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熊本地震被災者のメンタルヘルスの実態と関連要因の解明~コロナ禍の復興期における影響を調査~

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ポイント

・2020年7月から12月にかけて実施したアンケート調査の分析により、熊本地震被災者のうち、メンタルヘルスの問題のある者の割合(心理的苦痛11.9%、不眠症35.2%、PTSDリスク4.1%)は、地震後5年が経過しても依然として高いことを明らかにした。

・女性、公営住宅に居住、孤独感あり、COVID-19 による活動・収入減少といった項目が心理的苦痛・不眠症・PTSDリスクの全てに関連していることを明らかにした。

・熊本地震被災者の中でも特にメンタルヘルスが懸念される者の特徴を明らかにしたことで、孤独・孤立対策やコロナ禍の社会経済的支援の重要性を示唆しており、今後の政策立案に役立つことが期待される。

概要説明

熊本大学 大学院 生命科学研究部 健康科学講座の大河内彩子(おおこうちあやこ)教授らのグループは、熊本市との共同研究により、熊本地震被災者のメンタルヘルスの問題に新型コロナウイルス感染症がもたらした社会経済的変化が影響していることを初めて明らかにしました。

熊本地震被災者の後遺症は、2019年に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行により複雑化しています。しかし、地震被災者の中長期 的 メ ン タ ル ヘ ル ス の 実 態 と 関 連 要 因 に 関 す る 研 究 は世 界 的 に も 少 な く、COVID-19との関連についてはほとんど明らかにされていません。本研究は、アンケート調査の分析により、熊本地震から5年経過した後も被災者の心理的苦痛(抑うつ)、不眠症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)リスクの有病率は、それぞれ11.9%、35.2%、4.1%と依然として高いことを明らかにしました。また、女性、現在の住居形態、孤独感、COVID-19による社会経済的変化が被災者の中長期的メンタルヘルスに影響を与えていることを明らかにしました。

本研究成果は、復興期における熊本地震被災者のメンタルヘルスの実態と関連要因をコロナ禍の変化を含めて初めて明らかにしたものです。本研究により、被災者のうち女性や公営住宅居住者のメンタルヘルスが懸念されることを明らかにしました。また、被災者の孤独・孤立対策やコロナ禍の社会経済的支援の重要性を示唆しており、今後の政策立案に役立つことが期待されます。

本研究成果は、公衆衛生の分野で定評のある国際学術誌『International Journal of Environmental Research and Public Health』に、令和4年4月6日に掲載されました。本研究は令和3年度熊本大学英語論文校閲支援事業の支援を受けて行われました。

説明

[背景]

2016年の熊本地震は、2日間で震度7を2回記録した日本初の地震です。また、地震発生から15カ月間で4,364回の余震を観測しています。このように激甚な地震が被災者のメンタルヘルスに与える中長期的影響が懸念されます。人口約70万人の熊本市では、最大11万人が避難しました。

2020年中には熊本市内の仮設住宅から恒久住宅への転居も概ね完了し、2021年4月には熊本地震発災後5年となりましたが、転居後の被災者のメンタルヘルスなど、今なお被災者の状況が懸念されています。しかし、被災者のメンタルヘルスの中長期的な状況は、世界的にもほとんど明らかにされていません。また、熊本地震の復興期には新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックが発生しました。二重災害ともいえる状況の中で、地震被災者の復興期におけるパンデミックとメンタルヘルスの関連を調査した研究はほとんどありませんでした。

 

[研究の内容]

本研究では、2020年に仮設住宅を退去し、恒久住宅に移り住んだ震災被災者全員にあたる19,212人を対象に2020年7月から12月にか けてアンケート調査を実施しました。メンタルヘルスの状態、属性、住居の状況、孤独感、COVID-19による活動や収入の減少などを尋ねました。

メンタルヘルスの状態は、1)心理的苦痛、2)睡眠障害、3)PTSDリスクの3項目について尋ねました。1)心理的苦痛は、ケスラー抑うつ尺度(K6)を用いて評価しました。K6 は最近1ヶ月間に神経質、絶望的、落ち着かない、などを感じた頻度を尋ねます。K6得点が10点以上の人は心理的苦痛を有すると分類しました。2)睡眠障害は、アテネ不眠症尺度(AIS-J)の日本語版を用いて評価しました。AIS-Jは「夜間の睡眠問題」と「日中の機能障害」の2因子から構成され、6点以上が不眠症となります。3)PTSDリスクは、PTSDの簡易スクリーニングのために開発されたPTSD3を用いて評価しました。PTSD3の3項目のうち2項目以上で「はい」と答えた人を熊本県や東日本大震災の調査で採用された基準により、PTSDの可能性があるとみなしました。

その後、アンケートの有効回答者8,966人(女性5,135人(57.3%)、男性3,831人(42.7%)、平均年齢62.25±17.29歳(18-105歳)、65歳以上の高齢者割合53.1%)を分析対象としました。ロジスティック回帰分析を行い、メンタルヘルス問題と社会経済的要因との関連を検討しました。

 

[成果]

分析対象者のうち、78.9%が同居しており、56.6%が再建した自宅で生活していました。34.2%が震災前の学区を離れることを余儀なくされていました。22.2%が地域参加をしていました。20.8%が孤独を感じていました。心理的苦痛、不眠症、PTSDリスクは11.9%、35.2%、4.1%に見られました。

分析の結果、以下の表1の5つの項目が統計的に有意に心理的苦痛、不眠症、PTSDリスクのなりやすさに関連すると明らかになりました。中でも、孤独感のオッズ比は非常に高いことが明らかになりました。

 

表1 各項目における心理的苦痛、不眠症、PTSDリスクのなりやすさ(オッズ比※1)

※1ある事象の起こりやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度。オッズ比が1より大きいとは,疾患への罹りやすさがある群でより高いことを意味する。

※2()内の数値は95%信頼区間。信頼区間とは、統計学で母集団の真の値(母平均等)が含まれることが、かなり確信できる数値範囲のことである。例えば95%信頼区間とは、繰り返し信頼区間を求めたときに95%の割合でこの範囲に真の値が存在することを意味する。

 

[展開]

本研究結果は、性別、現在の住居、孤独感、COVID-19が復興期にある被災者のメンタルヘルスに影響を与えることを示唆しています。我々の知る限り、本研究は、マグニチュード7を超える大地震の5年後に、長期的な精神健康問題を評価し、COVID-19関連の変化を含む関連因子を特定した初めての研究です。本研究の成果は、震災被災者のメンタルヘルスの長期的な予後と予防対策に指針を与えるものです。

論文情報

論文名:

Depression, Insomnia, and Probable Post-Traumatic StressDisorder among Survivors of the 2016 Kumamoto Earthquake and Related Factors during the Recovery Period Amidst the COVID-19 Pandemic.

著者:

Ide-Okochi A, Samiso T, Kanamori Y, He M, Sakaguchi M, Fujimura K.

掲載誌:

International Journal of Environmental Researchand Public Health. 2022; 19(7):4403.

doi:

10.3390/ijerph19074403

URL:

https://doi.org/10.3390/ijerph19074403

 

詳細▶︎https://www.kumamoto-u.ac.jp/whatsnew/seimei/20220722

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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