チーム内での人間関係は心理的ストレスの一つで、スポーツ活動やチームのパフォーマンスに悪影響を及ぼすものとされていました。しかし近年、心理的ストレスは必ずしもネガティブなものではなく、ストレスに適応することによって精神的成⻑が促されることが分かってきました。そこで本研究では、高校生サッカー選手の協力を得て、①チームとしての自信の程度、②人間関係に対するストレスレベル、③人間関係に関するストレスをどのように捉えているか、④それに対してどのように対処するか、⑤ストレス反応、の5項目について、質問紙を用いて調査を行いました。
その結果、競技レベルの高い選手は、チームメイトとの人間関係に関するストレスに対して、その原因を建設的に捉え解決しようと考え、そのために必要な努力を行う傾向がある一方、平均的な競技レベルの選手は、ストレスの原因ではなく、ストレスによってもたらされる自分の感情をコントロールすることに重点を置いて対処する傾向にあることが明らかになりました。
また、競技レベルの高い選手は、平均的な選手と比較して、チームとしての自信の程度を示す集団効力感が高いことが分かりました。以上より、チームの自信向上や自己の成⻑のためには、問題の解決に取り組む行動が重要であることが示唆されました。
心理的ストレスに対する認知・対処プロセスについてより深く理解することで、直面する問題に対して柔軟に対応する心理サポート方法の開発につながることが期待されます。
研究代表者
筑波大学体育系
中山雅雄 教授
東京成徳大学健康・スポーツ心理学科
夏原隆之 准教授
研究の背景
チームとして「私たちはできる」といった自信を表す概念を集団効力感といいます。集団効力感は、努力や忍耐力、さらにはパフォーマンスとも関係しているため、チーム作りにおいては、日々の活動でどれだけ集団効力感を高められるかが重要であるとされています。
集団効力感に影響を及ぼす要因の一つに、チーム内での人間関係があります。これは、スポーツ活動における心理的ストレスの一つとされています。近年、心理的ストレスは必ずしもネガティブな影響だけを与えているわけではなく、ストレスフルな出来事に直面したとき、その出来事が起きた理由や意味を理解し、それを通じて得られるものに対して意味づけを行うことで、そのような状況への適応や、精神的・身体的健康にポジティブな影響を与える(ストレスに起因して成⻑する)ことが報告されています。
今回、本研究チームは、クラブ活動が若者の教育活動の一環として行われているという我が国のスポーツ環境を勘案し、より良いチーム作りや競技者のスポーツ活動への適応を支援するためのヒントを得ることを目的に、高校生サッカー選手を対象に、集団効力感、チームメイトとの人間関係に関する心理的ストレスレベル、および、それに対する心理的ストレス過程(認知的評価、対処行動、ストレス反応)について調べました。
研究内容と成果
本研究チームは、心理的ストレスのトランスアクションモデル(図1)に基づいて、U-18サッカーリーグにおける都県リーグに参加する高校サッカー部(5チーム)所属の高校生選手332人と最上位リーグ(プレミアリーグ)に参加するJリーグユースチーム(7チーム)所属の高校生選手206人、計538人の高校生サッカー選手を対象に、①チームとしての自信の程度(集団効力感)、②人間関係に対するストレスレベル、③人間関係に関するストレスをどのように捉えているか、④それに対してどのように対処するか、⑤ストレス反応、の5項目について、質問紙を用いた調査を行い、都県リーグを平均的な競技レベル、プレミアリーグを高い競技レベルと定めた上で、競技レベルによってどのような違いがあるのかを分析しました(表1)。その結果、競技レベルの高い選手は平均的な選手よりも、人間関係に関するストレスレベルが高いことが分かりました。一方で、競技レベルの高い選手の方が、高い集団効力感を持っていました。集団効力感の高い集団は、困難に対する耐性があり,各メンバーが強い使命感を持って問題の解決に取り組み、良い成果を出すために協力し合うという特徴があることから、競技レベルの高い選手は、人間関係のストレスに直面した時に、その解決に向けて団結する機運を生み出し、集団効力感の高まりに帰結した可能性が考えられます。
また、人間関係ストレッサー(ストレスの原因)に対処する過程のそれぞれ(認知的評価、対処行動、ストレス反応)においても、競技レベルによる特徴的な違いが示されました。チームメイトとの人間関係に関する問題に対して、競技レベルの高い選手は、問題そのものを自分でコントロールすることが可能であると捉え、積 極 的 に 問 題 解 決 に 取 り 組 む 行 動(問題焦点型行動)を選択する傾向が見られました。一方、平均的な選手は、ストレスの原因そのものに対してではなく、それによってもたらされる反応(自分の感情)をコントロールすることに重点を置いてストレスに対処しようとする、情動焦点型行動をとる傾向にあることが明らかになりました。一般に、人間関係のような自分でコントロールすることが難しい心理的ストレスに対しては、情動焦点型の対処法がとられやすいのですが、それによって問題の原因が解決するわけではないため、絶えずその心理的ストレスに曝されることになります。一方、問題焦点型の対処法は、問題そのものを解消することにつながるため、より効果的なストレス対処行動であると考えられます。チームスポーツにおいて人間関係は避けられない心理的ストレッサーの一つであり、本研究結果は、競技レベルなどに関係なく、すべての選手にとって、情動焦点型と問題焦点型の両方の対処スキルを身につけることの重要性を示唆しています。
今後の展開
本研究チームは、ストレスの経験からストレス反応の表出に至るまでの心理的ストレス過程における各要因間の因果関係や、それらがチームの自信の程度に及ぼす影響を明らかにするべく、さらに研究を進めています。これらの研究を通して、⻘少年の競技者が人間関係などの心理的ストレスに対して、自らがその場の状況に応じてストレスの原因そのものを解決したり、考え方や感情の持ち方を工夫しストレスを上手くコントロールするなど、問題に柔軟に対処するスキルを習得する方法を明らかにすることができれば、指導者によるチームマネジメントにおいて、競技者に対する適切なコーチングに資すると期待されます。さらに、心理的ストレス過程をチームの一体感や自信との関係から深く理解することで、チームビルディングにつながるストレスマネジメントプログラムの開発を目指しています。このようなプログラムは、スポーツメンタルトレーニング指導士などのスポーツ選手を対象とするスポーツ心理学の専門家が連携した、チームや選手個人への心理サポートに応用できると考えられます。
参考図
図1.心理的ストレスのトランスアクションモデル
心理的ストレス過程において、人は、直面するストレスの原因(ストレッサー)がどういったものであるのかを評価し、それに対してどのように対処できるかを考えて行動し(ストレスコーピング)、その結果として、さまざまなストレス反応が表出される。ストレッサーに対する評価は主観的なものであり、ストレス反応は、その状況をストレスフルなものと評価するか否かに基づく。
表1.各測定項目に対する競技レベルによる違い
表中の数値は平均値±標準偏差を表す。表中のp(有意水準)は、統計上、ある事象が起こる確率が偶然とは考えにくい(有意である)と判断する基準となる確率で、本研究では、有意水準を5%(p<0.05)未満と設定している。n.s.(nonsignificant)は、有意ではない(p>0.05)ことを示す。表中のη2(効果量)は、ある現象に対する効果の大きさを表す指標で、この値の絶対値が大きいほど、比較したグループの間に競技レベルの影響(効果)が大きいことを示す。効果量の基準は、先行研究に基づき「0.01=小さい、0.06=中程度、0.14=大きい」としている。
掲載論文
【題名】
Characteristics of Psychological Stress Processes and Collective Efficacy in Response to Relationship Stressors among Young Soccer Players.
(若年サッカー選手の人間関係ストレッサーに対する心理的ストレス過程と集団効力感の特徴)
【著者名】
Natsuhara,T.(Tokyo Seitoku University),Ichikawa,Y.(Leifras Co.,Ltd),Nakayama,M.(University of Tsukuba)
【掲載誌】
Football Science
【掲載日】
2022年4月5日
詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20220406140000.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。