福祉用具を使いこなす専門家
― 支援工学理学療法学会ではどのようなことをやっているのですか?
秋田先生 現在、日本理学療法士協会の学会には12の分科学会と10の部門があります。運動器とか呼吸、神経、糖尿病などの名前がついていればその学会の分野はわかりやすいのですが、“支援工学理学療法”は少し理解しにくいかと思います。
この学会の関係するところで、みなさんになじみのあるのは義肢、装具、車椅子でしょうか。その他にも住まいの環境のバリアを除くために住宅改修をしたり、さまざまな福祉用具を導入したり、また最近話題になっている福祉ロボットなども私たちの研究対象になります。
英語で言うとAssistive technology(アシスティブ・テクノロジー)ですが。日本の理学療法士の専門分野の中では治療的な手技が主流になっていて、支援工学はまだマイナーな分野と言えます。
義足、装具、杖や歩行器などは、私たち理学療法士の臨床現場でも日常的に使用していますが、用具そのものに興味を示す方は少ないと思います。用具を製作し提供するのは義肢装具士や業者さんに任せきりなことがほとんどでしょうが、どの用具がその方に一番適切なのかを選び、それを使いこなすようにするのは私たち理学療法士の仕事です。
たとえば、パラリンピックの陸上選手が使っているカーボンファイバー製の義足を使えば、みんな100mを10秒台で走れるかどうかと言えば、そんなに簡単には走れないですよね。それこそ血のにじむような練習の積み重ねが必要になります。用具を提供するだけではなく、それをフィットさせ使いこなすまでの介入を私たちがしなくてはいけません。
今年の第6回日本支援工学療法学会学術集会は、私どもの分科学会の代表である大峯三郎先生が学術集会長となって北九州市で学会が開催されました。まだ学会の登録者数も4,000人ほどで10万人の会員全体からするとまだ人数は少ないです。ぜひ私たちの学会に参加してみてください。
動物に対する理学療法
―ぜひ、動物の理学療法の話もお聞きしたいです。
秋田先生 日本理学療法士学会には、「動物に対する理学療法部門」という部門があります。わたし自身は、これまで動物を飼ったこともなかったのですが、定年まで勤めた横浜市のリハセンターは、介助犬・聴導犬を認定する施設でもあったので、理学療法士としてその認定作業に関わることになりました。介助犬・聴導犬は、盲導犬とともに平成14年に施行された「身体障害者補助犬法」によって認められた、障害を持った方がたの社会参加の場を広げるために欠かせないワンちゃんたちです。
横浜リハセンターでは、訓練事業者がトレーニングした介助犬がうまくユーザーさんのニーズに応えてうまく指示された動作ができるのか、ユーザーさんは介助犬のお世話をちゃんとできるのか、そうした確認を私たち理学療法士が行っていました。
こういった経験があったものですから、日本身体障害者補助犬学会のお手伝いをすることになり、現在私が理事長をしています。この学会はヒトのリハビリテーションに関わる専門職、獣医療に携わる専門職、犬のトレーナーなど育成事業者、障害の当事者が参加している学際的で、世界で唯一の学会なのです。
平成22年に開催された上海万博では、日本から補助犬4頭とユーザーさんが障害者パビリオン「生命陽光館」でデモンストレーションをしてきました。
平成27年に日本理学療法士学会の組織の中に、新たに5つの部門が設けられましたが、その内のひとつが「動物に対する理学療法部門」でした。これは世界理学療法連盟(WCPT)の下部組織である12のサブグループに“Animal Practice”があり、これに対応する国内組織として、動物に対する理学療法分科会を作るということで、お話をいただき、代表運営幹事をやらせてもらっています。
その時、この部門ができるよりも前に、すでに「日本動物理学療法研究会」という組織が既に存在し、動物に対する理学療法についてセミナーを開催するなど実績と積み重ねていましたので、そこに所属している理学療法士の先生方にこの部門の運営幹事に就任していただいた次第です。
元協会長の奈良勲先生は、神戸の動物園で生まれた小象の理学療法のご経験がありになり、PT学会でも報告されていましたが、この研究会の顧問をなさっています。
いま日本では獣医療に関わる理学療法士は10名ほどしかいませんが、動物病院や獣医大学に所属しています。獣医師の資格を持った方、動物看護師の認定資格を持っている方、テネシー大学の認定プログラムを終了された方などです。
動物に対する治療は、獣医師しかできませんが、理学療法士は獣医学の教育を受けていませんし、法律上も厚生労働省の所管で、医師の指示のもとに理学療法を行うことになっていて、獣医療の管轄省庁は農林水産省で、この世界では理学療法士としては働けません。
理学療法士が一定の教育を受けたうえで獣医療の領域での理学療法を行うことは、世界的な流れとなっています。現在の理学療法士の資格を持っているものが、動物の理学療法を行うには、関係省庁の調整や、獣医師・動物看護師の方々のご理解を頂くとともに、一定期間の教育の場を整備する必要があります。
― 動物に対する理学療法を受ける場所っていうのは現在あるのでしょうか?
秋田先生 先ほど紹介した「動物理学療法研究会」に所属している方々が籍を置いている動物病院では、理学療法を受けることができます。対象となる動物は犬ですが、実際に私たち理学療法士が介入できるようになれば、獣医療の世界に大きく貢献できるのではないかと期待しています。
昔は、スポーツの世界に理学療法士がいなかった時代もありました。それが今では、理学療法士が関わらないスポーツはないほど、多くの理学療法士が活躍しています。まだまだ理学療法士が参画できる分野はたくさんあります。その一つが、支援工学だったり動物に対する理学療法だったりするわけです。
【目次】
第一回:教育は4年制で行うべき
第二回:チェアスキーの発展
日本支援工学理学療法学会の情報
設立の趣旨
義肢装具、車いすや福祉用具による急性期、回復期、維持期(生活期)、終末期の各病期での介入効果の検証や開発等を基盤とする臨床研究の推進とEBMの構築を図り、障がい者の生活自立支援を促進するための住環境整備への関わり、ロボティクス技術による運動療法機器や。福祉工学的支援としての介護機器の活用、新たな開発や効果検証など幅広い領域を網羅しています。さらに運動器、脳血管障害や脊髄損傷を始めとする中枢性神経障害、内部障害や虚弱高齢者等を対象として、関連する領域との横断的臨床研究活動の実践、障がい者(児)、高齢者の活動・参加とノーマライゼーションの促進、さらに隣接する理学療法学会との積極的連携を図りながら、包括的理学療法サービスの展開とQOL向上に寄与することを設立目的としています。
日本理学療法士学会 動物に対する理学療法部門の情報
設立の趣旨
動物に対する理学療法部門は、動物を対象とし、動物自身と動物と生活する人を包括的に支援していくために、日本動物理学療法研究会や関連学会と連携し、獣医療におけるリハビリテーションおよび理学療法に関する臨床研究・基礎研究を行い、人材の育成に努め、動物理学療法の普及と獣医療の発展に寄与することを目的とします。
また、世界理学療法連名のサブグループの連携窓口になります。
秋田裕先生 プロフィール
【経歴】
1949年東京で生まれる。
1969年4月 高校卒業 後、2年間の浪人を経て国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院理学療法学科入学。
1973年3月 4年かけて同校卒業。京都府立洛東病院、神奈川県総合リハビリテーションセンター、健康保健総合川崎中央病院(現 川崎社会保険病院)、を経て横浜市総合リハビリテーションセンター2009年の定年まで勤務。
2007年 日本理学療法士協会賞受賞
2011年 神奈川県知事表彰(保健衛生表彰)受賞
2015年 厚生働大臣表彰受賞
【役職等】
社団法人日本理学療法士協会代議員、生活環境支援系専門理学療法士。
日本支援工学理学療法学会運営幹事
動物に対する理学療法部門代表運営幹事
社団法人 神奈川県理学療法士会監事
日本身体障害者補助犬学会理事長
【その他】
1978年より、車いす障害者のスキー用具である「チェアスキー」の開発と普及活動に参画。1980年の日本チェアスキー協会の設立以後、運営委員、強化部員、理事。日本障害者連盟の設立に携わり理事として障害者スキーの普及と競技選手の養成など、国内国外での活動にかかわる。1984年にはスイス・ドイツの障害者と共に開催したシットスキー国際ミーティング(スイス・サンモリッツ)の企画運営に携わり、1988年第4回冬季パラリンピック大会(オーストリア・インスブルック)、1992年第5回冬季パラリンピック大会(フランス・ティーニュ)にはサポーターとして参加した。1998年第7回長野パラリンピック冬季大会で女子選手として初めて金メダルを獲得した大日方邦子選手は横浜リハセンターででの担当理学療法士だった。
2000年の上海万博では、万博史上初めて開設された障害者パビリオンで、補助犬(盲導犬、介助犬、聴導犬)5頭をユーザーとともに紹介。理学療法士の職域拡大の課題として、動物に対する理学療法の確立を目指して活動している。