群⾺⼤学(群⾺県前橋市)と東京⼤学(東京都⽂京区)を中⼼とする研究グループは、⼤学病院など全国43施設においてランダム化試験(*1)をおこない、⾮⾻傷性頚髄損傷(⾻折のない頚髄損傷)(*2)に対する早期⼿術の有効性を調査しました。その結果、24時間以内の早期⼿術は、待機的におこなう受傷2週以降の⼿術に⽐べ、⼿⾜に⽣じた⿇痺の回復を早めることがわかりました。本研究成果は、⽇本時間2021年11⽉10⽇(⽔)公開の国際医学雑誌「JAMA Network Open」に掲載されました。
1.本件のポイント
- ⾮⾻傷性頚髄損傷は、転倒等によって⽣じる外傷で、⾼齢化にともない急増しています。
- ⾮⾻傷性頚髄損傷に対する、24時間以内の緊急除圧⼿術の治療効果を明らかにするため、全国43施設が共同し、国際的にも最⼤規模のランダム化試験をおこないました。
- 24時間以内の⼿術は、待機的な⼿術に⽐べ、⼿⾜の⿇痺の回復を早めることがわかりました。
2.本件の概要
成果
頚髄損傷は、転倒や交通事故等により、くびの部分で脊髄が傷つき⼿⾜が動かせなくなる重篤な外傷で、全国で年間5000例発⽣しています。中⾼年に多くみられる⾮⾻傷性頚髄損傷は、⾼齢化にともない増加しており、頚髄損傷の約7割を占めています。また指定難病である後縦靭帯⾻化症(*3)では⾮⾻傷性頚髄損傷のリスクが特に⾼いことも報告されています。群⾺⼤学と東京⼤学による研究グループは、全国43施設において、重症運動不全⿇痺(*4)を呈する⾮⾻傷性頚髄損傷を対象とした、多施設共同ランダム化試験(OSCIS試験)をおこないました。その結果、24時間以内の⼿術は、2週間以降の待機的な⼿術に⽐べ、1年後の⿇痺の回復レベルは同程度でしたが、受傷後から半年間のASIA運動スコア(*5)の改善が⼤きく、⿇痺の回復スピードを早めることが明らかになりました(受傷時からの運動スコア増加︓受傷後3か⽉ 早期⼿術群 49.1 vs 待機⼿術群 37.2︔受傷後6か⽉ 早期⼿術群 51.5 vs待機⼿術群 41.3)。
新規性
脊柱管狭窄(*6)をともなう⾮⾻傷性頚髄損傷に対する治療指針は確⽴されておらず、⼿術やそのタイミングについての判断は施設ごとにまちまちでした。研究チームは、8年をかけて過去最⼤の症例数のランダム化試験を実施し、早期⼿術の有効性を世界に先駆けて⽰しました。本研究の成果は、⾮⾻傷性頚髄損傷の治療指針の確⽴にむけた重要なステップになると思われます。
3.研究の成果発表等
掲載雑誌
JAMA Network Open
⽶国医師会発⾏の国際医学雑誌
総合医学雑誌のなかでトップ10%にランクされている。
タイトル
Effect of Early vs Delayed Surgical Treatment on Motor Recovery in IncompleteCervical Spinal Cord Injury with Preexisting Cervical Stenosis
A Randomized Clinical Trial
著者
The OSCIS Investigator(研究グループ名)
責任著者
筑⽥博隆(CHIKUDA, Hirotaka)
所属
群⾺⼤学⼤学院医学系研究科整形外科学
本研究は、厚⽣労働科学研究費補助⾦(難治性疾患政策研究事業 脊柱靭帯⾻化症に関する調査研究)および公益社団法⼈⽇本整形外科学会の助成を受けておこなわれました。
4.今後の展開
これまで⾮⾻傷性頚髄損傷に対して、早期⼿術についての明確な指針はなく、専⾨医のあいだでも意⾒がわかれていました。本研究の結果は、24時間以内の早期⼿術によって運動⿇痺の回復が促進されることを⽰しています。現在は、⾮⾻傷性頚髄損傷に対し緊急⼿術がおこなわれることは極めて少ないですが、今後、本研究の結果を含めた診療指針(ガイドライン)が策定され、専⾨施設で24時間以内の⼿術をおこなう治療がひろまることが期待されます。
⽤語解説
*1 ランダム化⽐較試験
患者さんを、治療法の異なるグループにランダムに分け(ランダム化)、治療の効果をしらべる⽅法です。ランダム化はコンピュータによっておこなわれ、医師も患者さんも⾃分ではどちらの治療にするかを選べません。ランダム化試験は、偏りの少ない⽐較することができるため、もっとも信頼性が⾼い研究⽅法とされています。
*2 ⾮⾻傷性頚髄損傷
頚(くび)の部分で脊髄が損傷されることを頚髄損傷といいます。両⼿、両⾜がうごかせない、感覚がない、などの⿇痺症状があらわれます。頚髄損傷のなかで、背⾻の⾻折や脱⾅Aがないものを、⾮⾻傷性頚髄損傷とよびます。⾮⾻傷性頚髄損傷は、⾼齢者に多くみられ、転倒などの⽐較的軽いけがでおきます。
*3 後縦靭帯⾻化症(OPLL︓ossification of the posterior longitudinal ligament)
後縦靱帯⾻化症(こうじゅうじんたいこつかしょう)は、脊髄の通り道に沿って縦⾛する後縦靱帯が⾻に変わることにより、脊髄が圧迫される病気です。頚椎の後縦靭帯⾻化症は、無症状のものを含めると⽇本⼈の5%程度にみられます。⾻化した靭帯により脊髄が圧迫されると、⼿⾜のしびれや⿇痺が出現します。また転倒などの軽微な外傷によって、急に⿇痺がおきたり、悪化したりすることがあります。後縦靭帯⾻化は、⾮⾻傷性頚髄損傷例の30%以上にみられるとする調査結果もあり、⾮⾻傷性頚髄損傷のリスクが⾼いと考えられています。
*4 運動不全⿇痺
脊髄損傷の⿇痺の重症度は、患者さんによりさまざまです。⿇痺の重症度は、American Spinal InjuryAssociation (ASIA) Impairment Scale(AIS [ASIA機能障害スケール]︓A-D)によって表します。脊髄損傷は、完全⿇痺(AIS A)と不全⿇痺(AIS B-D)に⼤別されます。不全⿇痺のなかで、⼿⾜を動かせるものを運動不全⿇痺とよびます(AIS C, D)。本研究の対象は、運動不全⿇痺のうちより重症なものであるAIS Cです。これは、⾜はわずかに動かせるものの、両ひざがたてられない程度の⿇痺に相当します。
*5 ASIA運動スコア
⼿⾜の筋⼒を0から100点で評価するスコア。点数が多いほど⿇痺が改善していることを⽰す。
*6 脊柱管狭窄
背⾻のなかで、神経(脊髄)がとおるトンネル状の部分を脊柱管といいます。加齢や靭帯⾻化症(OPLL)によって、脊柱管が狭くなることがあります。脊柱管狭窄があると、転倒などによって外⼒がくわわった際に、脊髄の逃げ場所がないため、重度の脊髄損傷がおきることがあります。神経に対する圧迫を解除するために、神経の通りみちをひろげる⼿術(椎⼸形成術など)がおこなわれます。
詳細▶︎https://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/20211110.html
注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。