研究の敷居が高いという認識
― 日本のリハビリテーションの今後について、先生のご意見をお聞かせください。
伊藤先生 うちの研究会(作業療法神経科学研究会)は、中村春基先生(日本作業療法士会会長)にも来ていただいたこともありますし、私自身臨床経験がないので、偉そうなことは言えません。
あくまで基礎研究者として言わせていただくと、基礎研究者も含め、もっと他分野の人たちがリハビリテーションに参画してもいいのかなと思います。
全国のOT学会は、「臨床研究」というのがテーマに上がっているイメージなんですが、基礎研究者はそこにほとんど参加していません。
脳科学関連だと、情報系や理工系の研究者が当たり前のようにいますし、リハ医の先生方は工学系の研究者と組んで、新学術と呼ばれる大規模な研究プロジェクトを運営していたりもします。
将来的にはOTも、この新学術を運営していけるようになるといいなと思っています。それには、個々がもっともっと力をつけて、他の領域の専門家に認めてもらう必要があります。
産総研の村田弓先生や茨城県立医療大学の石井大典先生、京都大学の生方志浦先生といったOTで基礎研究をバリバリやられている方に、研究会に来ていただいたことがあるのですが、お互い切磋琢磨して、今後一緒に何かできたらいいなと勝手に思っています。
臨床家から、「研究の敷居が高い」というご意見をいただくことがありますが、その気持はよくわかります。
聞いたことのない英語や統計用語を言われても意味がわからないだけでストレスたまりますし、私自身、大学院に進むときに自分がやっていけるか不安でした。今も新しい技術を取得しようとする度に「敷居の高さ」に苦しんでいます。
でも、続けているうちにそんなことを忘れて研究している自分がいるはずです。
もし研究に興味があるなら、敷居高そうだなとか考える前に、情報を探してみたり、研究を頑張っている知り合いに相談してみることが一番大事かなと思います。相談相手がいなければうちの研究会にご連絡ください(笑)
臨床研究は「患者さんのため」にやるわけですし、「研究の作法」さえきちんと学べば、どんどん応用が効くようになります。知り合いのPTは、介護の現場に人工知能を活かそうと頑張っています。
自分が敷居をまたぐことで、誰かのため、社会のためになるなら、多少敷居が高そうでもやる気になりませんか?
ユマニチュード※で有名なジネスト先生という方がいます。ジネスト先生は、認知症の方と接するときにどうすればいいのか、というのを実践的に教えています。
個人的には、このユマニチュードも、リハ業界が積極的に取り入れるべきものの一つかなと思っています。職種や分野の垣根を超えて、いろんなループでお互いが繋がるといいなと思います。
このループを創っていくためには、臨床家が他の分野の専門家たちと同じ時間・場所を共有できるようにする事が必要だと思います。
臨床家と他の分野の専門家たちの間で、何か共通の問題意識が芽生えて、その問題意識を共有できる環境が作れたらと思っています。そういう積み重ねが、異分野融合型の共同研究や、エビデンスベースドの作業療法の提供につながっていくと信じています。
― 研究をする意味が分からないというセラピストも少なくないと思いますが、先生は臨床家も研究はしたほうがいいと思いますか?
伊藤先生 うちの研究会の副会長がよく言う言葉で、「臨床家は研究者だ」という言葉があります。彼は10年以上の臨床経験があります。
臨床のなかで、問題点や疑問を調べて仮説を立て、実際に介入し、評価をすること、を繰り返していくこと自体が小さな研究だと言っています。最初これを聞いた時すごく「ハッ」とさせられて、それ以来すごく好きな言葉です。
私自身がもし臨床に出たら、「研究をしたほうがいい」と感じると思います。
「自分がやっている手技は、どのような根拠に基づいていて、どれくらいの効果があるのか」根拠に基づいて説明できないのであれば、説明できるように論文を読んだり、自分で研究するべきでしょう。もっと効果的な新しい介入方法を作っていこうとした場合、確実に研究が必要になりますよね。
ちなみに「偉い先生言っていたから正しいんだ」というのは、研究の世界では、とてもエビデンスレベルが低いです。一番レベルの高いものは、RCTやそのメタアナリシスとかそういうもので、こういった研究に取り組んでいるOTも実際います。
副会長の受け売りですが、自分のやっている手技をきちんと説明できるようになろう、もっと工夫できないか、などと考えていくと、臨床の中で新たな発見があるかもしれません。
― モチベーションが落ちた時はどうしていますか?
伊藤先生 落ちるところまで落とします。落ちるところまで落とすと、次は上がっていくだけで知らないうちに上がっていたりします。
あと、日本にいた頃は、携帯の充電器を大学にだけに置いて、「何があってもとりあえず研究室に行く」ということをルーティンにやっていました。土日は朝行っても10分くらいで帰ることもありましたが、そういう日の夜は充電がないです(笑)
イギリスに来てからは、自分の好きなことだけに時間を使えるせいか、今のところモチベーションが落ちたことはない気がします。本当に好きなことに対しては、ずっとモチベーションが維持されるのかもしれません。
※ユマニチュード
フランスのイブ・ジネストとロゼット・マレスコッティにより開発された、34年以上の歴史を持つ、高齢者と認知症患者において有用とされている包括的ケアメソッドのひとつ。ユマニチュードとは、フランス語で「人間らしさ」の意味である。
ユマニチュードではまず、1,回復を目指す.2,機能を保つ3,共にいる.といういずれの段階にあるのかを評価します。ケアの実施にあたっては、「見つめること」「話しかけること」「触れること」「立つこと」を基本として、これらを組み合わせて複合的に行います。
― 先生にとってプロフェッショナルとは
伊藤先生 どんな時でもどんな状況でも心を込めて仕事し続けられる人です。
【目次】
第一回:安易な声がけへの後悔
第二回:研究者への道を歩む
第三回:酸っぱいブドウ
最終回:基礎研究者と臨床家を繋ぐ
伊藤先生オススメ書籍
伊藤文人先生 プロフィール
経歴
2017年8月 – 現在:イギリス ヨーク大学 心理学部 日本学術振興会海外特別研究員
2017年6月 – 現在:北海道大学大学院保健科学研究院 客員研究員
2014年10月 - 2017年7月:東北福祉大学感性福祉研究所 特任講師
2013年4月 - 2014年9月:京都大学こころの未来研究センター 日本学術振興会特別研究員(PD)
2010年4月 - 2013年3月:東北大学 大学院医学系研究科 障害科学専攻博士後期課程 博士(障害科学)
2010年4月 - 2012年3月:東北大学大学院医学系研究科高次機能障害学 日本学術振興会 特別研究員 (グローバルCOE) (DC1)
2008年4月 - 2010年3月:東北大学 大学院医学系研究科 障害科学専攻博士前期課程
2004年4月 - 2008年3月:北海道大学 医学部 保健学科作業療法学専攻
受賞歴
15th European Congress of Psychology Best poster award
東北大学医学系研究科 辛酉優秀学生賞 特別賞
第14回日本ヒト脳機能マッピング学会 若手奨励賞
第13回日本ヒト脳機能マッピング学会 若手奨励賞
作業療法神経科学研究会
ホームページ
https://www.ot-neuroscience.com