私たちの多くは、夜間にまとめて⻑時間の睡眠をとる単相性睡眠という行動様式をとっており、夕食から翌日の朝食までの睡眠時間を含めた半日を絶食で過ごし、残りの半日で1日分のエネルギーを摂取しています。昼と夜とでエネルギー代謝の様相が一変するので、これに上手に対処する能力が「代謝の柔軟性」として最近注目を集めています。
本研究では、延べ127名の非肥満の健常人について、1日を通したエネルギー代謝を測定し、昼間のエネルギー代謝だけでは捉えることのできない個人差(代謝的な柔軟性の違い、加齢の影響や男女差)が、睡眠中に顕在化することを明らかにしました。肥満していない健康な人では、食事の摂取に伴う血糖の上昇やその後のインスリン分泌の影響が強く、代謝の柔軟性の個人差が昼間には隠されてしまうのではないかと考えられます。このことは、睡眠時に顕在化する代謝の柔軟性の低下が、肥満や糖尿病等のメタボリックシンドロームへ発症の予兆あるいは原因である可能性を示唆しています。これを確かめるためには、肥満、糖尿病なども含めた、より多様な被験者の睡眠時エネルギー代謝のデータを取得する必要があり、今後、国内外の研究グループとの連携によるデータ蓄積の加速化も重要になります。
研究代表者
筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構
徳山薫平 教授
研究の背景
ヒトは、夜間にまとめて⻑時間の睡眠をとる単相性睡眠という行動様式をとっており、夕食から翌日の朝食までの半日を絶食で過ごし、残りの半日で1日分のエネルギーを摂取しています。従って、1日分のエネルギーを摂取する昼間と、その蓄積でエネルギー需要を賄う夜間とでは、エネルギー代謝の様相が一変します。これに上手に対処する能力が「代謝の柔軟性」です。代謝の柔軟性の低下は、将来の肥満や糖尿病等の発症の兆候あるいは原因となると考えられており、最近注目を集めています。
睡眠中のエネルギー代謝は、夕食からの時間経過に従って徐々に炭水化物の酸化から脂肪の酸化へと変化すると考えられてきました。しかし、睡眠中のエネルギー代謝の経時変化についてのデータを取得し、これを実証することは、測定の時間分解能の限界があり困難でした。そこで本研究では、ヒューマンカロリメーター注1)の時間分解能を時間単位の測定から分単位での測定が可能な世界最高水準に高め、この課題に取り組みました。
研究内容と成果
就寝中のエネルギー消費を測定するために、ヒューマンカロリーメーターを用いて、延べ127名の非肥満の健常人の1日のエネルギー代謝を連続して測定しました(図1)。その結果、次のような現象が観察され、エネルギー代謝の個人差が睡眠時に顕在化することが分かりました。
1)若年成人では、昼間の食事に対するエネルギー代謝応答の個人差は小さい一方で、夜間の脂肪酸化の亢進には大きな個人差が見られました(図2)。若くて肥満のない被験者では食事摂取後の血糖値とそれに伴うインスりン分泌の増加が炭水化物の酸化を強く促進する結果、個人差が隠されてしまうと考えられます。
2)20歳代と30歳代の比較では、昼間の食事に対するエネルギー代謝の応答には差が認められなかったものの、夜間の脂肪酸化の亢進は30歳代の被験者で小さくなりました。つまり、加齢に伴う代謝の柔軟性の低下が、夜間に顕在化することが示唆されました。
3)睡眠中のエネルギー代謝は、夕食からの時間経過に従って徐々に炭水化物から脂肪へと変化するという通説に反して、就寝中に脂肪酸化が最大となった後、覚醒数時間前から再び炭水化物の酸化が増大しました。さらに、この炭水化物酸化が再び盛んになる時刻は、男性よりも女性の方が1〜2時間早いという性差が認められました。睡眠の後半に炭水化物酸化が活性化するメカニズムは未だ解明されていませんが、睡眠時の体温についても同様の経時変化が見られることから、何らかの共通の仕組みがあるのではないかと予想されます。
今後の展開
睡眠時に顕在化する代謝の柔軟性の低下は、肥満や糖尿病等のメタボリックシンドローム発症の予兆あるいは原因である可能性があります。これを明らかにするためには、健康な人だけでなく、肥満、糖尿病などの多様な被験者の睡眠時エネルギー代謝のデータも含めて検討する必要があり、データ蓄積の加速化に向けて、国内外の研究グループとの連携も重要になると考えられます。また、代謝の柔軟性の個人差が睡眠時に顕在化することを踏まえて、睡眠の質とエネルギー代謝の関連についても検討を進め、「睡眠の改善を通してエネルギー代謝を改善する」あるいは逆に「エネルギー代謝の改善を通して睡眠の改善する」という可能性も追求していく予定です。
参考図
図1ヒューマンカロリメーターによるエネルギー代謝測定
(a)被験者が睡眠をとる部屋。三畳ほどの密閉室には毎分80~100Lの新鮮な外気が取り込まれ、室内は25°Cに保たれている。(b)エネルギー代謝測定中は二重扉を介して食事が供給される。(c)密閉室内の酸素と二酸化炭素濃度のわずかな変化を質量分析機で測定し、室内に滞在する被験者の酸素摂取と二酸化炭素産生から、エネルギー消費、脂肪酸化、炭水化物酸化を計算する。(d)エネルギー代謝測定中には睡眠脳波の測定も行った。
図2代謝の柔軟性と呼吸商
呼吸商は酸素摂取に対する二酸化炭素産生の比率で、体内で酸化されている脂肪と炭水化物の割合を示す。夜間と昼間との呼吸商の変化が代謝の柔軟性となる。炭水化物のみが酸化されている場合の呼吸商は1.00、脂肪のみが酸化されている場合には呼吸商は0.70となる。食後には炭水化物の酸化が盛んになり呼吸商が上昇し、睡眠時には脂肪の酸化が進んで呼吸商が低値となる。呼吸商の変化(代謝の柔軟性)の違いは睡眠時に明瞭であった。(⻘:代謝の柔軟性が大きい人、赤:代謝の柔軟性が小さい人)
用語解説
注1)ヒューマンカロリーメーター
呼気採取のためのマスクを装着せずに、部屋全体の酸素濃度と二酸化炭素濃度の変化から被験者の酸素摂取量や二酸化炭素産生量を測定する装置。
研究資金
本研究は、日本学術振興会(世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI))、科研費(JP 20H04120)の支援により行われました。
掲載論文
【題名】
MetabolicFlexibilityduringSleep(睡眠時のエネルギー代謝の柔軟性)
【掲載誌】SimengZhang,YoshiakiTanaka,AsukaIshihara,AkikoUchizawa,InsungPark,KaitoIwayama,HitomiOgata,KatsuhikoYajima,NaomiOmi,MakotoSatoh,MasashiYanagisawa,HiroyukiSagayama,KumpeiTokuyama
【掲載誌】
ScientificReports
【掲載日】
2021年9月8日
【DOI】
10.1038/s41598-021-97301-8
詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20210908180000.html
注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。