第二回:自らアポを取り、パリ留学へ【森岡 周先生 | 理学療法士|畿央大学大学院健康科学研究科 主任・教授】

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先輩の勧めと、時代の流れから大学へ進学

 

― 同世代の理学療法士で当時大学に行く人は多かったのですか?

 

森岡 周先生 ほとんどいなかったと記憶しています。現在、協会理事を務められている先輩には、当時の近森の上司もいますが、その先輩も含めて皆口を揃えて「大学には行っておくべきだ」と、教えられてきました。

 

近森では、流れに身を任せている中で、腎不全などの内部障害を担当することが多くなりました。今ほど在宅医療が浸透していない時代でしたが、透析専門の看護師とともに通常の臨床業務以外に在宅現場に出ることがしばしばありました。

 

この経験について、臨床1年目から学会発表する中で、学術活動が嫌いではないことに気づきました。こうした経験から、最終的には大学院まで進学することになったのではないかと思っています。

 

4月に入職し、6月にはすでに演題抄録を書き始めていたと思います。もちろん、当時は自分が博士課程まで修了するとは、全然考えてもいませんでした。

 

また、当時は3年制で教育されていましたが、世の中の流れから、いずれこの業界の教育制度は4年制大学に移り変わるのではないかと予測していたことも、今となって振り返ってみると大学に進学した理由の一つかもしれません。

 

なぜ、パリに留学したのか

― 卒後、パリに留学した理由はなんだったのでしょうか?

 

森岡 周先生 そんなカッコイイことではありません。単純にパリに行きたかっただけ(笑)

 

高知の恩師は、皆ヨーロッパ留学経験があり、自分も何となくヨーロッパに行くのだろうという意識がありました。

 

スウェーデンやイタリアに行かれた恩師もいましたので、私は、同じところに行くのは嫌だなということで、イギリス・北欧を経由してフランス・パリに入り、生活することにしました。

 

パリの病院に留学する前にイギリス・北欧の病院を見学する中で、正直日本と大差がないということを目の当たりしました。

 

それまでは、いかにも先進的な取り組みが行われているだろうと期待して渡ったのですが、日本も負けていないどころか優っている部分も多くありました。

 

イギリス・北欧ではそんなことを思い、いざフランスに入ることになります。フランスの中で、パリを選んだ理由は「フランスといえばパリ」だったからです(笑)。また、医療の勉強以外にも、フランスの文化が好きだったということもあります。

 

ふるさとの高知の海はとても綺麗で自然も豊かであり、そんな環境で育ったためか、海外の大自然に触れても、正直あまり驚きません。

 

しかしヨーロッパの建築物など、人の手によってつくられてきた文化作品を見ると心が踊ります。例えばパリで住んでいた建物は17世紀に建てられたものであり、今もそれをリフォームし続けてつかっています。

 

日本で言えば江戸時代の建物に今住んでいると思うと、なぜか気持ちが踊るのです。実は、小学生の頃から歴史好きで、興味はそちらに傾きやすいようです。

 

歴史好きからすると、現代神経学を作ったバビンスキーやシャルコーに興味を起こすのも当然です。彼らはパリの病院で臨床に従事していたこともあり、そうした背景が私をフランスに導いたのかもしれません。

 

留学する病院のアポイントメント(以下、アポ)をとる際には、真っ先にバビンスキーやシャルコーが仕事をしていたサルペトリエール病院に連絡しました。実際には、タイミングが合わずサンタンヌ病院を紹介してもらうことになります。

 

そもそも、神経系に興味をもったきっかけは、近森で担当していた神経障害の患者さんの経験が大きく関わっています。

 

その後、しばらくは、患者さんの姿勢制御について、バイオメカニクスを利用して研究をし、関連学会で発表していたのですが、運動のなめらかさについて調べていた時、姿勢バランスは剛体としての身体の捉え方だけでは明確にはならないと思うようになりました。

 

それから、神経や感覚の方に自分の興味がシフトするわけです。

 

実際には、姿勢制御研究を行う中で、参考にした論文を書かれている著者の名前を調べ、メールもなかった頃でしたから、直筆の手紙を送り、アポをとって留学先を決めました。

 

全て自分で留学先を見つけ、時に、ダイレクトにフランスの理学療法協会に掛け合い、直接紹介してもらったりもしました。

 

【目次】

第一回:不真面目な高校生活から一転、今の礎を築く養成校時代

第二回:自らアポを取り、パリ留学へ

第三回:熱傷にはじまり、腎不全、バイオメカニクス、そして脳研究へ

第四回:畿央大学前学長の生き様に憧れ、大学教員の道へ

第五回:共に楽しむことこそ、教育の原点

第六回:心身の揺らぎを忘れたとき、人間はロボット・AIにとって変わられる。

第七回:異業種、異世代、異性とのコミュニケーションが脳を育てる

最終回:生きる

 

 

森岡 周 先生 プロフィール

1992年 高知医療学院理学療法学科卒業

1992年 近森リハビリテーション病院 理学療法士

1997年 佛教大学社会学部卒業

1997年 Centre Hospitalier Sainte Anne (Paris, France) 留学

2001年 高知大学大学院教育学研究科 修了 修士(教育学)

2004年 高知医科大学大学院医学系研究科神経科学専攻 修了(特例早期修了) 博士(医学)

2007年 畿央大学大学院健康科学研究科 主任・教授

2013年 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター センター長

2014年 首都大学東京人間健康科学研究科 客員教授

 

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター HP: http://www.kio.ac.jp/nrc/

森岡 周先生SNS

Facebook:https://www.facebook.com/shu.morioka

Twitter https://twitter.com/ShuMorioka

 

<2017年3月現在の論文・著書>

英文原著73編(査読付)、和文原著100編(査読付)、総説72編(査読無)

著書(単著・編著)15冊、(分担)20冊

http://researchmap.jp/read0201563

 

(撮影地、撮影協力:畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター内)

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