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【富山大学】ストレスに強くなる脳神経メカニズムの解明

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富山大学大学院医学薬学教育部(薬学系)薬物治療学研究室 博士後期課程 2 年生宮西肇、および富山大学学術研究部薬学・和漢系 薬物治療学研究室 新田淳美教授らは、マウスを用いた実験でうつ病発症機構に関して新たな発見をしました。うつ病発症に大きく関与するストレスへの感受性が、脳の線条体という部位で制御されていること、その詳細な機構として精神疾患関連分子 Shati/Nat8l と脳由来神経栄養因子 BDNF が関与していることを明らかにしました。自治医大の村松慎一教授が確立した遺伝子工学的な手法を用いてマウスの線条体で Shati/Nat8l の遺伝子改変を行い、発現を低下させることで、たとえ強いストレスを与えても、うつ様行動を示さないマウスの割合が多くなり、ストレス抵抗性を形成されることを見出しました。これらのことが、線条体における脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor; BDNF) の発現低下が原因であることを突き止め、世界で初めて線条体における BDNF のうつ病に対する機能を実証する研究となります。

 

これらの成果は、現在、日本を含む世界中で大きな問題となっているストレス関連疾患であるうつ病患者の急激な増加に歯止めをかけるために、現状治療法が確立されていない難治性うつ病患者に対する新規治療戦略の確立に繋がる大きな一歩となると考えられます。本研究は、アメリカ神経精神薬理学会誌である Neuropsychopharmacology に掲載されます。

 

ポイント

  • ・人間社会のストレスを反映している社会的敗北ストレスをマウスに暴露し、うつ様行動を示すマウス脳の中で、線条体においてのみ Shati/Nat8l および BDNF の発現が増加した。
  • ・Shati/Nat8l を線条体において発現抑制し、ストレスを与えたマウスはうつ病行動を示さず、ストレス抵抗性の形成が観察された。
  • ・薬理学的手法により線条体の BDNF の働きを抑制すると、ストレスを与えた後、マウスはうつ病行動を示さず、ストレス抵抗性の形成が観察された。
  • ・線条体における Shati/Nat8l は、BDNF をエピジェネティックな修飾により直接制御した。
  • ・以上の研究成果は、これまで不明な点が多かったストレスが誘発するうつ病発症メカニズムの解明に大きな発見をもたらし、停滞している新規うつ病治療薬開発につながる可能性がある。

 

研究の背景

精神疾患は、患者数の多さと社会への影響の大きさから、厚生労働省が定める「5大疾病」の一つであり、なかでも、うつ病は最も患者数が多い疾患である。既存の治療薬は、3割の患者に対して効果を示さないことも問題となっている。このような難治性うつ病患者に対する抗うつ薬を開発するために、未知のうつ病発症メカニズムを解明し、既存の抗うつ薬とは異なる新規の標的分子の発見、治療戦略が切望されている。そのような中、ストレスを暴露することで、うつ病になったマウス脳の線条体のみで発現が増加する分子Shati/Nat8l を見出した。

 

方法

マウスの脳内における Shati/Nat8l および BDNF の発現量については、RT-PCR 法およびウエスタンブロット法で検討した。自治医大・オープンイノベーションセンター神経遺伝子治療部門・村松慎一教授が作成したアデノ随伴ウィルスベクターと Cre/loxP 法を組み合わせ、線条体局所的に Shati/Nat8l の発現量を低下させた。うつ様行動については、社会性行動能力試験(社会性行動の指標)、ショ糖嗜好性試験(無快感症状の指標)、尾懸垂試験と強制水泳試験(無気力の指標)を行った。Shati/Nat8lとBDNFの直接的な制御関係を検討するためにクロマチン免疫沈降法を用いた。

 

結果

うつ病マウスの線条体において精神疾患関連分子 Shati/Nat8l と脳由来神経栄養因子BDNF の発現が増加していた。遺伝子工学的な手法によって線条体における Shati/Nat8l を発現抑制させることで、ストレスを与えた後、うつ様行動を示すマウスの割合が飛躍的に低下した(図 1)。また、薬理学的手法によって線条体において BDNF の機能を阻害することによっても、ストレス抵抗性が形成された。

Shati/Nat8l と BDNF の直接的な関係を明らかにするためクロマチン免疫沈降法を用いて、DNA 中の BDNF がコード化されている領域に対して Shati/Nat8l が影響を与え、BDNFの発現を制御していることを明らかにした。本研究成果を図 2 に示す。

 

図 1 ストレス暴露後にうつ病マウスになる割合

図2 研究成果の概要

 

まとめの図と将来の展望

BDNF のうつ病病態への寄与に関する研究は、長年世界中で行われているが、本研究において明らかにした線条体 BDNF が有するストレス感受性の制御を介したうつ病誘導機能は、世界で初めての発見である。BDNF はうつ病に対して、良い者か悪い者かが脳部位により異なり、これまで BDNF を脳全体で調節するという発想は、うつ病治療戦略になりえなかったが、今回線条体特異的に BDNF を制御する Shati/Nat8l 経路の発見は、これまで実現できなかった部位特異的な BDNF 調節を可能にするため、本経路が新規うつ病治療戦略として、難治性うつ病患者を含むすべての患者に有益な治療効果をもたらす治療薬の開発に結びつく可能性が期待される。

 

論文情報

■ 雑誌名

Neuropsychopharmacology

■ 論文名

Striatal Shati/Nat8l- BDNF pathways determine the sensitivity to socialdefeat stress in mice through epigenetic regulation

■ 著者

宮西肇 (Hajime Miyanishi)1, 村松慎一(Shin-ichi Muramatsu)2,3, 新田淳美 (Atsumi Nitta)4

■ 所属

1富山大学大学院医学薬学教育部(薬学)・薬物治療学研究室 2自治医科大学・オープンイノベーションセンター・神経遺伝子治療部門3東京大学医科学研究所・遺伝子・細胞治療センター4富山大学学術研究部薬学・和漢系

 

詳細▶︎https://www.u-toyama.ac.jp/news-education/28031/

 

注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

【富山大学】ストレスに強くなる脳神経メカニズムの解明

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