ポイント
- ・突然脳の血管が詰まることで発症する脳梗塞では、患者さんに手足の麻痺や歩行障害などの機能障害を生じることが多いですが、機能を直接回復させる有効な治療法は現時点では存在しません。
- ・北海道大学病院脳神経外科(藤村幹教授)の研究グループは、脳梗塞になり重度の麻痺が生じた患者さんに対して、患者さん自身の骨髄から製造した自家骨髄間質細胞(Bone Marrow Stromal Cell:BMSC)(注1)製品(HUNS001)を脳内に移植する医師主導治験を行い、その安全性や有効性を調べました。
- ・安全性に関しては、HUNS001の脳内移植が原因と考えられる重大な合併症はありませんでした。有効性に関しては、個人差が大きいものの、患者さんが自力で歩行できるようになる例もあり、機能回復が推定される結果であったと考えています。
- ・今後、本技術を応用し、「より効果が高く・低コスト」で治療を受けることができるように、北海道大学発ベンチャー(株式会社RAINBOW)が主体となって次の治験に進む予定です。
研究の背景
脳卒中、特にその大部分を占める脳梗塞は、日本全国で1年間に約30万人が新規に発症し、その多くが死亡もしくは麻痺等の後遺症を残す重篤な疾患です。2025年には520万人の要介護者が推定され、患者さんは自身の身体的管理、就業、生活の質(QOL)などに大きなハンディキャップを抱えますが、麻痺を直接的に回復させることができる有効な治療法は今までに存在していません。
脳卒中の治療が困難な原因の一つとして、「傷害された脳組織を再生させる治療法」が確立していないことが挙げられます。そのため現在の治療は、「障害を可能な限り軽度でとどめる治療法」「リハビリによる機能回復」が主体です。しかし、脳卒中の大半を占める脳梗塞においては、血管閉塞を生じてから脳神経組織が傷害されるまでの時間(Therapeutic time window)は非常に短く、またリハビリの効果も限定的であるなど、治療効果は満足できる状況ではないのが現状です。
このような状況の中で、近年の研究の進歩により、「一旦傷害された脳神経組織を再生させる治療法」、つまり再生医療が可能となりつつあります。その実現のためには、動物実験等だけではなく、臨床において、患者さんにHUNS001を投与し、安全性と有効性を確認することが必要です。
研究成果の概要
北海道大学では2001年より自家BMSCを用いた基礎研究を進めてきました。そして、2017年より国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実用化研究事業の支援のもと、第1相医師主導治験「脳梗塞急性期患者を対象とした自家BMSC脳内投与による再生治療の安全性及び有効性を検討する第I相試験」(RAINBOW研究)(注2)(研究開発代表者:寳金清博総長)を開始し、2021年4月にすべて終了しました。
対象は、脳梗塞発症後14日の時点で重症の麻痺を有する患者さん7名です。患者さん本人から採取した骨髄細胞を北海道大学病院の細胞プロセッシング室で培養・加工することでHUNS001を製造し、発症約2ヶ月後に手術によって脳梗塞周囲に投与しました。その後、それぞれの患者さんは1年後まで安全性および有効性のチェックを受けました。
安全性に関しては、1年間の観察期間中に重篤な合併症を認めませんでした。また、今回は対照群(細胞を投与しない患者さんグループ)が存在しない試験デザインのため、有効性を厳密に検証することはできませんが、自力での歩行が回復するなど一定の有効性が推定されました。さらに、投与したHUNS001が脳内の損傷部位へ移動することや、脳梗塞周辺の神経細胞が活性化していることなどが、画像検査で明らかになりました。
研究成果の意義
本治験では、有効な治療法がなかった重度の麻痺を有する脳梗塞患者さんに対して、HUNS001の脳内投与が安全に行えることと、有効性が推定できることを確認しました。
本治療法をいち早く患者さんのもとへ届けるために、北海道大学発ベンチャー(株式会社RAINBOW)が設立されました。本治療法が社会に広まることで、脳梗塞患者さんのQOL向上に大きく貢献できる可能性があります。ただし、今回の試験は対象者が少数で対照群も置いていないため、今後、大規模な臨床試験の実施を予定しています。
北海道大学が世界をリードしている本研究分野で、さらなる研究の進捗が大いに期待されます。
用語説明
(注1)自家骨髄間質幹細胞(BMSC)
自家Bone Marrow Stromal Cell。患者さん自身の骨髄から製造した骨髄間質細胞で、間葉系幹細胞を多く含む。間葉系幹細胞とは、骨髄や脂肪中に存在し、神経や筋肉、骨などへの分化能を持つことが示唆されている細胞である。
(注2)「脳梗塞急性期患者を対象とした自家BMSC脳内投与による再生治療の安全性及び有効性を検討する第Ⅰ相試験」(RAINBOW研究:Research on advanced intervention using novel bone marrow stem cell)
詳細▶︎https://www.amed.go.jp/news/release_20210806-03.html
注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。