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母親の産後うつや愛着低下が子どもの歯磨き習慣へ与える影響

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研究のポイント

  • ・母親の産後うつ注 1 の経験と子どもの歯磨き回数の減少に相関が認められ、産後うつを経験した母親の子どもでは、歯磨きを毎日しないリスクは約 2 倍だった。
  • ・母親の子への愛着(対児愛着)注 2 が良好な場合には子どもの歯磨き回数も多く、反対に対児愛着障害が認められた場合には歯磨き回数も少なくなることが明らかになった。
  • ・母親の産後うつや愛着低下といった精神面の不調の経験が、子どもの歯磨き習慣の問題に結び付く可能性が示された。

 

研究概要

乳幼児期のむし歯は歯磨きで効果的に予防できます。ただ、その時期のお口の管理は親に頼る部分が大きいので、親の精神状態や子への愛着などに影響されることが予想されます。東北大学病院の土谷忍助教、五十嵐薫教授、有馬隆博教授、八重樫伸生教授、医学系研究科の門間陽樹講師、医工学研究科の永富良一教授、東北福祉大学保健看護学科の土谷昌広教授らのグループは、環境省が実施している子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査注 3)の参加者を対象に、母親の産後うつ(産後 1 か月と 6 カ月)や愛着低下(1 歳時)といった精神面の不調が、子どもの歯磨きといった健康習慣にどのように影響するかについて分析を行いました。その結果、母親が産後うつを経験した場合、子供(2 歳時)の歯磨き回数が少なくなっていることがわかりました。その一方で、母親に良好な愛着形成が認められた場合、子どもの毎日の歯磨き回数は有意に増加していました。本研究により、子どもの歯磨き習慣の確立に母親の精神的要因が影響することが明らかとなり、子どものむし歯予防の観点からも重要であることがわかりました。くわえて、周産期における母親の精神的ケアや母子の良好な愛着形成を支援することが、将来的な子どものむし歯予防にも貢献することが期待されます。

本研究成果は、2021年6月11日に Community Dentistry and Oral Epidemiology(電子版)に掲載されました。

本研究は、環境省が実施しているエコチル調査の結果を用いて行われましたが、本研究は研究者の責任によって行われているもので、政府の公的見解を示したものではありません。

 

研究内容

毎日の歯磨き習慣は、子どものむし歯を効果的に予防することができるとされています。国際小児歯科学会では、1 日 2 回以上、フッ素入り歯磨剤を使用して歯磨きすることを推奨しています。しかしながら、乳幼児期の歯磨き習慣(仕上げ磨きや歯ブラシの練習など)は親の努力による部分が大きく、親の精神的不調(産後うつ)や子への愛着(対児愛着:ボンディング)に強く影響を受けることが予想されます。

これまでの過去の研究において、母親の精神的不調や愛着が子どもの歯磨き習慣に及ぼす影響については十分検討されてきませんでした。今回、東北大学病院の土谷忍(つちや しのぶ)助教、五十嵐薫(いがらし かおる)教授、有馬隆博(ありま たかひろ)教授、八重樫伸生(やえがし のぶお)教授、医学系研究科の門間陽樹(もんま はるき)講師、医工学研究科の永富良一(ながとみ りょういち)教授、東北福祉大学保健看護学科の土谷昌広(つちや まさひろ)教授らのグループは、周産期における精神的な不調として産後うつ(産後1か月と 6カ月)、母親の愛着(1歳時)に着目し、子どもの歯磨き回数(2 歳時)との関連について検討しました。エコチル調査へ参加している約 10 万組の母親と子どもを対象とし、産後 1 か月および 6 か月時の母親の産後うつについて調査しました。また、赤ちゃんへの気持ち質問票注 4 を使用し、産後 1年時の母親の子への愛着についても評価しました。子どもの日常的な歯磨き回数は 2歳時の回答を用い、毎日 2 回以上のグループを基準に、1 回と 1 回未満(毎日は磨かない)のグループとの比較を行いました。その結果、母親の産後うつの経験と子どもの歯磨き回数の減少に相関が認められました。特に産後うつを経験した母親の子どもでは、歯磨きを毎日しないリスクは約 2 倍でした。また、母親の愛着の検討では、良好な場合には子どもの歯磨き回数も多く、反対に対児愛着障害が認められた場合には子どもの歯磨き回数も少なくなることが明らかになりました。

結論:本研究によって母親の産後うつや子への愛着といった精神的因子が子どもの歯磨き回数と関連することが解明されました。成長期における正しい生活習慣の確立は非常に重要とされ、「三つ子の魂百まで」と言われるように、この時期に確立された生活習慣は生涯に渡って影響すると考えられています。歯磨き習慣はむし歯だけでなく、食生活や睡眠といった習慣にも繋がる大事な健康行動の一つです。今後、将来的な子どものむし歯のリスク評価において、親の産後うつや子への愛着を評価することが一つの指標となることが推察されます。良好な愛着形成が子どもの歯磨き習慣を定着させる可能性が高いことから、産後うつの改善や愛着形成の支援が歯磨きや食生活を含めた育児にも好循環をもたらし、子どものむし歯予防を更に進めることに繋がることが期待されます。

 

用語説明

注1. 産後うつ:出産後から食欲・意欲の減退や睡眠障害、不安といったうつ症状が始まることが多く、数か月、数年単位で続くこともあります。子への虐待、自殺、無理心中などにもつながる可能性があります。本研究ではエジンバラ産後うつ病自己評価票注 5 を用いて評価しました。

注2. 対児愛着(ボンディング):親から子どもに向けられる情緒的な絆や愛情のことで、親の献身的な育児行動の基盤となります。

注3. エコチル調査:エコチル調査は、環境省が企画・立案し、国立環境研究所(コアセンター)が中心となって調査をとりまとめ、全国 15 地域の大学等に設置されたユニットセンターと共同で実施している子どもの健康と環境に関する全国調査です。2011 年 1 月から 2014 年 3 月の期間に参加者の募集が行われ、約10 万人が登録し、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるときから 13 歳になるまでの健康状態を定期的に調べ、環境要因が子どもたちの成長・発達にどの

ような影響を与えるのかを明らかにする、出生コーホート(集団を追跡する)調査です。

注4. 赤ちゃんへの気持ち質問票: 4 件法(0-3 点)、10 項目からなる自己記入式質問票であり、得点範囲は 0-30 点です。愛着形成が不良であるほど高得点になりますが、明確な診断基準は現在も検討中です。

注5. エジンバラ産後うつ病自己評価票(EPDS):4 件法(0-3 点)、10 項目からなる自己記入式質問票であり、得点範囲は 0-30 点です。日本語版での区分点は 8点/9 点であり、9 点以上で産後うつ病の可能性が高いとされています。

図1.産後 1 か月時の子どもの 1 日の歯磨き回数と産後うつとの関係

母親の産後うつが認められる場合、歯磨き回数が少ない子どもの割合が多くなっている。

図2.赤ちゃんへの気持ち質問票の合計点と子どもの 1 日の歯磨き回数との関係

赤ちゃんへの気持ち質問票は合計点が低いほど良好な対児愛着が形成されていることを示す。子どもの1日の歯磨き回数が多いほど、母親の対児愛着が良好である傾向が認められた。

論文題目

Title: Influence of maternal postpartum depression on children’s toothbrushingfrequency

Authors: Shinobu Tsuchiya, Masahiro Tsuchiya, Haruki Momma, Ryoichi Nagatomi,Takahiro Arima, Nobuo Yaegashi, Kaoru Igarashi and Japan Environment and Children’sStudy Group.

タイトル:母親の産後うつと子どもの歯磨き頻度との関連性

著者名:土谷忍、土谷昌広、門間陽樹、永富良一、有馬隆博、八重樫伸生、五十嵐薫

掲載誌名:Community Dentistry and Oral Epidemiology

DOI: 10.1111/cdoe.12672

 

※参考文献

Title: Prospective association between maternal bonding disorders and child toothbrushingfrequency: A cross-sectional study of the Japan Environment and Children's StudyAuthors: Shinobu Tsuchiya, Masahiro Tsuchiya, Haruki Momma, Ryoichi Nagatomi, TakahiroArima, Nobuo Yaegashi, Kaoru Igarashi and Japan Environment & Children’s Study Group.

タイトル:母親の対児愛着障害と子どもの歯磨き頻度との関連性:エコチル調査の横断研究

著者名:土谷忍、土谷昌広、門間陽樹、永富良一、有馬隆博、八重樫伸生、五十嵐薫

掲載誌名:International Journal of Paediatric Dentistry

DOI: 10.1111/ipd.12791

 

詳細▶︎https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/07/press20210702-01-toothbrushing.html

 

注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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