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統合失調症の社会認知機能を経頭蓋直流刺激で改善 ~精神疾患を対象とした特定臨床研究~

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国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所児童・予防精神医学研究部の住吉太幹部長および病院司法精神診療部の山田悠至医師らの研究グループは、統合失調症患者の社会復帰に大きく影響する社会認知機能の障害を、左上側頭溝への経頭蓋直流刺激(transcranial direct current stimulation, tDCS)が改善することを、世界で初めて確認しました。

統合失調症は一般人口の約0.7%が罹患する、原因不明の精神疾患です。主な症状として陽性症状(幻覚、妄想など)、陰性症状(感情の平板化、引きこもりなど)が挙げられます。また、神経認知機能(記憶、注意、問題解決能力など)や社会認知機能(心の理論、表情知覚など)の障害は、患者さんの機能的予後(社会復帰の成否など)に対し、陽性・陰性症状よりも大きな影響を及ぼします。

tDCSとは1-2mA程度の微弱な電流を頭皮上から当てる方式のニューロモデュレーションで、麻酔の必要がなく、副作用のリスクが小さい低侵襲性脳刺激法です(図1)。これまで、左前頭前野に対する陽極刺激で神経認知機能の改善効果がある一方、社会認知機能への効果は乏しいとされてきました。こうした中、当グループで最近行った系統的レビューの結果から、左上側頭溝を刺激することにより、統合失調症患者の社会認知機能障害が軽減されると推定しました。そこで、tDCSを5日にわたり計10回施行による心の理論(社会認知機能の主要領域)の改善が、世界で初めて示されました。以上は、統合失調症患者の社会機能的予後を向上させる新規治療法の創出のみならず、社会認知機能障害の病態の理解も促進します。 

本研究の成果は、日本時間2022年6月20日に科学雑誌「Frontiers in Psychiatry」誌オンライン版に掲載されました。

研究の背景

統合失調症は、陽性症状、陰性症状、認知機能障害などで特徴づけられる、代表的な精神疾患です。特に社会認知機能の低下は、患者の社会的転帰を大きく左右することがわかっています。

tDCSとは頭皮上に2つのスポンジ電極を置き、微弱な電流を流す低侵襲性脳刺激法で、神経伝達物質の調整など脳の神経活動を調整します(図1)。社会認知機能の改善を目指すこれまでの研究では、tDCSの刺激部位として前頭前野が選択されてきました。しかしこの方法では、社会認知機能の重要な要素である”心の理論”の充分な改善は得られていません。こうした中、われわれの研究グループは、社会認知に関連する神経回路を詳細に検討し、刺激部位を左上側頭溝(図2)に設定しました。

 

図1: tDCS(経頭蓋直流電気刺激)の模式図と実施の様子

右図の黄色いスポンジ電極が陽極、青い電極が陰極を示す。左前頭部への陽極刺激(左図)により、うつ病の症状や統合失調症の精神病症状に対する改善効果が報告されている。出典:Yamada Y, Sumiyoshi T. Neurobiological Mechanisms of Transcranial Direct Current Stimulation for Psychiatric Disorders; Neurophysiological, Chemical, and Anatomical Considerations. Front Hum Neurosci. 2021 Feb 4;15:631838.

 

図2:社会認知機能を対象としたtDCS実施の様子

左上側頭溝に対するtDCSの頭皮部位。

出典:Yamada Y, Sumiyoshi T. Transcranial Direct Current Stimulation and Social Cognition Impairments of Schizophrenia; Current Knowledge and Future Perspectives. Horizons in Neuroscience Research Volume 46. New York: Nova Science Publishers. 2022. p.143–70.

研究の概要

統合失調症患者に対し、tDCSを1回20分、1日2回を5日間施行しました。刺激前と最終刺激の1ヶ月後に、心の状態推論質問紙(Social Cognition Screening Questionnaire, SCSQ)とヒント課題を用いた心の理論(社会認知の主要領域)のスコアを測定し、tDCS施行前後での変化を解析しました。この結果、左上側頭溝を刺激部位としたtDCSで、心の理論のスコアが有意に改善しました。特定臨床研究(臨床研究法に準拠)により得られたデータとしては、NCNPからの初めての発信です。

今後の展望

本研究により、統合失調症の”心の理論”の改善に、左上側頭溝への複数回tDCS施行が有効であることが、国内外で初めて示されました。tDCSは経頭蓋磁気刺激(rTMS)などの他の低侵襲性脳刺激法と比べて安価かつ簡便に施行できるため、日常診療で広く用いられることが期待されます。

用語の説明

1)ニューロモデュレーション:

脳に大きな侵襲を与えずに神経活動を調整し、神経可塑性などを誘導することによって個体の回復力を高め、慢性的な精神症状を緩和する方法です。

2)経頭蓋直流電気刺激(tDCS):

頭皮上に設置した電極を通して微弱な電流を流し、脳神経細胞の活動を修飾する方式のニューロモデュレーションです。1回あたりの刺激時間は30分以内と比較的短く、麻酔の必要がなく、副作用のリスクが低いという利点があります。

3)社会認知機能:

「他者の意図や性質を受け止める人間としての能力を含む、社会的交流の根底にある精神機能」ないし「多様で柔軟な社会的行動を支える高次の認知過程」と定義され、心の理論、表情知覚などの領域が含まれます。

4)心の理論:

社会認知機能の主要な構成要素です。他者の心の動きを類推し、自分とは違う信念を持つことを理解する機能です。

5)心の状態推論質問紙(SCSQ):

社会認知機能の領域である、心の理論などを評価する尺度です。検査者が特定のシナリオを提示し、登場人物の意図をくみ取れるかを評価します。

6)ヒント課題:

心の理論を評価する尺度です。検査者がシナリオを提示し、登場人物の皮肉や間接的な依頼を理解し、その意図をくみ取れるかを評価します。

7)特定臨床研究:

医薬品等を人に対して用いることにより、その医薬品等の有効性・安全性を明らかにする臨床研究の

原著論文情報

・論文名:Transcranial Direct Current Stimulation on the Left Superior Temporal Sulcus Improves Social Cognition in Schizophrenia: An Open-Label Study.

・著者:Yamada Y, Sueyoshi K, Yokoi Y, Inagawa T, Hirabayashi N, Oi H, Shirama A, Sumiyoshi T.

・掲載誌: Frontiers in Psychiatry

・doi: 10.3389/fpsyt.2022.862814.

https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyt.2022.862814/full

研究経費

本研究結果は、日本学術振興会および国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費の支援を受けて行われました。

詳細▶︎https://www.ncnp.go.jp/topics/2022/20220726p.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

統合失調症の社会認知機能を経頭蓋直流刺激で改善 ~精神疾患を対象とした特定臨床研究~

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