研究成果のポイント
・健全な骨配向性を有する質の高い骨を迅速誘導・長期維持する新たなチタン合金製脊椎ケージを設計
・脊椎ケージは脊椎疾患により不安定化した椎間を機能的に連結癒合し、本来の力学的安定性を取り戻すためのデバイス
・設計のポイントは、一方向伸展「孔」と孔表面の微細「溝」からなるハニカムツリー構造
・金属3Dプリンティング活用により実現
・ケージ埋入後の早期段階で、配向化骨誘導と従来型ケージをはるかに凌ぐケージ/骨界面強度を達成
・あたかも元々そこにあった骨であるかのように、周囲骨と機能的に融合した革新的デバイスを実現
概要
大阪大学大学院工学研究科の中野貴由教授の研究グループは、国立病院機構北海道医療センターの伊東学統括診療部長、帝人ナカシマメディカル株式会社らとの共同研究によって、全く新たな設計コンセプトの脊椎ケージを開発し、大型動物実験によりその高い性能を証明しました。このケージは、ハニカムツリー構造(Honeycomb Tree Structure®)と名付けられた一方向の「孔」と孔壁表面での微細「溝」構造という階層的構造を有することを設計の最大の特徴とします。溝は、骨を作る骨芽細胞の一方向配列化を促し、質の高い骨を早期からいち早く誘導し、孔は、形成された骨に常に力をかけ続けることで骨の質を長期的に維持します。つまり、ハニカムツリー構造は、早期・長期の骨の健全性化を達成するカギとなります。
今回、中野教授らの研究グループは、金属3Dプリンティングを駆使することで微細なハニカムツリー構造を設計通りに作製し、ヒツジ脊椎への埋入試験により、迅速な骨誘導と、その結果、埋入からわずか8週間後に、驚くべきことに、従来型のケージよりも3倍も強い骨との結合強度を示すことを明らかにしました。しかも、これまで、骨形成促進のために当たり前のように使われてきた自家骨(自分の腸骨等から採取した骨)をケージ内部に使用することなく、この超高強度化が可能です。本成果により、脊椎疾患を有する患者さんの、脊椎機能の早期回復が可能となり、Quality of Life (QOL)の向上が期待されます。
本研究成果は、北米脊椎学会からElsevier発刊の「The Spine Journal誌」に、6月8日(水)午前10時(日本時間)に公開されました。
図. 新たに設計・創製した脊椎ケージのデザインと高機能発現のしくみ
研究の背景
脊椎ケージは脊椎疾患により不安定化した椎間を機能的に連結癒合し、本来の力学的安定性を取り戻すためのデバイスです。そのため、ケージの内部・周囲に如何にして多くの骨を再生するかを命題として開発が行われてきました。一方で中野教授らの研究グループでは、骨の力学機能は骨量・骨密度だけでは決まらず、特に再生骨では骨のコラーゲン/アパタイト配向性(骨配向性)によって強く支配されることを、材料工学の視点から明らかにしました。すなわち、骨の力学的な機能を高めるための脊椎ケージには、骨配向性の整った質の高い骨を誘導する工夫が必要です。ところが、骨配向性を整えることを目指したケージは世界中のどこにも存在していませんでした。
研究の内容
中野教授らの研究グループでは、① 骨配向性が骨を作る骨芽細胞の配列化により達成されること、② 骨配向性が応力の負荷により健全に保たれること、を発見し、これらを脊椎ケージの設計に組み込むことを着想しました。この設計原理は、異方性基板上での骨芽細胞の配列化と骨基質の配向化、骨中の応力センサー細胞であるオステオサイトの応力感受シグナルの発現の知見を応用したものです。新たなコンセプトの検証のため、一方向の「孔」と孔壁表面での微細「溝」構造という階層的異方性構造を有するハニカムツリー構造を設計、3Dプリンティング技術により作製し、その機能を細胞実験とヒツジ脊椎への埋入試験による動物実験によって評価しました。
細胞実験では、溝を付与した基板上で骨芽細胞が配列化していることが実証されました(図1)。一方、ヒツジに埋入したケージを8週間後に取り出して引き抜き試験によりケージと骨の結合強度を測定すると、新設計ケージは比較用の従来型ケージ(中空構造の内部に自家骨を充填したもの)の3倍以上の強度を有していることが分かりました(図2左)。ケージの中に誘導された骨組織は、正常な骨と類似した頭尾軸方向への強い骨配向性を有しており(図2右)、これが高強度の要因であることが示されました。さらに、長期的な骨配向性の維持には不可欠である、骨内部のオステオサイトの応力方向への配列化が認められました。以上より、骨配向化した骨を誘導するという新たなコンセプトの正当性、さらには、それを達成するためのハニカムツリー構造の機能性が証明されました。
図1. ハニカムツリー構造上での骨芽細胞配列化
図2. 新設計ケージでの高い強度特性と、その要因となる頭尾軸への骨配向化
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、骨量・骨密度をターゲットとしたこれまでの脊椎デバイスの設計概念を根本から変革し、骨の力学的機能に直結する骨配向性をターゲットとした新たなデバイス設計指針を提供する斬新な成果です。ケージ/骨界面強度の迅速かつ著しい上昇は、脊椎疾患の早期治癒を可能とし、しばしば問題となっているケージの脱転や沈み込みを改善し、患者の身体的・精神的・金銭的負担を軽減し早期の退院・社会復帰(QOL向上)を促すことができ、それにともない医療費の低減にも寄与すると期待されます。さらに本研究の基本原理であるハニカムツリー構造は今年度より広く臨床応用される予定である、帝人ナカシマメディカル株式会社の骨配向化誘導型脊椎ケージ「UNIOS PL スペーサー」に搭載されています。
特記事項
本研究成果は、2022年6月8日(水)午前10時(日本時間)にElsevier発刊の「The Spine Journal」誌に掲載されました。
タイトル:“Outstanding in vivo mechanical integrity of additively manufactured spinal cages with a novel “honeycomb tree structure” design for inducing high quality bone: outcomes in sheep model”
著者名:Takuya Ishimoto, Yoshiya Kobayashi, Masahiko Takahata, Manabu Ito, Aira Matsugaki, Hiroyuki Takahashi, Ryota Watanabe, Takayuki Inoue, Tadaaki Matsuzaka, Ryosuke Ozasa, Takao Hanawa, Katsuhiko Yokota, Yoshio Nakashima, Takayoshi Nakano(責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.spinee.2022.05.006
なお、本研究は、JSPS科学研究費補助金 基盤研究(S)「骨異方性誘導のための「異方性の材料科学」の構築」(研究代表者:中野貴由)およびAMED戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)の一環として行われました。
この研究についてひとこと
骨の強度を本質的に支配する骨配向化誘導が可能な世界初の脊椎デバイスを創製、リリースできました。これには2つの大きな意味があります。1つ目は、私が骨医学者ではなく材料工学者として20余年にわたり取り組んできた骨研究が実用デバイスとして結実したこと、2つ目は、これがオールジャパンで成し遂げられた成果であるということです。材料工学者のアイデアが詰まった本邦初の医療デバイスが、国内だけでなく海外も含め多くの患者さんの健康と福祉の増進に貢献し、そしてそれが本邦の医療産業の活性化につながることを願っています。(中野貴由)
用語説明
金属3Dプリンティング
複雑で精緻な三次元構造を作製可能なテクノロジー。今回用いた方法は、粉末を出発材料とし、レーザで粉末を選択的に溶かして固めた層を積層していくレーザ粉末床溶融結合法。
頭尾軸
脊椎の連結方向。ヒトでも動物でも、この方向に応力が負荷していることから、頭尾軸に優先配向化した骨を誘導することが重要。したがって、ハニカムツリー構造は頭尾軸に平行に埋入されている。
詳細▶︎https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/20220608_1
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。