気がいりましたね。。。
大学院では、研究をしっかり行っている先生のもとで研究を学びたいという思いがありましたので、現在は教鞭をとられていませんが平田総一郎先生(元神戸大学教授)のもとでご指導いただくことをお願い申し出ました。
— 大学院進学後は何かアルバイトをされていましたか?
土井先生 今でもそうですが、高齢者がとても好きだったので、訪問リハをしながら、夜は家庭教師もやって、大学院に通っていました。家庭教師のアルバイトは単価がいいですからね。理学療法士やるのと同じかそれ以上だったかもしれません。笑
所属した研究室では、設備というか測定機器は加速度センサーしかなく、自分の興味と合わせて歩行を研究することになりました。一緒の研究室の先輩に浅井剛先生(神戸学院大学)という工学出身の方がおられて、解析の方法を一緒に勉強させていただきました。
また、同研究室には浅井先生と同じ学年に山田実先生(筑波大学大学院)がおられて、当時注目を浴びだしていたデュアルタスク※1の研究をされていました。私もそれに習って、歩行解析とデュアルタスクをテーマにした研究を修士では行っていました。
博士に行くころには、同テーマの研究が非常に増え、新規性が薄れてきた感じもありましたので、「次のステップにうつらなければ」と考えていたところで、現在でも行っているMCI(軽度認知障害)※2を対象にしたテーマに行き着きました。
デュアルタスクによる歩行変化を研究するなかで、高齢者の認知機能について勉強するようになった時期で、当時、論文でもMCIという単語がちらほら出始めたころでした。
ちょうどそのころ研究員になるタイミングで、所属先で最初に参画するプロジェクトがMCIに対する運動の効果検証だったので、MCIに関する研究をはじめることになりました。実は、博士課程に進むまえ、「臨床にでよう」と試みたことがありますが、色々あってここはカットですね。笑
大学でもそうでしたが、やはり面接が鬼門になりました。笑
研究者として生きる道
土井先生 博士課程に進むことを決めた時点で、「研究者として生きていこう」と決め、紆余曲折ありながらも、研究を続けていたのですが、いざ研究者としての就職先を決めようにも、なかなかそのような機会をみつけられませんでした。
悩みに悩んでいた頃、現在の上司である島田裕之先生の研究室が国立長寿医療研究セ
2年目には、コホート研究※3といって、包括的機能健診(健康診断より詳細なもの)を1日100名~120名程度、一人に約2時間かけ、年間約50日で総勢5000人ほどのデータを取り、その後追跡をしていくというものがあります。
この規模の研究ですと非常に質の高い研究が行えます。「研究は楽そう」などと言われることもありますが、むちゃくちゃ大変です。募集の案内に始まり、スケジュールを管理して予約をあてはめて、郵送物を送ります。
データの測定をするために数十人といるアルバイトスタッフのシフトも作成し、安全にデータの測定を行って、データ整理をしなければなりません。参加者の総数が5000人ですから、それはもう大変です。笑
このような形で、調査研究と効果検証研究を主として実施されます。これらの研究の多くは、高齢者に対する介護予防分野のエビデンス構築のために行っています。
私が研究を行う前から、島田先生をはじめとする先生方によって、運動機能(例えば転倒予防など)に対するエビデンスの構築はある程度行われてきましたが、日本だけではなく世界的にみても、認知機能に対する介入効果のエビデンスは十分とは言いがたいため、この分野の研究に注力して進めています。
臨床に進まなかった理由としては、実習での体験をもとにした臨床像より研究のほうに興味を持ったからだと思います。こういったところに、縁が関係していて、研究者としての縁がつながった結果、今に至るのだと思います。
平田先生にはじまり、浅井先生、山田先生、そして島田先生に出会うことができたのも、何かの縁なんだと思います。今は鹿児島大学におられます、牧迫飛雄馬先生は研究所での元上司になりますが、どの先生方もこの分野におけるトップランナーで、そのような先生方の背中を必死に追い続けてきました。
私が研究で携わりご指導いただいてきた先生方は本当に素敵な先生方ばかりで、そんな先生方と過ごしてきた経験が数少ない自慢できることの一つです。
※1デュアルタスク(二重課題):1997年スウェーデン人理学療法士Lillemor Lundin Olsson氏によって発表された[Stops walking when talking" as a predictor of falls in elderly people. ]によって注目された。人は常に2つ以上のことを同時に行っており(二重課題)、高齢者における転倒原因でも、運動機能の低下と同時に「2つのことを同時に行う能力の低下」が関与していると提言した。
※2MCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知症):健常者と認知症患者のちょうど中間に当たる段階。認知機能のうち1つの機能に問題が生じている中、生活は不自由なく行えている状態のこと。5つの定義として、①記憶障害の訴えが本人または家族から認められている
②日常生活動作は正常③全般的な認知機能は正常④年齢や教育レベルの影響のみでは説明できない認知機能低下が存在する⑤認知症ではない。
※3コホート研究:調査前に仮説として考えられる要因をもった群(曝露群)ともたない群(非曝露群)を長期間にわたって追跡調査する研究。コホートとはローマ時代の数百人規模の歩兵群の意味。
【目次】
第一回:研究者として生きる
第二回:高齢者の介護予防と健康増進
第三回:楽しいリハビリ
最終回:社会保障の限界
土井先生オススメ書籍
土井剛彦先生のプロフィール
資格:理学療法士
学位:博士(保健学)
所属学会:日本理学療法士協会、日本老年医学会
受賞歴:
- 第4回藤田リハビリテーション関連施設臨床研究会 最優秀発表賞
- 第49回日本理学療法学術大会 優秀賞
- Geriatrics & Gerontology International the 2015 Best Article Award受賞
- 第8回理学療法学優秀論文 最優秀賞
社会活動:
- 愛知県理学療法士会学術誌部
- 日本理学療法士学会 編集委員会査読委員
好きなサッカー選手:
セバスティアン・ダイスラー(Sebastian Deisler)
ジャンルカ・ザンブロッタ(Gianluca Zambrotta)
論文実績:
Research Map(http://researchmap.jp/takehiko/)
主な著書: