日本は超高齢化社会となり、認知症有病率は先進国の中でも上位です。そのため、健常な認知機能を⻑く保持して「健康寿命」を延伸することが強く求められています。加齢に伴い、身体や認知機能が衰えていく上に、服用している様々な薬物の副作用のリスクも高いことが知られており、WHO(世界保健機関)も、薬物治療の代わりに、天然のサプリメントと運動を組み合わせることを推奨しています。
本研究では、高齢者の身体機能と認知機能が相互に関係することから、二重課題運動に注目し、その有効性を検証しました。二重課題運動は、運動課題と認知課題の二つの課題を同時に行うトレーニング方法で、じゃんけんや簡単な計算など、ゲーム感覚で実施できる活動で構成されます。平均年齢89.9歳の超高齢者24人を対象に、二重課題運動を実践した群と非実施群(対照群)に分けて24週間(1回60分、週2回)にわたる前後の変化を比較し、その結果、二重課題運動を実施した群では、身体機能と認知機能の両方が著しく維持・改善されたことが分かりました。一方、運動を実施していなかった対照群は、全ての評価項目で負の結果を示しました。
本研究成果より、ゲーム感覚の二重課題運動は超高齢者の身体や認知機能を健康的に維持できる方法の一つであることが示唆され、健康寿命の延伸への貢献が期待されます。
研究代表者
筑波大学テーラーメイドQOLプログラム開発研究センター
尹 之恩 研究員
株式会社ルネサンス 健康経営ソリューション部 ソリューション開発チーム
上田哲也
研究の背景
厚生労働省の推定によると、2025年には高齢者の5人に1人が認知症患者になると言われています。加齢に伴い、身体や認知機能が衰えていきます。しかしながら、運動の実施が身体機能注1)や認知機能の維持・向上に寄与する可能性があることが報告されています。近年、動物実験や実験室レベルでのヒト研究、疫学調査研究によって、運動や身体活動による機能の低下抑制効果を示唆するデータが数多く示されていますが、それらのほとんどは、身体機能向上に特化した運動であり、認知機能に対する効果はあまり検証されていませんでした。
本研究チームはこれまでに、運動課題と認知課題の二つの課題を同時に行う二重課題運動に注目し、高齢者の身体機能や認知機能向上の新たな方策としてその可能性について探索し、2020年に、身体機能や認知機能の共役関係によるシナジー効果の可能性について報告しています。
そこで今回、高齢者よりも身体機能や認知機能の向上が困難と言われている超高齢者注2)を対象に、低強度の運動で構成され、超高齢者でも無理なく楽しめるゲーム感覚の「シナプソロジー®」注3)と呼ばれる運動プログラム(図1)を用いて、高度の二重課題運動の有効性の定量的評価を試みました。
研究内容と成果
本研究では、老人ホームに入居する平均年齢89.9歳(85‒97歳)の超高齢者24人を対象に、二重課題運動群(12名)と非実施群(対照群)(12名)とに無作為に分けて、2つのグループ間に身体機能と認知機能の変化を比較しました。二重課題運動群は運動プログラムを、週2回(60分/回)、24週間にわたって実施しました。
具体的には、二重課題運動として、日本の伝統的遊びである「じゃんけん」や「ボール回し」の身体動作と、数字の計算や言葉を使う脳活性課題を組み合わせて、同時に行いました。週を重ねるにつれて二重課題の難易度を増すように、プログラムを設計しました。
その結果、二重課題運動群では、6種の身体機能評価項目注4)中でも、48-hole trail-making peg test およびone-leg balance with eyes openの成績が、非実施群と比較して有意に高く、身体機能が向上していることが認められました。また、認知機能評価項目であるMMSE(Mini-Mental State Examination scores)注5)も著しく改善されました。一方、運動を実施していなかった対照群は、全ての項目で負の結果を示し、身体や認知機能が時間とともに低下していることが明らかになりました(図2)。
今回実施した二重課題運動プログラムには、車いすや杖を使用する超高齢者も参加しましたが、ゲーム感覚かつ集団で楽しめるように構成されているため、参加率が極めて高く、社会的交流の機会が減っている超高齢者のメンタルヘルスにも有効な影響をもたらすと考えられます。
今後の展開
本研究で用いたような楽しく二重課題運動を継続的に実施すれば、身体や認知機能が維持・改善され、認知症を発症せずに健康寿命を伸ばすことができると考えられます。今後、身体と認知機能を同時に活性化させるための、より高度なプログラムの開発に取り組みます。
参考図
図1本研究に用いた二重課題運動の概要と狙う効果
図2二重課題運動実施群と対照群の認知機能と身体機能の結果(*P<0.05)
用語解説
注1)身体機能
本研究では、握力、開眼片足立ちテスト、TUG、6m通常歩行テスト、5回椅子立ち上がりテスト、ペグ移動テストの5つの項目を認知機能と関連がある身体機能と定義した。
注2)超高齢者
本研究では、65〜74歳を前期高齢者、75〜84歳以上を高齢者、85歳以上を超高齢者として定義した(Weersink et al., 2021)。
注3)シナプソロジー
脳に刺激を受け認知機能の低下予防を目指して、「2つのことを同時に行う」「左右で違う動きをする」などの、普段慣れない動きを行うもので、株式会社ルネサンスが開発した運動方法。
注4)身体機能検査
本研究では、認知機能と関連する身体機能検査のうちの6項目(48-peg moving task、5-times sit-to-stand、6-meter habitual walk、timed up and go、one-leg balance with eye sopen、grip strength)を用いた。
注5)Mini-Mental State Examination scores(MMSE、ミニメンタルステート検査)
認知症スクリーニング検査のグローバルスタンダードで、時間の見当識、場所の見当識、3単語の即時再生と遅延再生、計算、物品呼称、文章復唱、3段階の口頭命令、書字命令、文章書字、図形模写の11項目から構成される30点満点の認知機能検査。
研究資金
本研究は、科学技術振興機構(JST)センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムの支援、および、株式会社ルネサンスとの共同研究契約に基づいて実施されました。
掲載論文
【題名】Cognitive and physical benefits of a game-likedual-taske xercise among the oldest nursing home residents in Japan
(ゲームのようなデュアルタスク運動が超高齢者(老人ホーム)に対する認知と身体的利点)
【著者名】Jieun yoon1,Hiroko Isoda1, 2, 3,Tetsuya Ueda4,Tomohiro Okura1, 5
1. R&D Center for Tailor-Made QOL, University of Tsukuba, Tsukuba, Japan
2. Alliance for Research on the Mediterranean and North Africa (ARENA), University of Tsukuba, Tsukuba, Japan
3. Faculty of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba, Tsukuba, Japan
4. RENAISSANCE Inc., Ryogoku, Tokyo, Japan
5. Faculty of Health and Sport Sciences, University of Tsukuba, Tsukuba, Japan
【掲載誌】Alzheimer's & Dementia:Translational Research & Clinical Interventions
【掲載日】2022年4月15日
【DOI】10.1002/trc2.12276
詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20220603110000.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。