私が初めに留学にいこうと思った理由は、「これがしたくてデンマークに行きたい」というはっきりとした理由ではなく、「海外で英語を使って生活をしてみたい」という漠然とした気持ちでした。大学の4年間は海外の理学療法学生と関わる活動をしてきました。
その活動を通して、英語がもつ、住んでいる国やバックグランドが違っても、人と人を結びつけることができる力に感動したり、新しい環境に身を置くことで自分がどう変化するのか経験したいと考えるようになりました。その結果、大学を休学してでも留学をしたいと思うようになり、なんのためにいくのか、なにをしたいのかといったことは後から考えました。友人や大学の国際センターの先生がデンマークに留学していたこともあり、相談に乗ってもらった上で、ノーマライゼーションをテーマに「日本とデンマークでの障害に対する考え方の違いを学ぶこと」を今回の留学の目的に設定しました。
私は、日本で理学療法学生として大学で勉強するほかに訪問介護士としてのアルバイトをしています。理学療法学生としての実習や訪問介護士としての経験のなかで、障害のある人たちとサポートする人たちとの関わりに、なんとなく違和感を感じる機会がありました。当時はうまく言葉にできていませんでしたが、いま考えると、障害のある人がどんなことをしたいかということを決める過程や方法に違和感を感じていたのだと思います。
私が普段経験しているなかでは、日本では障害のある人の意思決定を周囲にいる人たちが制限しているように感じることがあります。「これがやってみたい」「あそこへ行ってみたい」というモチベーションを本人が持っているにも関わらず、「危険だから」「これが足りていないから」「周りに迷惑がかかるから」というように、行動を起こす前に周りが判断をすることで、トライ&エラーの回数が少なくなってしまっていると感じていました。この意思・行動決定の方法について、福祉先進国として知られるデンマークではどうなのかということを今回の留学で学んできました。
留学中の生活
学部4年の最後に休学をして留学したため、卒業のタイミングは同級生とずれ、覚悟はしていましたが、留学の最初は本当に寂しかったです。デンマークに飛び立つ飛行機の中で、このまま関西空港に帰りたいと思っていました。いざ、到着したものの、キャリーケースは届かず、Wi-Fiも繋がらず、さらにその日の宿はデンマークではなく隣国のスウェーデンに間違って予約をしており、「これが留学か」と身にしみて感じたのを覚えています。こういった予想外のことが次々に起こり、臨機応変に対応しなくてはいけない機会がたくさんありました。当時の自分は、実際に少し泣くほどピンチの状況でしたが、今思えば、その時の経験はアドベンチャーみたいでとても記憶に残っています。
いよいよ留学の本題に入ります。私は、約6ヶ月の間、Egmont Højskolen(エグモントホイスコーレン)という教育機関で生活し、その後2週間の理学療法のインターンシップを経験しました。デンマークにはFolke Højskole(フォルケホイスコーレ)と呼ばれる特有の教育機関があり、ここでは人間教育をテーマとする教育が行われます。高校を卒業しばかりの人たちや大学、社会人を経て来る人など様々であり、それぞれが自分のしたいことはなんなのかということと向き合うための場です。
通常の教育課程の学費は国によって賄われますが、フォルケホイスコーレは通常教育課程には含まれておらず、学費は個人が負担します。私が留学したエグモントホイスコーレンはそのなかでも、障害のある学生たちのためのフォルケホイスコーレであり、障害のない学生もアシスタントとして学校生活を送ることができます。学校は原則、全寮制であり特別な理由がある学生以外は全員が学内で生活をします。
エグモントホイスコーレンは学校ですので、授業があります。しかし、それは普通の日本の学校の授業とは異なりとてもクリエイティブなものばかりでした。ノルウェーまで行っての登山や、政治やアートとしてのパブリックスピーキング、カヤック、陶芸、デモ活動、アフリカンダンス、DIY、ゲルと言われる家屋づくりなど、机に座っての授業する機会は少なく、実際に手や口を動かしてするものが主でした。
初めは、ただ楽しくのんびりと授業を受けていたのですが、途中からその授業の意味をひしひしと感じる機会が増えました。授業では登山やカヤックなど、特に障害がある学生はトライしたことがない場面に多く出会います。そこには未知数な要素も多く、あれが足りない、サポートがうまくいかないなどの課題に、ほぼ確実にぶつかります。エグモントホイスコーレンでは、意図的にそういった課題に直面させるための環境をつくりだしていると思いました。そして、この課題に対しての向き合い方に、デンマーク人の性質というか人柄があるように感じました。
例えば、入学初日に全学生でウェルカムパーティーがありました。そこでは、車椅子の学生や手足の動かしにくい学生がいるにも関わらず、激しいダンスをする機会がありました。まだ、デンマークの雰囲気に慣れてなかった私は、もし日本であれば、事前に誰もができるような、歌などのアクティビティーに変更するだろうなと考えました。しかし、デンマークでは踊れなければ、周りが車椅子を回してウィリーさせたら楽しいんじゃない? とか、単純に二人がかりで支えてあげれば参加できるとか、そういったアイデアが次々に出ていました。
やる前に深く考えず、とりあえずやってみる。やりながらぶつかった課題に対してアイデアを出す。僕が今まで経験してきた環境と比べて、日常の中でのトライ&エラーの回数が圧倒的に多いと感じました。一方で、全てのアイデアがうまくいくわけではなく、その過程では車椅子から落ちたり、なんどやっても結局できないことも、もちろんありました。エグモントホイスコーレンは、工夫次第でなんでもできるというような無責任なきれい事で終わらせるのではなく、本人がやってみたいという意志を尊重してできることは最大限やってみる、だけどうまくいかないことはうまくいかないという事実と向き合う機会を提供する場でもあると感じました。
このクリエイティブさは困難に直面した時だけではなく、シンプルに日常生活を豊かにするのにも役に立っているようでした。あるパーティーの時に、障害のある学生のアシスタントがパートナーの新品の点滴パックにビールを入れたら一気飲み用のツールができるんじゃないかという提案をして、二人でそのパックを使って一気飲みしていた時はその発想力の制限の無さに心が軽くなりました。周りの人がどう思うのかといったことの前に、自分自身が何をおもしろいと思っているのかが個人であって、なおかつそれを積極的に周りと共有する中でベストな答えを見つけていくというのが自然な形でした。これは、ほんのごく一例で、車椅子の学生を二人で介助して寒中水泳したり、車椅子で木登りやボルダリングをしたり、さまざまな場面で創造性がデンマーク人の文化なのだと感じました。
トライ&エラーの機会が多いこと、クリエイティブさがデンマークの文化であることを感じた経験として、こんなことがありました。ある日、一人の車椅子に乗っている脳性麻痺の学生の父親が学校に来て、息子の車椅子の調整をしていました。話をしてみたら、その方は2年前にコックをやめて、手で車椅子をコントロールできない息子のために目で動かせる電動車椅子を開発しているのだと教えてくれました。その時に、コックからエンジニアに挑戦する勇気もそうですが、そういう思い切った選択をしても生活が成り立つデンマークの社会制度もすごいなと思いました。挑戦して失敗しても何度でも立ち上がれる環境、そして様々な経験が積める場があるからこそ、のびのびとクリエイティブさを育てられるのだろうと考えました。
留学の最後の2週間は、理学療法士の方にインターンとしてつかしてもらい、頭部外傷後5年を経過した方のリハビリテーションを担当させてもらいました。理学療法の具体的な内容として、大きな違いを感じることはありませんでしたが、私がこのインターン中に印象的な場面がありました。それは、理学療法士と介護士の方たちが、共通の目標を設定して密にコミュニケーションを取っていたことです。理学療法士から介護士へ、前頭葉機能の障害で食欲が抑えられず体重が増え、それが歩行に影響しているから食事の際は摂取量に気を配ってほしいといった目標のための要求をしたり、介護士からその日の睡眠状況などを聞いて理学療法の内容を変化させていました。
終わりに
今現在、留学を終えて3ヶ月が経ち、普通に生活していると留学中に感じていたことを思い返す機会はほとんどありませんが、当時書いていたノートを見返すと普段は感じないようなことを感じて考えていたのだなと思います。初めに留学をしたいと考えていた時は想像をしていなかったですが、私自身も、留学という未知数のことにトライしてみて、そこでぶつかった壁に対してクリエイティブに成長する機会が多かったのだと思います。まだまだ、先が見えず不確定な要素が多いことはこわいと感じてしまうし、クリエイティブな発想は苦手ですが、この先も様々なことに挑戦し、たくさんの失敗と成功を経験していきたいと思います。
小武 悠さん学歴
2014年-現在 県立広島大学保健福祉学部理学療法学科
218年1月-6月 Egmont Højskolen, Denmark
2018年6月 Physiotherapian, Denmark
【デンマーク留学概要】
2018年の1月から6月上旬まで、デンマークのEgmont Højskolenという障害をもつ学生のための学校へ留学し、2018年6月後半にはPhysiotherapianというクリニックでの2週間のインターンシップを行いました。今回の留学では、官民協働の海外留学支援制度トビタテ留学JAPAN日本代表プログラムの奨学生として留学費用を支援していただいております。