前編では、中山博文先生(公益社団法人 日本脳卒中協会 専務理事) にお話を伺った。後編では循環器病の立場から小室 一成先生に解説いただく。
脳卒中も循環器病の一部
脳卒中対策基本法案は、2014年に一度は参議院にて発議されたものの、衆議院の解散や、「1疾患あたり1つの法案を作っていたらきりがない」という理由で反対があり、残念ながら廃案になりました。
しかし、数年前より日本循環器学会の理事会の中でも、『循環器病においても「がん対策基本法」のような法律が必要ではないか』という声が上がっており、2016年に両団体がタッグを組み「脳卒中・循環器病対策基本法」の成立を求める活動を開始することになったのです。
小室 一成(こむろ いっせい)先生一般社団法人日本循環器学会代表理事 / 東京大学医学部附属病院 循環器内科 教授
小室先生「脳梗塞や脳出血も循環器病の一部として捉えることができます。医学的な観点からも禁煙・肥満・運動不足・減塩などの食生活の改善・高血圧、・高脂血症・糖尿病等と対策方法が共通しているということから、法律成立に向けて日本循環器学会と日本脳卒中協会が一緒に取り組むことは理に適っていると言えます。」
「脳卒中・循環器病は要介護、要支援の原因の21%を占めます。寝たきり原因に関しては36%。国民医療費の42兆円のうち、一番コストがかかっているのは循環器疾患で、がんの1.5倍です。年々増加している社会保障費の点から見ても重点的に対策する必要のある疾患です。」
「循環器病は予防ができます。脳卒中・循環器病対策基本法ができたことよって、啓発活動や検診システムの充実、心臓リハビリテーションの普及、新しい治療法の開発、治療の均てん化、救急治療の拠点化、疾病登録ができるようになると期待しています。」
世界的な「心不全パンデミック」状態にある
日本脳卒中学会と日本循環器学会は2016年に『脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画(以下、5ヶ年計画)』を作成しており、そこには重要3疾患として脳卒中と血管病と並んで、心不全を挙げています。
心不全は生命の危険に直結する症候群です。全心不全患者の5年生存率は約60%で、平均生存期間も男性1.7年、女性3.2年と非常に短いのです。日本における患者数は約100万人と推定されており、高齢化に伴って患者数はますます増加してくることが予想されます。
小室先生 「心不全になると、一度救急車に運ばれても9割くらいの人が良くなって退院していきますが、その多くが1年以内に増悪し、再入院に至り、それを繰り返しながら身体機能が悪化してゆきます。再入院を食い止めるためにも退院後のリハビリテーションが非常に重要になってきます。」
「心臓リハビリテーションは、運動療法がメインですが、さらに薬の服用状況を確認したり、暴飲暴食や喫煙をしていないか、体重は増えていないかなど、声掛けで確認するということも心臓リハビリテーションに含まれると私は思っています。」
「今後は、急性期から退院後の回復期、慢性期をシームレスに診療するために新しい診療体制の整備が重要となってきます。そのためには専門医だけでなく、看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、臨床心理士、ソーシャルワーカーなど多くの職種の人材育成が必要です。循環器学会としては、新しく心不全療養指導士の認定制度の準備を始めています。」
なお現在、日本循環器学会は心不全の予防啓発活動の一環として、「シン・シン(心臓・身体)健康プロジェクト」というキャンペーンを行っています。藤子不二雄Ⓐ氏原作の漫画『忍者ハットリくん』の弟であるシンゾウ君を啓発大使として、がんと同等あるいはそれ以上に重篤な疾患であると広める活動を行っているそうです。
写真:adobestock
急性心筋梗塞も時間が勝負
急性心筋梗塞についても伺いました。急性心筋梗塞は冠動脈の閉塞で起こり、病院に着く前に14%の患者が心停止に至る病です。年々患者数は増加し、救命されたとしても心不全や致死性不整脈などの後遺症の原因になります。
心停止状態になっている方を見つけた場合、まずやるべき行動は一次救命処置と呼ばれる心肺蘇生とAEDです。日本は世界で一番AEDが普及されている一方で、まだAEDの使い方を知らない人がほとんどです。
小室先生 「2007年から毎年開催されている東京マラソンですが、実は今まで11人の人が心室細動や心室頻拍で倒れています。その11人全員を救っているのがAEDです。AEDの操作はとても簡単で、一度経験していれば誰でも使えるようになると思います。小学校教育の中に組み入れることによって、より多くの命を救う事ができるようになると思います。」
「心筋のダメージを最小限に食い止めるためには12時間の再灌流治療が有効です。そのためには救急治療体制やネットワーク、搬送システムの整備を今後行っていこうと思っています。」
対処療法から原因療法へ
がん対策基本法ができて10年。今や「がんは治る時代」に突入しようとしています。がん対策基本法ができたことにより研究開発にかける予算も倍以上に増え、原因に基づいた治療が行われるようになりました。
小室先生 「実は今まで、循環器は治療が進んでいると勘違いされてきた領域なのです。降圧剤によって血圧を下げることが可能ですし、心不全に関しても、βブロッカーという効果的な薬剤がすでに開発されていました。しかし、これらはどれも対処療法です。なぜ心不全になるのか、その原因を突き止めない限り発症を食い止める事は出来ませんし、発症後も完全に治療することができません。」
「今後は法案の成立により、研究費が大幅に増え、基礎や臨床の研究・開発が飛躍的に発展することも期待しています。」
【目次】
#01 脳卒中予防義務教育化に向けて|日本脳卒中協会 専務理事 中山 博文先生
#02 心不全パンデミックから脱却せよ! |日本循環器学会 代表理事 小室一成先生
#03 脳・循環器リハは、法成立後どう変わっていくのか|参議院議員 山口和之先生
#04 心不全パンデミック時代におけるセラピストの役割|北里大学 准教授 神谷 健太郎先生